1章 9話
「フォ、フォローバックが、返ってきた……。あの、波希マグロさんから?」
もの凄く、嬉しい……。
嫌々、僕との生声劇とかレッスンに付き合ってくれてた訳じゃないんだ。
彼女がフォローをしてる人数は、極少数。
誰でも彼でもフォローバックをしてるわけじゃないのが分かる。
声は第一印象に凄く大切と聞くけど……。
第一印象から人柄を知ってからまで、本当に憧れるような人だ。
なんて人格者なんだろう……。僕みたいなのを認めてくれて、庇ってくれて……。演技力だけじゃない。色んな面で彼女が気になる。
もっともっと、彼女と一緒に演技をしたい。色んな話を聞いて、勉強したい。
ふと、ディスプレイに映る時計が目に入った。
「ヤバ! 遅れる!」
慌てて家を出る準備を進めながら、『フォローバックありがとうございます! また演技もしたいし、色んなことを聞きたいです。練習方法とか、お勧めがあれば教えてください!』とフレンド専用のチャットに送信をした。
家を飛び出し、全力で走る。これも肺活量のトレーニングと思って。
バイト先には、走ってかなりギリギリ間に合った。
息を切らせてホールで働く僕に「仕事が忙しいんだね。お疲れ様」と声をかけてくれたお客さんには申し訳ない。
そうしてバイト中――スマホが気になって仕方ない。
彼女から返信は、きてるかな。
慌ててたとはいえ、かなり暑苦しいことを言ってしまった。
素性が分からなくて変な人に警戒するネットの繋がりだから、慎重にならないとなのに!
いきなり不審者と思われてたら、どうしよう……。
そんな不安ばっかり、頭をよぎる。
そうしてアルバイトを終え、ロッカールームで着替えより先にスマホを手に取る。
「……返事、きてる!」
波希マグロさんから『さっきは楽しかったです。偉そうだったら本当にごめんなさい。私がしてる練習ですけど、プランクをしながら発声練習とかはお勧めです』と、コメントが届いていた。
思わず、ガッツポーズをしてしまった。
顔も知らない、声だけの関係なのに、彼女は親切で丁寧だ。
引かれてなかった。不審者と思われなかったことに安心して、力が抜けてく……。
ロッカーに寄りかかる僕の顔が、備え付けの鏡に映った。
もの凄く嬉しそうで、だらしなく微笑んでるなぁ。
ネット上で出会った人とのやり取りで、こんな顔をしてるとか……。
誰かに見られたら、気持ち悪がられそう。
慌てて顔を引き締め、心は浮かれたまま彼女に返事をした――。
波希マグロさんと生声劇をしてから、一ヶ月が経った。
自分の部屋でイラストの勉強をしてると、アプリの通知が鳴る。
バッと手に取ると、波希マグロさんからの返事コメントだった。
毎日アプリ上でメッセージのやり取りをしていても、波希マグロさんは嫌な素振りをみせない。
暑苦しい僕の声劇に対する質問にも、話の流れで私的な話になっても。
イラストも描いてるって言ったら『七草兎さんのイラスト、私も見てみたい!』と言ってくれたり。
身バレはしない程度に、お互いのことを教え合う関係にまで発展してる。
彼女が過去に劇団へ所属してたこととか、小学校低学年のときから声優専攻のボイトレスクールに通ってたこととか。
特に彼女が僕より一個下、高校一年生だと知ってからは、互いにグッと距離が近くなったと思う。
ネットで仲良くなればよくあるけど、お互い敬語もやめようってなったしね。
でも――。
「いくら人格者だからって、一線は置かないと……。出会い目的とか思われたら、泣いちゃう」
気をつけよう。
あくまで、僕も波希マグロさんも共通の趣味を楽しんだり、お互いに高め合う関係なんだから。
あれ……。僕、波希マグロさんのために、何かできてるっけ?
僕ばっかり、お世話になってて……。恩返しの一つも、できてない気がする。
僕は、波希マグロさんに凄く感謝してるのに。
努力しても全く成長が感じられなくて、学校にもネットにも居場所がない。
イラストを描いても、他のイラストを描いてる人より投稿頻度やクオリティの差で劣等感に襲われる。
どうすればいいのか分からず、先のことや今やるべきことも見えないで悩み続けていた僕を認めてくれて、導いてくれた恩人なのに。
僕が波希マグロさんにできることって、何かあるのかな?
僕にあって、波希マグロさんにないもの……。
そう考えながら、彼女とのメッセージのやり取りを見返して――アイコンに目がいく。
波希マグロさんのアイコンは、浜辺の写真だった。
こういうアプリで景色をアイコンにする人もいるけど、自分らしいキャラとかを描いて使う人が多い。
「――僕のイラストを見てみたいとか言ってくれたからな。恩返しにも、いい機会かも?」
―――――――――――
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