1章 24話
そうして彼女と付き合い初めてから、一週間ちょっとが経った。
もう夏休みに入る。
クラスは夏休みの予定とか、どこに遊びに行くかなんて話ばかりだ。
付き合ってる人たちの中には、人目なんて気にせずスマホで調べながら出かける予定を立ててる人たちすらいる。
それを聞いて、僕は少し焦る。
住んでる市区町村以外、全く彼女のことを知らない。
本名を僕だけでも教えようとすれば、頑なに断られる。
ビデオ通話だって、全力で断られた。
それはもう、尋常じゃないぐらいの様子で。拒絶反応とも言えるぐらいだった。
それが妙に、心にへばりついて残って……。
ネットから知り合った交際相手だから、警戒されるのも当然。
だけど、本名を知られることやビデオ通話をこうも強く拒絶されると、ちょっと悲しくもなる。
思えば――付き合ってから、彼女と彼氏らしいことはしてないな。
僕から好きだとは言っても、彼女から好きと言われたことはなかった。
それが不安じゃないと言えば……嘘になる、か。
「やっぱり彼女は、優しさから僕と『同じ気持ち』って言ってくれたのかな……」
台本を読みながら、ついつい波希マグロさんのことを考えてしまう。
顔を合わせれば、分かるはずなのに。
いくら人の感情の機微に敏感と言われる僕でも、声だけだと憶測しかできない。
ネットで『遠距離恋愛』や『ネットからの出会い』について検索をかけてみると、オフ会という単語が目に入った。
それはネットで出会った人同士が、実際にオフライン――リアルで会って遊んだりすること。
これなら顔も合わせられるから、彼女の真意も分かるかも知れない。
その日の夜、僕は日課になってる通話で彼女にオフ会を切り出すと決意した。
一緒に生声劇を楽しんでから通話を繋ぐと――。
『――生声劇、楽しかったね! あの台本主さん、本当に素敵な物語を書くよね。やっぱりキャラの考察をしてるとさ、何通りも演じたいな~って思っちゃう魅力があるというか!』
「うん、楽しかった。コメント欄はやっぱり、僕が足を引っ張ってるって指摘だらけだったけどね。波希マグロさんの演技、本当に凄かった。共演してるこっちが感動しちゃうぐらい」
『もう、劇は演者も楽しむことからなんだから。そんなの気にしない! 前より上手くなってるし、楽しもうよ!』
「そうだね。……前より上手くなってるなら、練習を続けててよかった。波希マグロさんにも個別指導してもらってるお陰かな?」
一緒に生声劇を終えた後、波希マグロさんは劇後の余韻からか、幸せで楽しそうだった。
そんな嬉しそうな声が聞こえると、僕まで幸せになる。
『私の指導なんて、そんな偉そうなもんじゃないよ~。未熟もいいところなんだからさ。七草兎さんと一緒に練習してるだけだよ!』
「そっか。そう言ってくれると、嬉しい」
だから、こんな幸せな空間を壊すような話をするべきじゃないのかもしれない。
でも、どうしても不安だから……。
この気持ちを覆い隠したまま今の関係を続けるのは、彼女に嘘を吐いてるみたいで嫌なんだ。
「波希マグロさん」
『ん? どしたの?』
「好きだよ」
『……うん、ありがとう』
やっぱり、彼女の声が陰った。
最近の彼女は、少し情緒が不安定な気がする。
声のレッスンに長く通って、演技を習ってるからかな。
声だけでも、なんとなくは伝わるんだ。
僕が女性として好きな素振りや発言をすると、劇で楽しんでるときと一気に変わる。
辛そうで、悲しそうな声になってる。
僕と付き合うのが、やっぱり嫌なら……そう言ってくれればいい。
付き合い始めるとき話してたように、君が何か問題を抱えてるなら……。
僕に話してくれれば、全力で力の限りを尽くすのに。
この遠い距離での繋がりでは――こちらから聞くのも、タイミングが難しい。
やっぱり、顔を合わせて話せさえすれば……。
「あのさ、今日学校で調べてて、面白そうなものを見つけたんだ」
『え、面白そうなもの!? 何それ、どんなの!?』
「……オフ会っていうんだけど、知ってる?」
『……ぇ』
消え入りそうな声だった。
それだけで自分がミスをしたと分かる。
「あ、ごめん。嫌だったよね!?」
『……ごめん。私、オフ会とかはできない』
「……そっか。そう、だよね。まだそういうのは、早いよね。知り合ってから半年も経ってないんだし! ごめんね、変なことを言ってさ!」
『…………』
沈黙の時間が重い。
手汗が滲んでしまう。
スピーカーから彼女の声が返ってこない時間が、どうしようもなく苦しい。
言った発言は、もうなかったことにはできない。
それでも、時を戻せるなら――。
『……あの、ね』
「う、うん! 何!?」
『私たち……別れませんか?』
「ぇ……」
頭が真っ白になった。
―――――――――――
ここまで読んで下さり、誠にありがとうございます!
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