1章 10話

 コメントを返した後、液タブに向かう。


 そうして数時間、夜も遅くなってきたころ。

 僕は『デフォルメキャラでファンアートを書いてみた! SNSのアカウントとかあれば、交換しない? DMでイラスト送りたいから!』と、コメントを送る。


 アプリから飛び出した関係を望んだみたいになってるけど……。SNSぐらいは許されるよね?

 匿名のSNSなら、交換するのだって変じゃない。変じゃない……よね?

 趣味のアプリに、SNSアカウントを連携してる人だって多い。

 うん、変じゃないはずだ。

 描き終えた昂揚感とかで、暴走してるわけじゃないと思う。

 この二週間で波希マグロさんの存在は、どんどん僕の中で大きくなってる。


 中々、返事が返ってこない。

 いつもは、もっと返事が早いのに……。

 これ、引かれた? うわぁ……。やっちゃった?


 液タブに、崩れるように突っ伏す。

 彼女に引かれたかも……。

 なんでだろう。顔も知らない、リアル世界での繋がりなんて一切ないのに……。

 なんでこんなに、心が揺れるんだろう? 不思議な感覚だ……。

 僕、おかしいのかな……。

 悶々としてると――。


「――きた!」


 バッと、スマホの通知に飛びつく。


 そこには『ごめんね。SNSアカウントは、もうないんだ』。


 端的なコメントに、全身から血の気が引いていく。

 SNSアカウントを、持ってない? 

 高校一年生でSNSアカウントを一切持ってないなんて……。

 親がネット関係に厳しいとかじゃなければ、基本はない。

 ネット関係に厳しいなら、声劇をするアプリなんかやってるはずがない。

 だって声劇をしてると、部屋から声だって漏れるんだから。

 ネットで劇をしてるのなんて、親が知らないはずがない。


 つまり――僕にはSNSアカウントを知られたくないってこと、だよね……。


 浮かれてた自分が惨めになる。

 波希マグロさんの名前。綺麗な声と優しいキャラをイメージしたデフォルメキャラを書いてたのが、気持ち悪い行動に思えてきた……。

 自分の言動を反省しながら呆然としていると、暫くして追加のメッセージがきた。


「えっと……。チャットアプリのフレンドに、ならない? え、嫌われたんじゃなかった!?」


 そして彼女から、チャットアプリのフレンドコードとリンクが送られてくる。

 それはオンラインコミュニティ形成に便利で、サーバーを個別に用意できるアプリだった。

 リアルの友達や家族とよく交換するようなアプリじゃなくて、ゲームやアプリの公式アカウントとかがよくやってる――ビデオ通話やチャットもできるもの。


 これを教えてくれるってことは……まだ嫌われてなかった!?


 心が一転、パッと踊りだすのを感じる。

 僕も『七草兎』のハンドルネームでアカウント持ってるし、丁度いいよね!

 これは、フレンド申請をしていいんだよね!?

 ネットリテラシーを守れ。常識的にどうなのか、と自分に問いかける。

 彼女から誘われて、お互いのプライバシー情報もでない。


 そう結論を出してから、すぐに『波希マグロ』と表示されているアカウントへフレンド申請をする。


 個別チャット欄で手を振って挨拶をすると――彼女は、すぐに手を振って挨拶を返してくれた。


「よ、よかった……。嬉しい。でも、それならSNSは?」


 ホッとすると同時、本当にSNSアカウントを持ってないのかと疑問に思う。

 そういえば、波希マグロさんの言い方、少し変だった様な……。


 声劇アプリのコメントを見ると、『ごめんね。SNSアカウントは、もうないんだ』と書いてある。


 もう、ない。

 つまり、前はあったってことかな?

 SNSでは、もめることも多いからなぁ……。アカウントを消すような嫌な体験をしたのかもしれない。波希マグロさんから話てくれるまでは、触れない方がよさそうだ。


 言葉の使い方から彼女の感情を予測するに、だけどね。

 約束通り、チャットアプリで彼女をイメージして描いたデフォルメキャラのイラストを送る。

 するとすぐに『凄い! めっちゃ可愛い~! イラスト上手いんだね!』とメッセージが返ってくる。


 自分が誰かに向けて描いたイラストで喜んでくれるのが、こんなにも自分にとっても嬉しいことだったなんて……。

 全く、知らなかったな。


 劣等感とか、他の人と比べて悩むとか、一切感じない。

 純粋に、イラストを描いてて良かったって思う。

 また波希マグロさんに喜びを教えてもらっちゃったな……。

 恩返しをしたつもりが、彼女への恩が増えるなんてね。



―――――――――――

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