1章 12話

 波希マグロさんと毎日メッセージのやり取りをするようになってから、一週間が経った。

 癒やしの場ができたから、いつも以上に頑張れる。


 そう、たとえ


「春日、そこ邪魔」


「あ、ごめんなさい」


 演劇部で邪険に扱われていても、癒やしの場があれば頑張れる。

 その癒やしがネットなのは、簡単に失うリスクから考えて危ういかもしれないけど。

 道具や人でごった返す部室の中、僕は隅っこで自分のできることを探す。

 作業をしてる人たちが次にどの道具を求めているか。何を片付けたいか。

 その様子を覗ってはサポートをして、隙があれば発声と滑舌練習をして、メイン扱の配役の人たちの演技を観察と分析して。


 そうして、今日も僕の部活は終わった。

 今日は部活じゃなくて、個人のボイトレレッスンがある日だ。

 声を出すための下準備が整った状態で、僕は名古屋まで移動してレッスンを受ける。


「じゃあ今日も、まずは発声と滑舌練習やっていこう。それじゃ、まずは声域のレッスンね。ピアノの音に合わせて声を一番低いところから高いところまで出していくよ」


「はい! マメマメマメマメマメ――……。マメマメマメマメマメ――……」


「音を良く聞いて~。半音ズレてきてるよ」


「すいません!」


 ピアノの音に合わせ、マイクの前で低いところから超高音域まで発声をしていく。

 狭いブース内で一対一の授業をしてくれるから、個人に合わせて指摘をしてくれるのが嬉しい。


「はい、お疲れ様。じゃあ録音したから、自分でも聞いてみよう」


 でも僕は……。何年も続けているのに、未だ声がカスカスだ。

 声もブレブレ。高音域に関しては、我ながら酷い。


「息を吐く量が足りないね。肺活量もだけど。口をすぼめながら、このティッシュに息を吐き続けて」


「はい!」


 吐く息が一定じゃないのは、顔の前にあるティッシュの揺れ方をみれば分かる。

 先生に言われて声を乗せると、それは更に顕著で……。

 一向に上達しない自分を情けなく思う。

 家でも毎日、イラストと合わせて練習してるんだけどな……。


 いや、腐ってちゃダメだ。集中して、全力でだ!

 そうして上達を感じられず焦りと劣等感ばかり感じるレッスンが今日も終わった――。


 波希マグロさんとチャットアプリのアカウントで繋がってから、一ヶ月近くが経った。

 気がつけば僕は、この二ヶ月の間、彼女と毎日連絡を取り合っている。

 生声劇をしたり、互いの身の上話になったり。

 SNSにあげる前のイラストを見てもらったり。

 最初、一言一句に対して細心の注意を払うってたのが嘘のように、親密になってると思う。


『もうすぐ期末試験が始まるね。波希マグロさんは、勉強得意な方?』


『勉強は嫌いじゃないけど、試験は分からないなぁ~』


『試験は、たまに教科書に載ってないような問題も出されるからね。高校一年ってことは、初めての期末テスト?』


『う~ん。それも分からない。ただ、勉強は手を抜かずにやるかな』


 微妙に会話が噛み合ってない気がする。

 というか、試験についてはぐらかされてるような……。

 試験には触れて欲しくないのかな?

 もしかしたら、試験対策とかは苦手なのかもしれない。

 声のレッスンをしてくれたり、部活の相談に乗ってもらったり、波希マグロさんに恩を感じてばかり。


 僕の方ばっか波希マグロさんに頼り切りってのも……。友達として、対等じゃないよね?


『良かったら試験対策とか一緒にやらない? 一応、一年先輩だし、一年生の範囲なら僕にも分かると思うからさ!』


『え! それって、作業通話しながらってこと?』


「え?」


 思わず、メッセージを見て声が漏れた。



―――――――――――

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