3章 2話

『……え?』


 謝らせないよ。

 せっかく君が楽しそうな声を聞けたのにさ、そんな言葉を余韻に帰りたくないからね。


「メッセージとか通話の繋がりもいいんだけどさ。やっぱりラグが一切ない声劇とか、会話もいいから。……だから、また来てもいい?」


『……でも、七草兎さんが住んでるのは、愛知県の春日井市でしょ? そんな簡単に……』


「大丈夫、そこはなんとかするから」


『……うん。でも、無理はしないでね!? これ以上、七草兎さんを振り回すなんて迷惑かけたくない! 私との繋がり、いつでも切っていいんだからね!?』


 なんて寂しいことを言うんだ、君は。


「僕が君に告白した時の約束、覚えてる?」


『……うん、忘れるわけがないよ』


「波希マグロさんが本当に幸せで笑えるなら、振り回されるのを迷惑なんて思わない。どんな問題も、一緒に乗り越えたい。……僕は、この約束を破らない。君を裏切らない。それを証明していくよ」


『……でも、今の私は努力しても顔を合わせることすらできなくて。せっかく来てくれてるのに、部屋からも出られない……。七草兎さんの想いに、全く応えられないから……』


 この家に来るまでの車内で、僕は一つの決意をしていた。


「波希マグロさんが救われるまで、僕はもう君に好きと言わない」


『……え?』


「今、トラウマのような状態から抜け出そうと頭一杯な君に、これ以上の悩みごとを増やさない。そう決めたんだ」


 彼女の過去を少しだけど凪咲さんから聞いたとき、そうした方がいいと思った。

 恋愛とか、本当に難しいから。

 今は彼女のためにならない。勿論、僕のためにも。


「だからさ、難しいことは考えなくていいよ。単純に声劇とか相談とか、一緒にしようよ! ダメ、かな?」


『……ダメ、じゃない。どうしよう、断らなきゃいけないのに――』


「――断りたくない、かな? 君が告白に返事をくれた時のセリフ、僕だって忘れるわけがないよ」


『……私のセリフ、取らないでよ。意地悪……」


 意地が悪かったかな?

 でも、不満そうな声も可愛い。


『ありがとう。本当にありがとうね。私も……。もっと、もっと頑張って挑戦してみるから!』


「その言葉だけで十分だよ。そもそも、生の波希マグロさんボイスがこの距離で聞けるだけで、最高のご褒美なんだから。ほら、アイドルの追っかけみたいな?」


『なに、その例え? 私、そんな大層な人間じゃないよ』


「僕にとっては、それぐらいの存在なの。それじゃ、送った台本は次に持ち越しで。あ、他にもやりたい台本、選んでおいてね。次にお邪魔した時、やりたいからさ」


 僕も読み込まないとな。

 彼女の演技に圧倒され、魅了されるのもいい。

 だけど僕だって、彼女と一緒に夢を追う人間でなければ。

 そうじゃないと、対等な関係とはいえないと思う。


「それじゃ、またね」


『……うん。また、ね』


 バイバイとかは言わない。

 また、次がある。

 そう強調しながら、僕は扉の前を離れる。


「お父さん、凪咲さん。お待たせしました」


 音を立てずに待っていてくれた二人に、頭を下げる。


『……凪咲、さん? え? お姉ちゃん、名前呼び?』


 なんか小さく聞こえた。

 うん……。聞こえなかったことにしよう! それがいい!




―――――――――――

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