軽率な行動と行動の対価

2章 1話

 彼女からの連絡が途絶えてから、もう三日。

 セミが忙しなく鳴き、暑くて外に出る気力も削がれる七月下旬の夏休み。


 ネットの付き合いは、繋がりが浅くて縁を切りやすいと聞いたことがある。


 それもそうだ。

 お互いの身元も顔も、リアル情報なんて知らないんだから。

 アカウントをブロックするか消せば、それで関わりは終わる。

 彼女も、そうやって自然消滅を狙ってるのかもしれない。

 最後の別れを提案した悲痛な声を思えば、そう考えるしかない。


「保留、か……」


 別れる別れないの答えは、お互いに保留にしたまま。

 結局、彼女の真意は最後まで分からなかった。


 それでも、いい。


 最後に泣いてた君が、今は笑えるようになってるなら……。それでいい。

 オフ会とか変な提案をした僕こそ、謝るべきだった。それは心残りだ。

 謝るメッセージを送ったけど、反応がないから読んでくれたかも分からない。

 しつこくメッセージを送るのは、彼女の迷惑になる。

 ネットで出会ったやつに執着されるなんて体験はトラウマになるかもしれない、と。

 三日前の終業式が終わった夜に謝るメッセージを送ってからは、もう連絡してない。


「……今までで一番辛いけど、腐ってちゃダメだ」


 太陽の光が窓から入ってきて温められた部屋、じめじめとしてるのも加わって暑苦しい。

 声劇をするときとかに冷房の音が入るから、エアコンは極力、使わないようにしてるけど……。

 今は、あまり声を張って演技ができる気がしない。

 もうすぐ演劇部での部内オーディションがあるって噂なのに、台本を読むと……。

 どうしても、彼女の楽しそうな声の余韻が脳内に響く。


『――生声劇、楽しかったね!』


 まるで今でも、耳元から聞こえてくるかのように思いだす。

 未練がましいとは思うけど、集中しきれない。

 暑さの中、手汗で湿った台本が歪んでる。

 そうなるだけ読み込んてきたけど、身になってる気はしない。人物の解釈にも自信が湧かない。

 台本を読み込めない、声を出す気力がでないなら……。今は描いたり、他のことを頑張ろう。


「……ダメだ、集中できない。情けないな、僕は……」


 イラストを描いてても、彼女に見せたときの反応が脳内に浮かんでくる。

 僕の中で波希マグロさんという存在は……。本当に、かけがえのない存在だったんだ。

 どうして、普通にリアルで出会う関係じゃなかったんだろう?


 君は東京都の八王子市で、僕は愛知県の春日井市。


 リアルから知り合ってれば、君の真意にも気がつけたかもしれない。

 君が抱える問題だって、共有できたかもしれない。

 恩返しもできて、こんな音信不通で悩むことも、なかったのかもしれない。

 出会い方の違いが、こんなにも大きいなんてさ……。

 そんな今更考えても仕方がない、『かもしれない』ばかり考えて……。

 気がつけば、日が傾いてた。


「……台本、読まなきゃ」


 いつまでも、うじうじと落ち込んでたらダメだ。

 オーディションに向けて、彼女と一緒に人物の深掘りをした役のセリフを練習する。

 不思議と、役を演じてる間は――辛さが消えた。これは役に没入して、その人物になろうとしたからだろうな。

 この体験をできるのも、彼女が人物の心情の読み解き方を教えてくれたお陰だ。


 数十回と練習し、録音した音声を聞くと――やっぱり我ながら演技力は酷い。

 前より、いくらかは自然になってきた気がするけど……。

 ステージ上で演技をしてる人と比べると、思わず首を傾げてしまうレベルだ。


 少し気分転換に……他の役を演じるか。

 久し振りに、声劇アプリを開いてみる。


「……アイコン、変わってない」


 ほとんどいないフォロワー。

 その中で、波希マグロさんのアイコン――僕がプレゼントしたファンアートが、そのまま残ってた。



―――――――――――

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