1章 19話

 大恩人で、たまらなく大好きな人に嫌な思いをさせて……。泣かせてしまった。


 僕は、彼女の幸せそうな声を聞きたかったはずなのに。 

 音声の先で、彼女が笑ってほしいと願っていたはずなのに。

 それだけだったの、はずだったのに。


 取り返しのつかないことをしてしまった。


「……本当に、ごめん。泣く程に気持ち悪くて、嫌だったよね」


『……違う、違うんだよ』


「でも、明らかに泣いてるよ。……波希マグロさんは優しいから、強く断れないよね。ごめん、もう僕からは連絡をしな――」


『――違うの! この涙は、本当に違うから!』


 違うって……。

 そんな悲しそうな声をしてて、何が違うんだろう。

 罪悪感で胸が押しつぶされそうだ……。


『……私、自分が情けなくて』


「波希マグロさんが、情けない?」


『……うん。こんな私なんかじゃ、ダメだって。七草兎さんみたいに夢へ向かって、折れずに挑戦をする素敵な人の気持ちを、受け入れちゃダメだって。……断らないとって』


「そっか……。そっか……」


 あれだけ高鳴っていた心臓が、急に静かになる。

 肌から血の気が引いていく。

 頭が全然、回らないけど……。

 要は、どう断るべきか悩んで、混乱して。

 それで彼女は泣いているのか。


 これが初めての失恋、か。泣きそうだけど、僕が泣いちゃダメだ。

 泣きたくて堪らないのは……。ネットで知り合った僕から一方的な想いを告げられた、彼女なんだから……。

 通話を切るまでは堪えろ、僕……。


『断るべきだって、頭では分かってるのに、ね……。断ると考えると、悲しくなっちゃって……』


 断ると考えると、悲しい?

 つまりそれは、友達関係も同時に終わるのを悲しんでくれてるのかな。

 どこまで彼女は優しいんだ――。


『――私も、同じ気持ち……』


「……ぇ」


 今……。

 僕と同じ気持ちって。そう、言ってくれたのか?


『だけどね、私は問題だらけで……。勝手な気持ちだけで、七草兎さんを振り回すなんて――』


「――振り回されるのには慣れてる!」


『……ぇ』


「僕の部活やら便利屋扱いされてる話はしたでしょ!? 僕は振り回されてもいい! 波希マグロさんが幸せに笑えるなら、振り回されるのを迷惑なんて思わない! どんな問題も一緒に乗り越えたい!」


 熱を失っていた指先が、顔が……また熱くなってきた。

 事情は分からないけど、波希マグロさんも僕を好きだと言ってくれた。

 ネットで出会って、住んでるところも離れてるはずだ。

 遠距離恋愛とか、色々な事情を気にしてるのかもしれない。


 でも――。


「お互いに好き合ってる気持ちが同じなら、僕は君の笑顔のためになんでもする! それぐらいの覚悟がなければ、ネットで知り合って顔も知らない人に告白なんてしない!」


『七草兎……さん』


「嫌なら、嫌でもいい。気持ち悪いなら、気持ち悪いで構わない。二度と近付くなっていわれるなら、そうする。だから……ちゃんと、君の素直な気持ちを聞かせてくれないかな?」


 スピーカーから、重苦しい沈黙と啜り泣く声が聞こえてくる。

 どんなキツイ言葉を投げつけられても、覚悟はできてる。

 その切っ掛けをつくったのは、僕なんだから。



―――――――――――

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