2章 9話

「も、もしもし!?」


『晴翔、無事だったみたいね』


「な、なんで……。凪咲さんのスマホに、母さんが登録されてるの? 知り合い?」


『あんたが会うって言うから、父さんと先に話をつけてきてたのよ。保護者同士でね。連絡先の書かれた写真、もらったでしょう? あれで連絡をしたのよ』


 まさか、僕の両親も共謀してたとは……。

 それだけネットで会うことに注意喚起をしようと思ったのか。

 これも社会勉強ってこと、なのか?


「はぁ……。勉強になったよ」


『言っておくけど、あんたがやりたいことを貫くためだからね? そのために急遽、予定を合わせて保護者同士、中間地点辺りのカフェで顔合わせまでして……。信用できるか互いに見定めたんだから』


「やり方が僕の親らしいな~って思うよ……」


『あんたは騙されやすいからね。……こっからは、あんたが乗り越えな。得がたい経験をして、成長して帰ってきなさい。GPSは常に見てるからね』


 そう告げて、母さんは通話を切った。

 白浜家の人たちを信用はしたけど、無警戒じゃないのが両親らしい。


「悪く思わないでね。晴翔君のことは妹から聞いてたけど、信用できるか私たちも見定めたかったの」


「妹……。波希マグロさんの、お姉さんとお父さん!?」


「今更? よっぽど怖くて状況判断ができなかったんだねぇ。よしよし」


 背伸びして頭を撫でないでほしい。あなたたちと、両親の教育のお陰だろうが。

 さり気なく七草兎じゃなくて本名の晴翔君とか呼んでるのは、僕の両親から聞いたのか?


「そんでねぇ……。一次試験を突破した晴翔君には、見てほしいものがあるんだ」


「見てほしい、もの?」


「そ。……胸くそが悪くなる動画。現時点、ネットからの出会いとか関係なく、妹を本気で好きって判断したから見せる秘密の動画、だよ」


 そう言って凪咲さんは、スマホを操作する。

 苦々しい顔を浮かべた後、こちらへスマホを手渡してきた。


 ディスプレイを見ると、そこには――中学生らしい制服を着た女の子が三人、映っていた。

 ビリビリに破かれた台本が床に散乱し、一人の女の子が蹲って下を向いてる。


『調子乗りすぎたね~。どんな気分? これであんたは、今度のスクール内公演まで台本も見られず演じないといけないわけだ。まさか、台本をなくしましたなんて言えないよねぇ』


『天才様なら、いけるっしょ? それとも無理? ねぇねぇ。努力しても伸びない凡人から見下されてどんな気分? いつもと立場が逆転して、ねぇどんな気分?』


『ちょっと、あんま煽ってやんなよ~。泣いたら可哀想だろ? イジメ、絶対ダメ。反対っ!』


『台本破った本人が言っても説得力ないっしょ。ギャハハハッ!』


 この一瞬だけで、凄くイライラしてきた。

 俯いて顔も見えない、ロングヘアーの女の子は……。

 床に散乱した台本の切れ端を一生懸命に集めてる。

 なんて健気なんだ……。


『はん、無駄だっての!』


 せっせと集めていた紙の山を――手ごと、蹴飛ばした。


『あ~あ。あんたの持ってるゴミが散らかっちゃった。捨てておいてやるから感謝しろよな?』


『じゃあね。言っておくけど、これをバラしたら……分かるよね? ばいば~い』


 そう言って、台本の切れ端を片手に持って去る女の子――イジメっ子たち。

 そうして蹲る彼女にカメラが近付いていき――画面が隠れた。


『大丈夫? 助けられなくて、ごめんね……』


『……ううん。私なら、大丈夫だから』


 ドクンと、声を聞いた瞬間、心臓が跳ねた。

 これは……。顔も見えないイジメられてた子は、波希マグロさん?

 音声だけしか分からない動画でも……。声だけで分かる。僕には、分かる。


『こんなの、巻き込まれたくないよね。声かけてくれて、ありがとう』


『ごめん……。本当に、ごめんね』


『ううん。恨まれてる自覚、あるから。それより台本、集めないと……』


『あの……。予備としてコピーしたものなら私、持ってるよ? あの子たちに秘密にしてくれるなら、あげるから』


 ああ……。ちゃんと救いはあった。

 後から証拠になるように陰から動画を撮影して、波希マグロさんの演技を応援してくれる子はいたんだ。

 よかった、よかった……。


『……いいの? 本当に?』


『うん。これぐらい、させてほしい。そうじゃないと、罪悪感が……』


『罪悪感なんて、感じないで。……ありがとう。本当に、ありがとうね』


 ああ、波希マグロさんの声が潤んでる。

 僕と通話した時みたいに、あからさまに泣いてはいない……。


 それでも、感動した。

 ドラマみたいに己を顧みずに、助けに入る格好いい展開は――現実では、厳しい。

 誰もが、学校とか社会での立場とか、人間関係のバランスとか……。大切なものを抱えてるから。

 それでも、苦しい時に手を差し伸べる人がいるだけで、違うよね。

 いじめっ子たちには、報いを受けて欲しいけどさ。


「……はい、次はこっちの動画」


「凪咲さん? これは……演劇の舞台裏、ですか?」


 苦虫を噛み潰したような表情で、凪咲さんがディスプレイに置いた指を左にスッと動かす。

 すると、またしても後ろ姿の……。波希マグロさんらしき人が、衣装姿で立ちつくしていた。


『ねぇ、改めて聞くね? 今、どんな気分?』


『ねぇねぇ、いつも独占してた最優秀演者を私に取られて、自分は最低評価で劇をブチ壊したのは、どんな気分なのかなぁ?』


 は?

 イジメっ子たちの言ってる意味が分からない。

 すると、背後から撮影してたカメラが近付き――。


『――私から受け取った台本通り演じてくれて、ありがとね。信じてくれて、嬉しいよ』


 え?

 あの、救いの手を差し伸べた子?




―――――――――――

ここまで読んで下さり、誠にありがとうございます!


本作はカクヨムコン10に参加中の作品です。

楽しかった、続きが気になる! 

という方は☆☆☆やブクマをしていただけると嬉しいです!


読者選考やランキングに影響&作者のモチベーションの一つになりますので、どうぞよろしくお願いします!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る