1章 8話

 そんな人から教えてもらえるなんて……。

 幸せだ! 絶対に、一言たりとも聞き逃さず成長につなげなきゃ!


『え、偉そうだったら、ストップって言ってくださいね?』


「はい! そんなことは思いませんが、はい!」


『それでは……。声の技術とかは、長く練習しないと身につかないと思いますので、他を。……自分が演じる登場人物とか、物語に出てくる他のキャラクターの、過去は想像したことありますか?』


 彼女の問いに、僕は考えてみる。

 どんなキャラクターなのか、そこまでは考えた。

 でも、過去までは……。まして、自分が演じたいキャラの過去までは、考えてなかった。


「すいません、ありませんでした」


『謝らないでください。も、もしかしたら、そうなのかもなって思いまして……。ほら、ネット声劇だと顔を合わせて読み合わせとか、できないじゃないですか?』


「そう、ですね。声だけの繋がりですから」


『だからこそ、自分が上手く読むことに集中しちゃうんじゃないかな~って。自分が演じるキャラが過去にどんなことがあって、どんな感情を抱いて物語開始に至ったか。他のキャラクターと、どういう過去を過ごしてきたか考えを摺り合わせると、一体感のある劇ができると私は思うんです』


 慌てて、メモをした。

 澄んだ声から遠慮がちに発せられる言葉は、どれもハッとさせられるものだ。


『ど、どうでしょう? 偉そうかなって思いましたけど……。何か、参考になりましたか?』


「はい、もの凄く! 本当にありがとうございます!」


 コメント欄でも『勉強になる』、『なるほど』、『キャラへの感情移入とかも、それがなければ難しそう』など、波希マグロさんの言葉に感心している声が多い。


『あの……。私が偉そうで、腹立つな。い、いじめてやろうとか……思いました?』


 はい?

 突然、何を言いだすんだろうか?


「そんな訳がありません! 心から、本心から感謝しています! また教えてほしいぐらいです!」


『……良かった。七草兎さんが、そういう方で、本当に良かったです』


 護りたくなってしまうような声音で、心底ホッとしたような言葉が響いてきた。

 そんな時、エンドロール後のアフタートーク終了時間が迫っている文字が目に映る。


「すいません、もう終わりみたいで……。改めて、急にありがとうございました! 聞いてくださった皆様も、ありがとうございました!」


『こちらこそ……救われた思いです。ありがとうございました』


 救われた?

 何にだろうと尋ねる前に――この生声劇は終了しましたという文字が表示され、音声が聞こえなくなってしまった。


 ああ……。夢のような時間だった……。

 未だに胸のどきどきが止まらない。

 憧れの人との共演、レベルが高い演技と生で掛け合う昂揚、新たな発見。

 また、彼女と一緒に演技をしたい。言葉を交わしたい。

 美しすぎる声と、底が見えない演技力を持つ波希マグロさんに――そう思ってしまった。


「怖い、けど……。勇気」


 こうしてフォロー申請を飛ばして……。もし、波希マグロさんがフォローを返してくれなかったら?

 少し残念だな、と。いつものように割り切るのは、無理かもしれない。


 考えるだけで怖いし、身の程知らずだとは思うけど――フォローボタンを押した。 


 ああ、もう! どうしよう!

 これでフォローバックがこなかったら、泣くかもしれない!

 そう思いながら、バイトへ向かう準備を始める。

 鞄の中の荷物もよし、爪も切ってあるな。

 劇に夢中になりすぎて、今日は時間がギリギリだ。


 急いで準備をしていると――ディスプレイに光が灯った。



―――――――――――

ここまで読んで下さり、誠にありがとうございます!


本作はカクヨムコン10に参加中の作品です。

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