2章 8話

「今更だけど、私はこういう人間だから」


「……名刺?」


 女性が胸元から取りだした用紙を手に取ると、そこには会社名や名前、連絡先が書かれていた。


 名前は……白浜、凪咲なぎさ

 白浜って……。


「つまり……犯人である男は、お父さん?」


「そ、パパの保険証の写真を送ったのも私」


「家族ぐるみの犯行、ですか」


「言っとくけど、妹は関わってないよ? ママは留守番だし」


 犯罪一家でも、一番末の子供は巻き込まないで真っ当な道を歩ませたいってことか。

 今更、僕にそんな紹介をしてどうするんだ?


「まさか、この会社は海外で人を働かせる会社で、あなたは仲介人とかですか?」


「なんでそうなる。情報管理部って書いてあるでしょ。普通の製薬会社勤務だっての」


「は? だって、僕を誘拐して港に連れてきたじゃないですか」


「人聞きが悪い。人気のないところで話がしたかっただけだよ」


 え。……え?

 じゃあ、犯罪事件じゃないの?

 なんだ……。よかった。

 安心して、急に力が抜けてきた。


「あの、そちらの……白浜真一さんの、ご職業は?」


「俺は建設会社で役員をやってる」


「こんな役員がいてたまるか」


「あ?」


 失言だった。

 解放感からか、本音が口をついて出てしまった。


「あははっ。パパは見た目がねぇ……」


「……好きな格好をしてるだけだ。趣味で総合格闘技をやってれば、こんぐらいの身体になる」


 好きな格好をするのはいいけど、怖いって。


「凪咲さんも、車の中で『大人しくしてないと危ないことになる』って、僕を脅してきましたよね?」


「ん? 私は車の中で暴れると危ないよって、注意をしてあげただけじゃん」


「あの状況では別のニュアンスに聞こえるんですよ」


「それは晴翔君の受け方の問題で、私の問題じゃないな」


 もう、何がなんだか分からない。

 安心して一気に気が抜けたかと思えば、会話が通じないし……。


「でも……そうだなぁ。注意喚起は込めてたよ」


「注意喚起?」


「そう。――ネットで知り合った人と会うってのを、軽く考えるなってさ」


 それは……。

 確かに、そうだったのかもしれない。


「実際、本当にこれが事件でもおかしくなかった。そうだったら晴翔君がどうなるか……分かる?」


「……はい。車に乗せられて、港に連れてこられて……。正直、終わったと思ってました」


「港は話しやすいから、俺が選んだ。漢が腹割って話すなら、港だろ」


 お父さんは、いつの時代の人なんだ?

 注意喚起というか、恐怖感を抱くには十分だったけどさ……。


「はい、これ」


 凪咲さんのスマホを渡される。

 登録名は――母さん!?



―――――――――――

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