1章 15話

「……早寝だね。疲れてるのに遅くまでごめん、ありがとう」


 時計を見れば、時刻は日を跨ぐのにあと一時間以上ある。

 きっと早寝早起きの習慣がついてるんだろう。

 もしかしたら、最初の方は僕に会わせて頑張って遅くまで起きようとしてくれたのかもしれない。

 すぅすぅと寝息が聞こえると、ちゃんと温かくして寝てるのかなと心配になる。

 同時に、無防備だなとも。


 寝落ち通話までしてくれるなんて、気を許してもらえたのかな?

 そうだとしたら、本当に嬉しい。


「ちゃんと布団に入って寝ないとだよ。……お休みなさい」


 眠ってるから聞こえてないだろうけど、声を抑えながら伝えて通話を切る。

 人格者で、話を聞いている限り努力家な彼女。

 演技が上手なだけじゃなくて、勉強だって凄くできるのは作業通話でよく分かった。


 そんな波希マグロさんに恥ずかしくないように、僕も頑張らないとな。

 さすがに、夜になって声の練習は迷惑だからできないけど……。

 僕も、もっと頑張ろう。適性のある、これだと突き進める道はまだ見つかってないけど、さ。

 スマホに入れている一日のスケジュール帳をイジり、寝る時間を削って一時間ちょっとイラストにかける時間を増やす。

 彼女のお陰で。僕は鬱屈とせず、手探りでも夢に向かい頑張れる――。



 そうして期末試験の日を迎え、終わった。

 もうすぐ夏休みだ。

 部活では相変わらず邪魔者か、便利屋扱いの日々。

 学校でも声優スクールでも、惨めな思いばかりなのは変化がない。

 期末試験を乗り越えたとあって、僕は勉強の時間をスケジュール帳から少し削り、声劇の練習時間を増やした。


『七草兎さん、試験お疲れ様! どうだった?』


「お陰様で、かなり手応えがあるよ! 波希マグロさんは、もう試験終わったの?」


『あ~、うん。大丈夫、かな?』


 波希マグロさんは、試験に関して終始答えを濁したままだった。

 まぁ彼女の学力なら問題はなかったんだろう。

 勉強の話なんて、それほど楽しい話題じゃない。


『ね、このアプリってさ、画面共有できるよね?』


「ああ、うん。パソコンの画面を共有できるね」


『そしたらさ、良かったらイラスト描いてる画面を私にも見せてくれない? 興味あったんだ!』


 なるほど。

 それなら、話題も尽きず僕が作業をサボらないよう見張ってもらえるかも。

 制作工程も見てもらって、意見も聞ける。

 いいこと尽くめだ。


「おっけー。それじゃ、パソコンからログインして共有するね」


『うん、ありがとう! あ、あと! 次の生声劇だけどね、素敵な台本を見つけて――』


 次々と楽しいことについて語る波希マグロさんの声が、凄く嬉しそうで……。

 思わず頬が緩んでしまう。

 彼女の美声から嬉々として語られる言葉に頷きつつ、画面共有をした。


『凄い、こうなってるんだね!』


「本当は最初から見せられてれば良かったんだけどね。ラフ画が終わったところからでもいい?」


『うん、大丈夫! ありがとう、こっから仕上がっていくのを見るの楽しみ!』


 彼女は演技が上手いから、もしかしたら演劇部や日常で惨めな思いをしてる僕を励まそうと、演技でそう言ってるのかもしれない。

 それでも僕には『楽しみ』と言ってくれる言葉が嬉しかった。

 頻繁に作業通話をしてると、常に話題があるわけじゃない。

 イラストを描きながら、沈黙の時間もある。

 それでも『綺麗……』とか、そんな声がたまに漏れ聞こえてくるだけで、嫌な沈黙とは感じない。

 やがて色塗りも進んできて、修正を繰り返し形になってくる。


『本当に、凄い……。七草兎さんの努力と丁寧な性格が現れてるみたい』


「そんなでもないよ? 評価もそこまで高くないしさ。性格は感情の機微とかに敏感だって言われるから、それがイラストの丁寧さに繋がってるといいんだけど」


『きっと伝わってるよ。私にはイラストの上手い下手は分からないけど、好き』



―――――――――――

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