2章 11話

 僕だって、彼女が苦しむ姿なんて見たくない。

 彼女と声で繋がり、彼女の美しい声に励まされ、彼女の喜ぶ声で夢への道を探す活力をもらったんだから。


 でも――僕から別れろなんて話、頷けるわけがないじゃないか。


「……まさか、晴翔君に何とかできる問題だと思うわけ? お医者さんでも、時間をかけるしかないって言ってるのに」


「何とかできる問題かは、分かりません」


「……じゃあ――」


「――でも、彼女と一緒に、彼女が抱える問題を悩みたいんです」


 僕は、彼女に恩を感じてると同時に……。

 何十億って人間がネットの海で交差する君と同じ気持ちで結ばれたことに、特別を感じてる。

 運命の赤い糸とか信じちゃうぐらい、君が大好きなんだから。

 彼女の抱えてる問題を少しでも見た今、幻滅どころか――それでも大好きな劇に関わろうとしてた姿に、もっと恋心が強くなってるよ。


「……もう一度だけ、聞くよ? たかがネットで出会った関係の人に、何を言ってるの? 声アプリの繋がりだけでしょ。代わりの人なんて、それこそネットにいくらでもいるでしょ?」


 付き合いの浅いネット。

 切ろうと思えば、いつでも切れてしまう繋がりだなんて……。

 彼女と連絡がつかなくなったことで、身に染みて分かったよ。


 それは分かってるけど――。


「――彼女の代わりなんて、この世にいません。僕にとっての波希マグロさんは、声だけの繋がりじゃないんです。大恩人で、僕を救って一緒に将来へ続く道を考えてくれる、唯一無二の大切な人です」


 繋がれば、情は湧く。

 たとえ繋がりが切れても、既にできた情は消えない。

 思い出は、消えないんだ。


「あの子にはさ、もう裏切られない強い繋がりが必要なんだよ。……ネットの浅い繋がりに入れ込むなんて、脆くて見てられないの」


「僕は裏切りません。正直、彼女の問題をどうにかできるかは、分からない」


「…………」


「それでも、覚悟はあります。彼女と一緒に問題を抱え、青春の全てを捧げ、一緒に道を探す覚悟が」


 凪咲さんは、値踏みするように僕の瞳を見つめてくる。

 僕も、目線は逸らさない。

 絶対に譲れない、譲りたくない。


「ふぅ……。凄いね、晴翔君は」


「根性と行動力だけは褒められます。あと、諦めの悪さ……ですかね?」


 夢に関わる分野に適性がなくても、諦めずに関係する職種への道を探り続ける諦めの悪さとか、ね。


「パパ、どう?」


「ふん……。車に乗れ」


「え?」


「ほら、行こう?」


 お父さんは運転席に向かって歩き、お姉さんは僕の背を押して後部座席へ乗るよう促してくる。

 行くって、どこにだ?


「文句なしで二次試験も突破だね、これは。――妹に、会いに行こう」


 波希マグロさんと……本当に会える?

 その言葉に喜ぶと同時に、気を引き締めた――。



 早く着け、早く着け、と。

 港に連れてこられる時とは、同じような距離なのに全く体感時間が違う思いを感じる。

 遂に一軒家の駐車場で車が停まった。


 どこにでもあるような、普通の家。

 この家の中に……波希マグロさんがいる。

 ネットで出会った時は、本当に存在するのかさえ分からなかった。

 通話をしてても、素性なんて分からない繋がり。

 そんな彼女と、遂に手を伸ばせば届きそうな距離にまで――繋がった。


「二階の一番奥の部屋だから、行ってきなよ」


 玄関で靴を脱ぎ終えた僕に、お姉さんは優しく言う。

 お父さんはサングラスをかけたまま、階段の横で仁王立ちしてる。


 圧力が凄いけど、僕の足は興奮で……勝手に動く。

 一歩一歩、彼女に近付いている床を踏みしめながら――扉の前に立つ。


 トントンとノックをすると――。


『――誰? お姉ちゃん?』


 ああ……。

 涙が溢れそうになる。


 この声音。

 扉に遮られてても、間違いない。

 波希マグロさんだ。


『……ごめんね、今は一人にして』


 沈んだ声で……。彼女の声が聞こえてくる。

 声なんて、鼓膜を揺らして脳に情報を届ける音の波でしかないはずなのに……。


「僕だよ、波希マグロさん」


『……え』


「七草兎です」


『な、なんで!? どうして、ここにいるの!? あ、ドア、鍵しないと!』


 ガタンと、部屋の中から大きな物音が響いた。

 人間がベッドとか、椅子から落ちるような。


「声って不思議だよね。人の感情を、こんなにも揺さぶるんだからさ」


 僕たちの距離は、扉越しに魔法のような音を交わし合えるぐらいになった。

 涙が溢れ出そうな気持ちを整えよう。


「この扉を開けようとはしないからさ、まずは落ち着いてね?」


 そうして彼女が落ち着く音が聞こえるまで、僕は扉に背を預け続けた――。





―――――――――――

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