2章 6話

「え? だから、波希マグロだよ。もしかして、本名を聞いてる?」


「……もう一度、聞きます、あなたは――誰ですか?」


 ポケットからスマホを取りだし、いつでも警察へ電話できるように備える。


「な、なんでそんなことを聞くの? もしかして、彼女じゃない。もうお前なんか知らないって、言いに来たの?」


「なめないでください」


「……どういう、こと?」


 困惑したように尋ねてくる女性を、僕は威嚇するように睨みつける。


「声質は確かに、少し似てます。確かに僕は、波希マグロさんの見た目も、顔すらも知らない」


「だ、だから――」


「――でも、違う。発音の癖、息継ぎ、透き通る声がない。……彼女が長年、厳しいトレーニングの末に得たんだろうと感じる素晴らしい声とは、全くの別人です」


「…………」


 人の感情の機微とか、細々した様子を観察したり分析したりは得意なんだ。

 まして大好きな人となんて……。間違えるわけがないだろう!


 女性は少し、ポカンとした後――ハァと大きな溜息をついた。


「思ってたより、鋭い子だな。ただのお人好しなアホか、警戒心のないストーカーかと思ってたのに」


「……やっぱりか。どういうつもりですか? 彼女を騙るなんて。そもそも、なんで僕と彼女がした会話を」


 僕の言葉を遮るように、彼女は右手を上げた。

 殴られるかと身構えた僕の前に――黒塗りの大きなワゴン車が、凄い勢いで近付いてきた。

 キッと急停車すると


「おい、分かるな? 騒ぐんじゃねぇぞ」


「な、あなたは誰――ちょっ何を!?」


 僕の身長より更に高い。サングラスに金のネックレスを身に着けたスキンヘッドの男が、車から飛び降りてきて――僕の腕を掴んだ。

 抵抗したくても、力が強い!

 半袖シャツから、男の筋肉質で丸太のように太い腕が見える。


「ほら、早く乗りなよ」


「ちょ、まっ!」


 女性にも背中を押され、あっという間に車の後部座席に突き飛ばされる。

 慌ててドアを開けて出ようとしても、ドアロックをかけられたのか開かない!


「出すからな。暴れんじゃねぇぞ」


「はいはい、シートベルトするからさ。抵抗、しないで」


「……誰か、誰か!」


 黒いスモークがかけられた車の窓から外へ呼びかけても、誰も助けにきてくれる気配はない!

 スマホも女性に取られ、あっという間にシートベルトで固定されてしまった!


「暴れんじゃねぇって言ってんだろ!」


「大人しくしてないと……危ないかんね?」


「ぅ……」


 男の怒声と迫力。隣に座る女性の言葉に……恐怖で身体が震えだす。


 甘かった。

 オフ会の危険性を、甘く見てた。

 まさか、こんな目に遭うなんて……。

 車が走りだし、僕はどうにか逃げだす手段を考える。

 信号待ちの間に、何とか外に出られれば……。

 そうこう考えているうちに、車は高速道路に乗ったらしい。


 逃げだす機会が……。どこまで連れていかれるんだろう。

 ぐるぐる頭を巡らせて、なんとか逃げだす方法を考えるけど……。

 何も思い浮かばないまま、時間がすぎていく。


 命ぐらいは……助かるのかな。

 母さん、父さん……。本当に、ごめんなさい。

 波希マグロさん。

 君との約束を保留にしたまま死んじゃったら……ごめんね。



―――――――――――

ここまで読んで下さり、誠にありがとうございます!


本作はカクヨムコン10に参加中の作品です。

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