2章 10話

『ごめんね、でも調子に乗りすぎたんだよ? 先生たちに媚を売って、毎回望む役を持ってってさ。絶妙だったでしょ。私が少しだけ作り替えた台本は』


『最高だったよ! あからさまじゃないように、衣装チェンジやら舞台チェンジのタイミングとかイジってさ!』


『いや~裏の最優秀演者は、あんただわ! 天才様を騙せちゃう演技、凄いよ!』


 そこで、お父さんがスマホを奪った。

 今にも握り潰さんぐらい、手が震えてる。


 これは……僕でも怒る。

 まさか、コピー台本を渡してくれた子も、グルだったなんて。

 波希マグロさんを貶めるために、味方になった振りをしてたなんて……。

 裏切られた波希マグロさんが、どれだけ傷付くか……。

 中学生なら、もう分かるだろ!?


「これは今年の春……。二月末の出来事。……この一件以降、妹は家から出られなくなった。人の顔を見られるのも、家族だけ」


「……なんで、この動画を持ってるんですか?」


「私たちの前で泣いてる妹のトークアプリに一瞬、送られてきたのを保存した。既読になってすぐ送信取り消しして、煽るメッセージだけ送ってきたけどさ。間一髪だったよ。……幼稚で、陰湿すぎるね」


 情報管理部勤務としての力か、怒りながらも冷静だったのかは分からない。 

 これだけの証拠があれば、ちゃんと訴えれば相手に相応の報いを受けさせられそうだけど……。


「その、スクールに訴えたりとかは?」


「……妹がね、嫌がったの。大きな騒ぎを起こすと、演技者としての道が断たれちゃうって」


「そんな! イジメたのは、あっちですよ!?」


 波希マグロさんは被害者じゃないか!?

 なんで夢への道が断たれなければいけないんだ!


「私も業界関係の知人に聞いてみたんよ。……あっちの方が致命的だけど、そういう問題を起こす子なんだって見られると、ね。事務所にも所属しづらくなる可能性はある。それは事実だってさ……」


「そんな……」


 自分に適正があって、本当に進みたい道を見つけるだけでも大変なのに……。

 必死に歩んだ後でも、こんなにも理不尽な目に遭うだなんて……。

 それを耐えなきゃいけないってのか?


「オーディションの度に、この証拠動画を審査員に見せるわけにもいかないでしょ? 事前に伝わるのは問題を起こして退所させられた子と、退所させた子って簡単な経歴。あとは尾ヒレがどうつくか分からない、噂話だけ。……悔しいんだよ、私らだってさ」


 凪咲さんは、歯を食いしばってる。

 本当は公にして、報いを受けさせたいって気持ちが痛いほどに伝わってきた。

 お父さんも、腕組みをした手の指が……腕にめり込んでる。


「晴翔君のことはさ、妹から聞いてたんよ。ずっと、ずっと」


 僕と付き合ってから、だろうか。

 それとも……。初めて一緒に生声劇をした時からだろうか。


「妹はね、晴翔君と出会ってから凄く楽しそうな顔に戻って……。晴翔君と付き合ってから、今までで一番幸せそうで、今までで一番、悲しそうな顔をしてた」


 そう、か……。

 君が僕と付き合ってから、情緒不安定だった理由が分かってきたよ……。

 全てじゃないんだろうけど、これが君の抱えてた問題ってやつなんだね?


「だからさ――これまで、ありがとう。こんな問題、予想してなかったでしょ? 幻滅したんじゃない? 晴翔君まで巻き込めないし、顔も合わせられない妹と付き合ってても、晴翔君の青春時代を無駄にする。……妹がこれ以上、好きな人の期待に応えられないって苦しむの、姉として見たくないんよ」


「……だから、僕から別れを告げろって、ことですか?」


「そう、分かってんじゃん」


「…………」



―――――――――――

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