3章 3話

 凪咲さんも苦笑してる。


 お父さんは……サングラスだから分からないけど、腕の血管がビキビキと音を立てそう。


 娘二人と仲がいいから!?

 怖いんですけど……。

 足早に車へ乗せてもらい、八王子駅へと向かう。


「晴翔君。予想以上だったよ。……でも、本当に無理はしなくていいからね」


「凪咲さん、無理なんかじゃないですよ」


「高校生が何度も愛知から東京までくるなんて、無理どころか無茶でしょ」


「まぁ、そこは頑張るって方向で」


 確かに、新幹線だと往復で六日分のバイト代が吹っ飛ぶ。

 でも、もっと安い移動手段も見つけたからな。


「君はさ、人に尽くしすぎだと思うんだよ。自分の夢とか目標を追いな」


「これが僕の、やりたいことですから。やりたいことに何でも全力で挑戦したり、人をよく見ることが結果的に僕の夢……。アニメとか舞台とかの仕事にも繋がると思うんです」


「……それなら、せめて交通費は私が出すから」


「いや、俺が出す。娘のためだ。当然だろう」


 お父さんが久し振りに声を出してくれた。

 提案は凄くありがたい。だけど、それは僕が納得できない。

 お金をもらってなんて、利害関係の繋がりみたいだから。


「すいません、お気持ちだけ。……小僧なりの見栄と思っていただければ、と」


 両親へ借りた機材代金の返済に、声優スクールのレッスン代金。

 支出はキツいけど僕がやりたいことで――お金を稼ぎながら、夢にも繋がる手段を考えてある。 

 見栄もあるけど、どうなるかワクワクもするんだ。


「ふ~ん……。あの劇しか愛さない妹が、ぎゃんぎゃん涙を流すぐらい惚れるわけだ」


「え?」


「ね、晴翔君。私とも連絡先を交換しよ。お互い、困ったことがあったら助け合うためにさ」


「あ、はい」


 凪咲さんがスマホを取りだしたのを見て、僕もスマホを取りだす。

 ディスプレイには、僕と波希マグロさんがやり取りしてるコミュニティ形成に向いたアプリじゃない。

 もっと日常で広く用いられてるチャットアプリが見えた。


 このアプリ本名で使う人が多いから、リアルで会った人同士でしか交換したことないけど……。名前もばれてるし、今さらか。


「おっけー。困ったら、遠慮せずお姉さんに言いなさい。社会人三年目だし、それなりに貯金してるからさ。それに晴翔君のことも、もっと知りたいし」


 お父さんが握るハンドルから、ギリギリッと音がした。


 む、娘さんに下心はないと思いますよ!?

 勿論、僕にも!

 見定めるって意味だと思うので、落ち着いてほしい……。

 肌着に汗が染みていくのを感じながら、僕はカチコチに緊張し大人しくしていた。


 そうして八王子駅のロータリーに車を停車したところで――。


「――坊主、ありがとうな」


 お父さんが頭を下げて、お礼を言ってきた。

 ガキや小僧から、坊主へ昇格したらしい。

 というか、お父さんの見た目は目立つから人目が集まる……。


「い、いえいえ! これからも、お邪魔させていただきます!」


「その時は毎回、俺が送迎しよう。俺とも連絡先、交換するか?」


 嫌すぎる。


「はいはい、その時は私から連絡するから。晴翔君もどっちに連絡すればいいか、迷っちゃうでしょ。私だって免許持ってるし」


「むぅ……」


 お父さんは渋々と言った様子で、頷いた。

 あれ、なんか……。お父さんが可愛く見えてきたかも?


「おい、坊主。これからはともかく、今日は俺たちが呼び出したんだ。今日の分の交通費は受け取れ。いいな?」


「は、はい……」


 こんなところで、財布からお金を手渡さないでほしい。

 駅前交番にいる警察が、完全にこっちを見てるんだけど……。


「そ、それでは! 今日はありがとうございました! 本当に、幸せな気分になれました! 誘拐は怖かったですけど、勉強になりました!」


 頭を下げて、小走りで駅構内へと向かう。

 余裕を持って到着した方が、両親も安心できるだろうから。

 あ、状況も連絡しないとな。


「――すいません、今の声が聞こえましてね。幸せな気分とか、誘拐だとか……。職務質問にご協力いただけますか?」


「な、何? また職質か……。畜生、小僧が!」


 背中越しに怖ろしい会話が聞こえたけど、僕は悪くない。

 事実しか言ってないから――。



―――――――――――

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