2章 4話

 彼女のハンドルネームがついたアカウントからだった。


 なんで……。

 彼女はSNSをやってないと言ってたのに。

 もしかして、アカウントを復活させた?


 もし、そうだとしても、メッセージなんてチャットアプリですればいいのに。

 ほぼ偽物だとは分かっていても、開かずにはいられない。


『七草兎さん。この間はごめんね。保留にしてる話をしたいから、提案してくれたオフ会をしない? 八王子でなら会えるから。でも無理はしなくていいからね』


 メッセージを何度も、何度も読み返す。

 これは……本物かもしれない。

 ただ単にオフ会をしようと言うなら、波希マグロさんを騙る偽物の可能性が高い。

 彼女のアカウントは、フォローもフォロワーもほゼロ。作成日も、今日だ。


「……このためだけに、作り直した? チャットアプリの方を消したとかなら……。ありえる?」


 多分、声劇アプリは消してなかったんだと思う。

 それで僕のコラボ動画を聴いて、粘着されても困るからと連絡をくれたのかもしれない。

 僕のSNSアカウントは、画面共有で見てたし。そもそも『七草兎』という名で声劇とイラストを描いてるアカウントも、それ程は多くないだろう。


「だけど、オフ会? 『もう関わるな』じゃなくて? なんで、このタイミング……。偽物、とか?」


 なりすましを疑って、文面を何度も読み返す。


「保留してた話……。八王子。こんなの、本人じゃないと知らないよな」


 彼女が嫌がってないなら、会いたい。

 あれだけオフ会は無理と拒絶してた彼女が望むなら――断りたくない。

 その言葉に、どれだけの勇気を込めてくれたか想像すれば、断れない。


 だけど、こんなの僕だけで決めていい話じゃない。

 愛知県から東京。

 調べると、新幹線と電車で三時間もあれば行けるらしい。

 値段は片道で一万円以上。僕のバイト代が三日分飛ぶぐらい。往復だと、六日分かな。


 両親から借りてるお金の返済も考えると、財布には厳しいけど――行きたい、彼女に会いたい。

 夕食の時間。

 僕は両親に向かって頭を下げた。


「彼女……。別れる別れないを保留にしてる彼女と話をしたいから、東京に行かせてください」


 テーブルに額がつくぐらい頭をさげる僕に、中々答えは返ってこない。

 悩んでるのか、驚いてるのかな。

 即座にダメだと言われると思ったけど……。


「……ふむ、条件をつけよう」


「そうね。まずスマホのGPS連携は絶対ね。あと一時間ごとに、どういう状況かの説明は欲しいわ」


「あとは相手の保護者の詳細な住所や名前、連絡先だな」


「ちょ、ちょっと待って! 東京まで、会いに行っていいの?」


 トントン拍子に進んでく話に、逆に戸惑う。

 何で……。こう言うのって、もっと反対されるんじゃないの!?

 詐欺だろうとか、子供が一人で遠出してネットの人間に会うなんて認めないとか!


「晴翔、母さんたちはね、親なのよ」


「……知ってるけど。どういう、こと?」


「お前、この数日……寝られたか? 眼も虚ろで、それでも何かに頑張ろうとしてる悲壮感漂う姿。……親としては、なんとかしてやりたいと思うのが当然だ。人生経験にもなる」


 ああ……。僕は誰にも努力を認められてないとか、なんて見当違いなことを考えてたんだろう。

 こんなにも近くに、ちゃんと見てくれる人が僕にはいたなんて。


「とはいえ、よ。インターネットから出会った人間同士のトラブルなんて、しょっちゅうニュースで流れてるわ。だからトラブルが起きないように、条件は必要なの」


「ああ。これをリスク管理という。覚えておきなさい。今あげた条件を晴翔や相手が飲めないようなら、父さんたちも認めるわけにはいかない」


「そうね。相手にやましいことがなければ、教えられるはずだもの。成長機会だろうと、安全性も必要だわ。いいわね?」


 二人に感謝すると同時に――実質、難しいんじゃないかと思った。

 僕に関する情報は、別にいい。

 でも波希マグロさんの保護者に関するプライバシー情報は、彼女も両親を説得しなければならないから。

 それを頼むのは気が引けるけど……。

 トラブルを防ぐために仕方ないという理屈も分かる。

 部屋に戻り、重い指で条件をつけられたことをDMする。


 すると僅か十分後――。


「……これ、お父さんの保険証? 白浜、真一……」


 電話番号や住所、名前どころじゃない。

 個人情報中の個人情報が送られてきた。


「波希マグロさんの名字、白浜っていうのか……」


 知らなかった彼女の情報を、このタイミングや状況で知ったのは複雑な気分だ。



―――――――――――

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