2章 2話

 嫌われたなら、換えられてもいいはずだけど……。

 もしかしたら『イラスト、大切に使わせてもらうね! 宝物にする!』という言葉を、律儀にも守り続けてるのかな?


 彼女の最後の投稿は、三日前。

 僕と別れ話をする直前の、夕方だ。

 その後は、誰にもメッセージを返した形跡もない。


 大好きな劇すら、彼女がやりたくないという思いにさせてしまったとしたら……。

 僕は、どう謝ればいいんだろう。いや、謝っても許されない、か。


 波希マグロさんの、コラボ募集動画……。相変わらず、凄い人気だ。

 彼女が投稿した一つの掛け合い声劇動画に、百を超えるコラボが続いてる。

 動画を再生してみると、いきなり世界観に引きずり込まれた。


「ははっ……。相変わらず、演技が上手いな。……なんて素敵な声、演技なんだ」


 動画を聞いていると、改めて彼女に魅了される。

 彼女の演技に、混ざりたい。コラボ者用に空いてる空白時間を埋めたい。

 下心とかなく、彼女の演技と世界を完成させたい。

 だけど、関係性を壊した僕なんかが、いいんだろうか?

 そう悩んだ時、母さんの『自分がやりたいことをやりなさい』という教えを思い出した。


 気持ち悪がられるかもしれない。

 個別メッセージは、執着されてると怖がらせたくから……もう送らない。

 でも純粋に、自由コラボ募集動画で物語を完成させるなら……。

 百以上続くコラボの中に、しれっと混ざるぐらいなら、許してもらえるかな。

 ブロックされてないなら、劇を一緒するぐらい許してくれるかな。


 台本を読み込み、数日ぶりに耳にする彼女の声と――掛け合い声劇を録音していく。

 何度も何度もリテイクを繰り返し、今の僕の中で最良の演技を。

 汗だくになって、二百を超えるリテイクを繰り返して――。


「――楽しかった……」


 肉体の疲れなんか忘れるぐらい、熱中して役になりきってた。

 録音音声を聞いて、頷く。

 この台本にいるのは、波希マグロと七草兎じゃない。

 あくまでも、キャラクターだ。

 そう心の中で言い聞かせ、彼女とのコラボ動画を投稿する。

 この一回だけだから、と。


 彼女との最後の演技になるかもしれない。

 これでブロックをされるかもしれない。

 迷った末『コラボ失礼しました』と、最低限の挨拶コメントだけを送ってアプリを閉じた――。



 翌日。

 部活動のために登校すると、部長が気合いの入った声で部員に集合をかけた。


「今日はオーディションをしようと思う。知っての通り、うちの文化祭は十一月中旬と開催が遅い。俺たち三年は、半ば引退してる」


 受験を控えた三年生が華々しく引退する場を用意するのは、うちの学校の行事予定だと難しい。


「そこで、だ。九月の上旬、今までの舞台で使った道具で一つ劇をやりたい。これなら負担は最小限に抑えられると思うんだが、どうだ? 勿論、夏期講習で忙しいやつは無理に参加しなくていい」


 つまり、思い出を作るための劇か。

 とはいえ、やるからには皆、本気なんだろうけど。むしろ本気じゃないなら、やる意味がない。

 強制参加じゃないのと、一から道具などを作らなくて済むのが効いたのか、反対の声はあがらなかった。


「よし。それなら、台本のあらすじを言った後、配役を決めよう」


 物語のあらすじを部長が読み上げ、スライドをホワイトボードに映し出す。

 スライドには人物名と特徴、劇での役割が書かれている。


「じゃあ望む役があれば、手を挙げてくれ。勿論、普段からいい演技をしてる奴は、役争いに落ちたら別の役を競ってもらうからな」


 メイン級の配役から始まり、手を挙げた人の名前がスライドに書き加えられる。

 この後にオーディションをして、一人を絞っていく流れらしい。

 これまでの僕は、こういう場に呼ばれたことがなかった。

 実質的な思い出作り上演だからなのか。それとも裏で武内君が手を回してくれたからなのか。今までは、呼んでも仕方ないと思われてたのか……。

 なんなら、忘れられてたという可能性もありえるな。

 メイン級の配役に次々と演技の上手い人が名乗りを上げていく。


 僕が手を挙げたのは、少しだけ登場する執事役。

 でも僕以外にも希望者がいて――場がザワついた。



―――――――――――

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