1章 11話

『イラスト、大切に使わせてもらうね! 宝物にする! これさ、アプリのアイコンにしても良い?』


『勿論! 少しでも恩返しにって描いたやつだから。好きに使って!』


『恩返しだなんて。でも、ありがとう! 七草兎さんはイラスト、どれぐらい前から描いてるの!?』


『始めたのは声活動と同じぐらいだから、五年ちょっとかな?』


 メッセージのやり取りが楽しい。

 波希マグロさんが本気で喜んでくれてるのが、嬉しい。

 少し前まで、繋がりなんてない雲の上の人だったのに。

 そもそもリアルでも、ネットがなければ繋がりなんて、できないような凄い人だろうに。


 波希マグロさんとネットで繋がれたことが――僕のリアルにとって、凄い励みになってる。


『本当に凄いよ! 早速アイコンにさせてもらった! なんでイラストを描こうと思ったの?』


『今は演劇部にいるんだけどね、アニメとか演劇とか、そういうエンタメで魅了されたからかな? 少しでも、アニメとか劇に関わる仕事に就きたいなって』


『そうなんだね。夢に向かって努力してるんだ。尊敬するよ。報われるといいね!』


 一通メッセージが返ってくる度に、胸がどきどきする。

 でも『報われるといいね』という言葉を聞くと、ズキリとした痛みが胸へ走った。

 僕の演技力のなさは、一緒に生声劇をしたから知ってるだろう。

 イラストだって……。波希マグロさんは褒めてくれたけど、SNSの反応を見れば一線のプロになれないのは理解してる。


 夢は簡単に叶わないからこそ、夢。


 何かに頑張った経験は決して無駄にならないって聞くけど……。報われる保証なんてない。

 ああ、どうしよう。

 将来が不安で、弱気になっちゃう……。


『報われるよう、全力で頑張るよ。でも、努力だけじゃどうにもならない世界ってのも分かってるからね。正直、学校の演劇部でも居場所がないし。だから、勉強も頑張らなきゃなって!』


『色々と厳しい世界だもんね。夢と現実の難しさ、分かるよ』


 そこまでメッセージを送ったところで、なんとなく彼女のメッセージに勢いがなくなってるのを察した。


 時計を見ると、もうすぐ日付が変わる。

 きっと眠いんだろうな。

 彼女も劇団に所属していた、と聞いた。

 声優スクールに通っていたとも。


 でも――どれも過去形だった。


 今の彼女に、何が起きてるんだろう?

 本当は聞いてみたい。

 力になれるなら、全力で力になりたい。

 でも――ネットという、いつでも切れる脆くて細い糸でしか繋がってない僕に、何ができるか分からない。何処まで立ち入っていい距離なのかも、分からない。


 それなら、せめて邪魔をしないことだ。

 彼女の睡眠時間の確保にも、彼女の抱える問題にも。

 波希マグロさんが話したいって僕を信用してくれたら、僕にできる限りのことを尽くそう。


『波希マグロさんが辛ければ力になれるぐらい、僕も強くなれるよう頑張るね。今日は、そろそろ寝ようか。遅くまでありがとう、お休み!』


『ありがとう。本当に、ありがとうね。うん、お休み。また明日!』


 メッセージを切ったら、二度と連絡がこないかもと思ったけど――『また明日』と言ってくれた。

 明日が楽しみだなんて……。

 そんな気持ちで布団に入れるなんて、少し前までは予想もしてなかったな。


 寝る前に、声劇アプリを開く。

 本当にアイコンを、僕が描いたイラストに変えてくれてるよ。


 嬉しいなぁ……。本当に、いい人だ。

 彼女が一人で演じた朗読劇を聞いてから、僕は幸せな気持ちで眠りに落ちた――。



―――――――――――

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