1章 23話
『へぇ! よかったね! いい仲間と演劇できるのは、最高だよ』
「うん……。正直、武内君から台本渡されるとか、凄く意外だったけど」
もらった台本を手に、波希マグロさんと通話を繋げていた。
彼女にオーディションについて聞いてみると、人物のワンシーンを実際に演じる方法が多いらしい。
もっとも、外見が監督のイメージや人物設定と違うと、演技力が高くても配役をもらえないことも多いらしいけど。それに、オーディションで受けた役とは、違う役を任されることもあるとか。
『まずは読み込みだよね。ん~、やっぱり劇って最高だよね。いいなぁ……』
「波希マグロさんは、もう声劇以外はやらないの?」
『……うん。そうなっちゃう、かも』
「そっか。あのさ、この人物の過去について想像してみたんだけど、意見を聞かせてもらってもいい?」
彼女の声が曇ったのを感じて、話題を変える。
既に台本はPDF化して、チャットで波希マグロさんにも送った。
彼女は小さく「ありがとう」と呟いてから、一緒に僕が目を付けた役の過去と現在について考察してくれる。
どういう意図、思いで現在のセリフを言うに至ったのか。
セリフに込められた思いを分析していく。解釈は様々で、意見交換は楽しい。
そんな中で思うのは――やっぱり彼女は、劇団や声優スクールを辞めたくなかったのかもしれない。
もしくは、未練があるんだろうってこと。
ずかずかと踏み込むには、重い部分かもしれない。
彼女の声に耳を傾けていれば、そう思ってしまう。
劇団の役者とか声優は、プロとして一本で食べていくには厳しい世界だ。
辞めざるを得ない、道を断念せざるを得ない理由なんて、いくらでもある。
うちの親だって、僕が声優やイラストレーター……。アニメとか舞台みたいなエンタテインメントに関わる仕事を目指したいと言った時、いい大学へ進学することを条件にしたぐらいだ。
夢を追うのはいいけど、簡単に叶わないから夢。
だからこそ、長く夢を追いつづけられる安定した環境作りも努力の一つだって。
だから僕は、応援しつつも色々な道を一緒に考えてくれる両親に感謝してる。
ん?
両親といえば――。
「――あ! そうだ!」
『ぅんっ!? ビックリしたぁ~。どうしたの? 急に大っきな声で』
「いや、今日両親に波希マグロさんと付き合う許可をもらえたんだよ!」
『そ、そうなんだね……』
この反応、少し……戸惑ってる?
いや、この声は……。気後れのような感情、かな?
多分、波希マグロさんは、両親にまだ僕たちの関係を話してないんだろうな。
「なんか両親が、波希マグロさんを恋愛詐欺師みたいに言ってさ~。まぁ昔から僕が利用されやすいのがいけないんだけど……」
『わ、私は……。その』
「うん、違うよね? でも住んでるところも本名も知らないって言ったら、唖然としてて」
『住んでるところと、本名……』
歯切れが悪い?
あれ、もしかして……。言いたくない?
分からない。
ネットから付き合い始めた人たちの距離の詰め方が、僕には分からない。
「あの……。聞いちゃダメだったかな?」
『ううん! ダメじゃない! 七草兎さんが詐欺師に騙されてるって思われるのは、私も嫌だもん。私自身のことは、なんて言われても構わないけど……』
「それはよくないよ。波希マグロさんが恋愛詐欺師呼ばわりされてほしくない」
『あ、ありがとう。でも……本名は、ごめん。住んでるところは、だいたいなら! うん!』
本名は言いたくないのか。
そういうものかもしれない。
ネットで本名を調べたら、色々と特定されるかもしれないからな。
付き合い始めたばっかりで、そこまで信用してくれと言う方が無理な話だ。
「全然、それだけでいいよ! あ、僕は愛知県の春日井市ってところに住んでるんだ。知ってる?」
『ごめんね、分からないや。私は東京都の八王子市ってところに住んでるよ』
「そっか、教えてくれてありがとう! 波希マグロさん、実在したんだね」
『なにそれ、実在してるよ~』
やっぱり彼女は、笑い声の方がいい。
「実在する人で安心した。うちの両親ちょっと変わってるんだよね。感謝してるし好きなんだけどさ」
『私も家族に感謝してる。ちょっと、かなり過保護なところあるけどね』
「へぇ~! 愛されてるんだね!」
『うん、怖いぐらい愛してもらってると思うんだ~。たまに暴走するけどね!』
こうやって少し冗談を交えながら、ゆっくりと互いを知っていきたい。
リアルで出会った恋愛すら知らないのに、ネット発の恋愛なんて手探りもいいところだ――。
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