1章 22話
アルバイトと夢に向けた練習、そして親への説明。
あとは彼女との通話で休日は終わった。
なんだか休んだ気はしないけど、とりあえず両親は「特殊だから、その都度必ず相談しなさい」と言って、日曜の夜には遠距離恋愛を認めてくれた。
遠距離といっても、波希マグロさんが何処に住んでるのかも知らない。
本名も互いに知らない。
順序がバラバラだとは両親にも言われたけど……。うん、本当にそう思う。
今夜辺り、彼女に聞いてみるか。
今までの友達関係なら一線を越えた質問だろうけど、彼氏彼女なら……いいはず。多分。
彼氏、彼女かぁ……。
波希マグロさんが、僕の描いたイラストをアイコンに使ってるのを眺めるだけで、頬が緩む。
そんなことを考えながら、テストの返却ばかりの授業を終え――部活の時間。
「おい、晴翔」
「武内君? どうしたの?」
誰よりも早く部室に向かおうとしてたら、廊下で武内君に声をかけられた。
この間の定期公演でも見事な演技を披露して、僕とは違う光の当たるステージの住人が何のようだろう。
雑用でも頼まれるのかな?
「……何を浮かれてやがった?」
「う、浮かれてたかな?」
「プロ志望の演技者、なめんなよ。人の表情の観察も力の一つだっての」
「ご、ごめん」
そうだったのか。
二年生も半ばになってたのに、武内君の進路希望すら知らなかった。
あんまり話すこともなかったしな。
でも……。プロ志望か。
自分の目指すべき道を見つけて、ひた走るのは格好良いなぁ。
僕なんて、まだ自分の適性とか、本当にやりたいことを探してる段階なのに。
武内君は、僕の胸にバサッと紙の束を押し当ててきた。
このゴミを捨ててこいってことかな?
「早く取れよ」
「……え。これ、台本?」
手渡されたのは、ホチキスで止められたト書きの台本だった。
ぱらっと見てみたけど、内容に覚えがない。
「ああ。部長が書き下ろした新作台本らしい。舞台道具も、今あるものでやれる台本らしくてよ。夏休み明けすぐにやるらしいから、立候補したい役を練習しとけよ」
「……部長が書き下ろした、新作台本?」
「おう。ここだけの話、部長が書いた台本、あんま感情移入できないんだけどな……。性格的に、人物造形が苦手なんだろうな。俺についてこいってタイプだからさ。演出家能力はスゲぇんだけど……」
いや、聞きたいのはそこじゃない。
万年、裏方仕事しかやらせてもらえず、雑用としてギリギリ使ってもらえてるような僕だ。
なんで台本を渡してきたのか……。
裏方でも、普通は作業とかのために台本ぐらいもらえるものなんだろうけど、少なくとも僕はもらったことがない。
基礎練習用の冊子とか、決定された準備や設営リストを事後通達でもらうぐらいだ。
「あの、僕に台本を渡しても……。その、立候補できるだけの実力は……。見た目も、こんなだし」
「あのなぁ……」
武内君は、僕に詰め寄ってきた。
僕より少しだけ身長の低い武内君が、見上げながら睨んでくる。
「舞台に上がってたら、周りも観察して微妙に演技を変えんだよ。だから、俺は分かってるんだ」
「……何が?」
一歩後ろに下がって尋ねる僕に、武内君は小さく溜息をついた。
「晴翔の目に、いつも悔しいって書いてあるのにだよ」
「……え?」
「その目立つルックスってのは、確かに有利なだけじゃねぇ。逆に演技力も求められる枷になる。だけどよ、配役決めのオーディションに参加しない言い訳にすんな」
「武内君……。僕を、そんなに見ててくれたの?」
そう聞くと、武内君はハッと鼻で笑った。
「勘違いすんなよ。晴翔だけじゃねぇ。舞台からは、全員を見てる。観にきてくれる人、全員を楽しませられるようにな」
「……そう、だよね。やっぱり武内君は凄いね。文化祭で引退する先輩たちから、もう既に次期部長って指名されるわけだ」
武内君は、少しだけ染まった頬で顔を背けた。
「……うっせ。いいから、練習しとけ。三年間ずっと裏方しかしないなんて、勿体ねぇだろ」
「うん、ありがとう! 頑張る!」
「言っとくけど、俺と希望の役が被ったら諦めろ。俺は絶対に譲る気はねぇからな!」
そう言い残して、武内君は早足に部室へ向かって行った。
これは、しっかりと読み込んで練習しないとな。
いつもオーディションがあるのは知ってたけど……。
見込みがある人には事前に台本を渡す慣習みたいのがあるのかもしれない。
あるいは、部長が書き下ろした新作台本の完成が嬉しくて、近しい人には先に渡したか。
うん、これが一番可能性がありそう。
イラストもだけど、完成したら誰かに見てもらって感想をもらいたいものだから。
僕も波希マグロさんに見てもらうと嬉しくて創作意欲も――って、今はそれを考えちゃダメだ!
せっかく武内君がここまでしてくれたんだ。
下手なりに、何かやりたい役に挑戦してみないと。
それには、まず読み込み!
オーディションは……。
オーディションって、何をするんだろう?
どうアピールすればいいんだろ?
声優スクールの実力判定テストみたいに、セリフや朗読の内容が指定されてるわけじゃないし。
「波希マグロさんに、相談する事が増えたなぁ……」
劇団に所属してた彼女なら、知ってるかもしれない。
浮つきそうな気持ちを抑え、大切に台本を鞄にしまって部室へ向かう。
良いことは、連続するのかもしれない――。
そうして迎えた夜。
―――――――――――
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