1章 7話

 これまでのコメントを遡る度、劇後の昂揚感が消え、血の気が引いてく……。


 優しいコメントも、ある。『演技を楽しんでるね』、『声が大きいけど、やる気は伝わってくる』など。

 でも圧倒的大多数が、批判だ。『波希マグロさんの演技を邪魔してる』、『世界から現実に一々引き戻されるわ』、『この実力差で生声劇コラボとか勇者すぎるだろ』、『ぶっちゃけ耳が痛い』とか……。


 正直、コメントを見ていると――胸がジクジクと痛い。

 自分が下手なのは理解してたけど、ここまで批判されるとな……。


 ダメだ、明るく振る舞え!

 こんなの、規模が違うだけで何度も経験してきたじゃないか。

 最後まで明るく前向きにいくことが、聞いてくれたリスナーさん。

 それに……波希マグロさんへの礼儀だろう!


『皆さん。聞いてくださり、ありがとうございます! 七草兎さんの演技、私は元気が伝わって来て好きでした!』


「ぇ……。僕の演技が、好き?」


 思わず、言葉が漏れ出てしまった。

 生配信なのにもかまわず、本音がポロッと。

 それだけ、予想外だった。


『はい! 確かにコメント欄の皆さんが仰るように、私も含め演技力はまだまだかもしれません。それでも、劇を楽しもう。聴いてくださる皆さんに楽しんでもらおう。その気持ちが、共演者である私にはビシビシと伝わってきました!』


「それは……。それだけしか、僕にはなかったので」


『それが一番大切だと思うんですよ。ね、リスナーさんも、そう思いませんでした? 楽しんでもらえたんじゃないですか?』


 波希マグロさんがそう問いかけると、コメント欄に同意の声が書き込まれていく。

 同時に『言い過ぎた』、『ごめんなさい』、『技術力とかじゃなく、楽しかったですよ!』 と。

 再び……涙が滲んできた。


 でも、この涙は――今までの劇後、何度も滲んだ涙とは、全く違うものだ。


 なんで……。

 なんで、波希マグロさんは、こんなにも優しいんだ?

 あんなに素敵な演技をして、人間性も最高だなんて……。

 苦言には耐えられても……こんなの、耐えられないよ。


 こんなの、初めてだ。

 こんな感情、味わったことがない。

 こんな優しい声、かけられたことがない。

 ずっと声活動へ懸命に取り組んできても……。

 僅かにも認められなかった僕の努力を、思いを認めてもらえたらさ……。


「本当に、本当にありがとうございます! 波希マグロさん。でも、リスナーさんの仰る通り僕の演技力が足りないのも事実だと思うんです! よろしければ、アフタートークの残った僅かな時間だけでも、僕に指導をしてもらえませんか!?」


 感情が、溢れ出しちゃうじゃないか。

 初対面で失礼とか、図々しいとか。

 そんな当たり前の判断もできないぐらいにさ。

 言葉の糸で繋がる関係って、辛さや問題だけじゃなく――こんなにも嬉しい感情になることもあるんだ。


『ふぇ? わ、私が、ですか? その、そんな偉そうに指導できる立場じゃ……』


「そんなことは、ありません! 波希マグロさんは、あらゆる面で僕の憧れの人なんです! 演技を聞くだけで感動して、違う世界を体感させてくれるような! それでいて人間性も尊敬できる、凄い方なんです! ……あ、ご迷惑なら、すいません」


『い、いえ。迷惑とかじゃなくて……。私の人間性、まで?』


「そうです! 一つの動画で百人近い人へのコメントを、ちゃんと聞いて丁寧に返すだけでも大変でしょう? それに加え楽しい劇を届けようと全力になって……。僕みたいなのも、蔑ろにしないで……」


 こんな良い人、他にいないよ。

 でも、興奮して口走ったけど……。

 生声劇のアフタートークで、多数のリスナーがいる前で、もの凄く恥ずかしことを言ってる気がする!

 段々と、恥ずかしさで逃げたくなってきた。


 でも――逃げちゃダメだ。

 気持ち悪いと罵られようと、これは自分が言った結果だ。受け止めないと!


『……分かりました。指導するような立場じゃないので、本当に大したことは言えませんけど』


「え……。い、いいんですか!? 是非、なんでも教えてやってください!」


 夢のようだ!

 僕は、波希マグロさんはプロ級だと思ってる。

 スクールの先生だってプロの声優さんだけど、それに負けないと思ってる。

 それに――人間性にまで、虜になった。


―――――――――――

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