2章 3話
「お、おう……。春日、か。まぁオーディションを受けるのは、自由だな」
部長も動揺して、顔から汗を滲ませた。
まぁ、それはそうだろうな。
僕は裏方と基礎練習ばかりで演技をしてる姿を見た覚えすらないと言われる人間だったんだから。
「先輩、頑張ってください」
小声で後輩が話しかけてきた。
僕は小さく「ありがとう」と返してから、オーディションを待った――。
「――先輩、お疲れ様でした。お先に失礼します」
「うん、お疲れ様。気をつけて帰ってね」
モップをかけながら、僕は配役をもらった後輩を見送る。
手伝うと言ってくれたけど、断った。
今は、何か役割がほしかったから。
何でもいいから……必要とされたかったんだ。
「おい、晴翔」
「武内君? 帰ったんじゃないの?」
「晴翔が一人になるのを待ってたんだよ。言いたいことがあってな」
「……言いたいこと?」
明らかに怒ってる。
僕が――あっさりオーディションに落ちたからかな。
色々と手伝ってくれた武内君とすれば、それは腹も立つか。
「お前、何を考えてた? オーディションの最中、執事の気持ち以外を抱えてただろ!?」
「……え?」
「分からねぇと思ってんのかよ!? 俺は、どんな役割でも手を抜かないお前ならって……。芝居、なめんじゃねぇぞ」
武内君は舌打ちをして、掃除を手伝い始めた。
重苦しい。
どうしていいか分からないし……。
指摘されれば、その通り。図星だ。
どうしても、この台本で深掘りをした執事を演じると――波希マグロさんの声が、チラついてた。
それを見抜いた武内君からすれば、裏切られた思いだろうな。
「……ごめん。色々と、よくしてくれたのに」
「俺に謝ってほしいわけじゃねぇ。晴翔自身の問題だろうが」
「……うん。反省する」
「そうしろ。何があったかは知らねぇ。それでもよ……。少なくとも劇中はステージで役になりきって、観客に楽しんでもらうことだけを考えろっつの」
僕のプライベートについて話した訳じゃない。
それでも、演技の上手い人は人を観察する力もあるのか。
武内君は手際よく掃除を終わらせ、黙って帰っていった。
「中途半端だなぁ……僕」
全身全霊をかけて進むべき道も決められない。
人の期待を裏切り、身近な人すら笑顔にさせられない自分が――大嫌いだ。
夕焼けに染まる空。
開いた校舎の窓から入ってくる生温い風が、胸に広がる虚しさに染みた――。
アルバイトを終え、自宅に帰ってきた。
沈んだ顔で入浴や食事を済ませる僕の姿で何かを察したのか、両親は特に何も聞いてこない。
ありがたく思いつつ、自分の部屋の椅子に深くもたれかかる。
「はぁ……。全身全霊でやりたいこと、か」
将来の夢に繋がることは……全く見えない。このまま夢へ繋がる道も見つけられず卒業するのかもしれない……。
三年生の口から引退という言葉が出たとあって、だいぶセンチメンタルな気分だ。
「波希マグロさんを……笑顔にしたかった」
初恋が終わるって、予想以上に辛いんだね……。
そういえば、と。
SNSに上げているイラストの反響を力なくチェックする。
うん、見守ってもらいながら描いたからかな。前よりフォロワーも増えて……。
あれ、DMがきてる?
どうせ、怪しいアカウントからだろうと思いながらタップすると――。
「――ぇ……。波希、マグロさん?」
―――――――――――
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