1章 6話
一瞬、現実のものとは思えなかった。
何度も何度もコメントを見返して、じんわりと涙が浮かぶ。
僕のような下手くそな演者に、付き合ってくれるなんて……。
僕の演技が下手くそだなんて、コラボ動画を聞いてれば知ってるだろうに。
それでもOKをしてくれた。それが自分の努力を認められたみたいで――本当に嬉しい。
すぐさま『勿論です』とコメントを送る。劇前なのに、もう緊張で固まりそう……。
台本を読み込む時間を含め、二十分後に生声劇をスタートすることになった。
生声劇配信告知画面を操作してから、早速台本に目を通す。
内容は、とある国に仕える女性騎士と男性騎士が派閥争いにより決別。
そして男性騎士が同僚として思いを寄せていた女性騎士に願いを託し斬られるという、感動戦闘ものだった。
「戦闘描写……。僕の演技力で、できるか?」
叫ぶシーンは、間違った発声だと喉を痛めやすくて、迫力を出すには技術も要る。
少なくとも、今まで発声基礎練習ばかりの僕では、まともに演じられないだろう台本だった。
でも……チャレンジだ。今持てる最高の演技を、全力で!
それが急な話に快く応じてくれた波希マグロさんとか、聴いてくださるリスナーさんへの礼儀だ!
全力で読み込むこと二十分。
突発劇だから、まだまだ読み込みは心許ないけど……。
でも演技には、こういう瞬発力とか読解力を求められるって、スクールでも習った。
言い訳にしちゃダメだ。
震える手で生声劇配信開始のボタンをタップし――波希マグロさんを配信ルームへ招く。
すぐさま、波希マグロさんが入室してくれた。
「は、初めまして! 七草兎と申します!」
『初めまして、波希マグロです。お誘い、ありがとうございます』
幸せな音が、耳から脳に伝わった。
人の声は脳派に関わるって聞いたことがあるけど……なんて澄んでて、綺麗な発声だろう。
可愛いという言葉では言い表せない波希マグロさんの声は――間違いなく、僕の脳髄から全身へ電撃のように感動を響かせてる。
「あ、あの! 急なお誘い、それに僕のような無名のお誘い、ご迷惑じゃなかったですか!?」
『迷惑じゃないですよ。私も演技が大好きですし、七草兎さんの演技からは演じるのが大好きなのが伝わってきますから』
僕のハンドルネームが――憧れの人の美声で呼ばれた?
感動して、嬉しくて……震える!
そうこうしているうちに、視聴者が増えていく。
五人、十人……いつもの自分の枠では見たことがないぐらい、増えていく!?
三十人以上もの人が、ライブ視聴してくれてるなんて……。
コメント欄は『波希マグロさんの生声劇!?』、『貼ってある台本的に、格好良い女性騎士かな。楽しみ!』、『相手の人は知らないけど、波希マグロさんの生声劇とかスゲぇ貴重!』など。
波希マグロさんのファンが多いと分かる。
ズシンと、背が丸くなる程のプレッシャーがのし掛かってきた……。
『――七草兎さん』
「は、はい!?」
『声劇を……。没入する世界観を、楽しみましょうね!』
ああ、そうだった。
技術力の無さを、重圧に感じてちゃダメだ。
全力で――演じることを楽しもう! それが劇の根底なんだから!
「はい! 全力で、楽しみましょう!」
僕は意を決して
「リスナーの皆さん初めまして! それでは、波希マグロさんとの生声劇を始めさせていただきます! 声劇中は台本が映っているので、コメントが見られないのをご承知ください!」
そう言って、設定された台本の演技開始ボタンをタップした。
ディスプレイに三、二、一とキュー振りが表示され――。
『――なぜだ、なぜ……。なぜ、私たちを裏切る!? 答えろ、グレイス!』
凜々しくも切なさが混じった声色で始まり、後半には怒りがヒシヒシと伝わってくる彼女の演技に、痺れた。
流れ出した重装なBGMに合わせて、後半は微妙に演技を変えたのかもしれない。
なんて……なんて、圧倒的な演技力なんだ!
「すまない、ゼノビア。それしか言えぬ俺を、許せとは言わない。……だが、これが俺の騎士道だ」
『……そんな言葉で、私が納得すると思うのか!? ……なぜ、あの王子を貴様は担ぐのだ』
僕の演技を聞いて、合わせてくれたのが分かる。
何もそれは、下手くそにしてくれた訳じゃない。
迫力のある応酬じゃなくて、ゆっくりと苦々しく、重い言葉の交わし合いに軌道修正してくれたんだと思う。
早く迫力がある言葉の言い合いは、僕には難しいと瞬時に理解して、即座に対応してきた。
ああ……。
本当に、波希マグロさんは凄いなぁ……。
どんな演技が良いか考える演出力、即座に演技プランを修正する瞬発力、声や話し方の技術。
何もかもが、僕とは天と地の差なのが分かる。
コラボさせてもらった短い投稿ショート動画では、可愛らしい妹役だった。
それが声色を変えるだけじゃなくて、人物ごと代わったように口調やテンポ、感情の発露の仕方まで変えてる。
今ある環境――僕という役者も含めて、より良い演技が引き出せ披露できるように、瞬時に演技プランを変更してくれるなんて。
簡単にできるもんじゃない。少なくとも、僕には無理だ。
その演技プラン変更は、自分が面白い演技をしたいという身勝手なものじゃなくて……。
全体として面白い劇をリスナーさんに披露したい。僕にも演技を楽しんでほしい。
人の声からも感情の機微を読み取れてしまうぐらい敏感な僕は、そんな彼女の思いを理解した。
なら――今ある全力で、応えなければ!
今は、七草兎でも春日晴翔でもない。この物語に登場する、グレイスになりきろう!
彼女に導かれるように僕は、役に没頭――いや、没入して、物語は進んでいく。
そうして遂には、信念の対立したゼノビアとグレイスは、互いの護りたい騎士道のために斬り合いになる。
渾身の力で叫ぶ僕の声は――迫力もなく、うるさいとしか思われないかもしれない。
叫び方の技術がないから、喉も痛む。
それでも全力で演じきり、終幕を迎えた。
彼女の演技に魅了され、感動した……。余韻が、心地良い……。
そんな中エンドロールが流れ、ディスプレイから台本が消える。
コメント欄が顕わになると――。
「――ぅ……」
心が、折れそう……。
―――――――――――
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