1章 17話

「それって、生声劇をやりませんかって誘った時?」


『そう。私、誘われたことなかったからさ。それまで、ちょっと寂しかったんだ』


「そりゃ、声をかけにくいでしょう……」


 アカウントを登録してから、多彩かつ圧倒的な演技力で、すぐにランキングトップアカウントにまで登り詰めた人だよ?


 置かれてるコラボ募集動画にコラボ録音することはできても、生声劇に誘うには仲良くなってからじゃないと普通は無理だよ。


 あれ、そう考えると……僕って普通じゃない?


「僕、普通じゃないのかな?」


『普通とかは分からないけど、私は凄く嬉しかった。……救われた』


 前にもサラッと聞いたけど……。彼女が時々口にする救われたって、なんなんだろう?


『私、七草兎さんと繋がれてよかったな。演じないのが嫌で、勇気を振り絞ってネットの声劇を始めたの大正解だった』


「今までネット声劇とかやろうと思わなかったの?」


『通ってたスクールで禁止されてたから。デビューの時に、未熟な時の演技が残ってると不利になるかもだからって』


「そうなんだ。初めて聞いたな。……厳しいスクールだったんだね」


 つまり、彼女がスクールを辞めたのは――アカウントをつくる直前なのか。

 そう遠くない過去、だな。


 段々と意識が、ぼやっとしてきた。

 やっぱり、疲れてたんだろうな。

 布団に入ってるし、もう電気を消そう。

 いつもは波希マグロさんが寝落ちして『ごめん、気がついたら寝ちゃってた!』って謝ってくるから。

 たまには僕が寝落ちした方が、波希マグロさんも気を遣わなくなるよな。

 何より、眠りにつく瞬間まで彼女の声を聞けたら……それはもう、最高だ。


『凄く厳しかったけど、熱心に育ててくれる場所だったよ。……先生たちとか、通わせてくれた家族には凄く感謝してる』


「そっか。僕の家もスクールとか機材にかかる費用の返済計画を立てさせるぐらいには厳しいけど、凄く感謝してるんだ」


『そうなんだね。返済するのに文句の一つも言わないとか、やっぱり素敵な人だなぁ……』


 どんどんと眠くなってきた。

 まるで優しいオルゴール……。いや、それよりも心地よく、眠りに誘う声だ。


「波希マグロさん程じゃないよ」


『……私は、七草兎さんみたいな素敵な人じゃないよ。ダメダメで、意気地無し』


「そうなの? 僕は好きだけどな……」


『……え?』


 明らかに戸惑う彼女の声に、寝ぼけてる頭で何を言ったか考える。


 そして――目が一気に覚めた。



―――――――――――

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