1章 4話
ペンキや大工道具、裁縫道具を手に作業する部員を見ると、心なしか焦ってる気がする。
「あの……。進捗、大丈夫ですか?」
「春日君。いや……実は手が足りなくて。結構、スケジュールより遅れてる」
やっぱりか。
作業中だった女性の先輩へ僕が「手伝います」と言うより先に、こちらの様子に気がついたのか
「おい、美術担当が少ないぞ。作業、遅れてるんじゃないか?」
部長の目線がこちらに向き、作業状況を見て厳めしい顔を浮かべた。
決して悪い先輩じゃないんだけど、部長は演劇を愛して全力だからなぁ。
このままじゃ部内で問題が大きくなるかもしれない。
後輩へ声をかける流れになったら、次の上演作ではセリフの多い役をもらえるようにと頑張って練習してるのに駆り出されるかも……。
それは、ちょっと嫌だ。
だったら――。
「――あ、あの! 部長、僕が手伝いますので!」
「春日、か。……分かった。よし、春日のサポートをしながら進めてくれ。どうしても厳しければ、俺もそっちに回るから」
そう言うと部長は、メイン級の配役をもらっている部員の方へ歩いていった。
部長は監督役もしてるから、大変だなぁ……。
「ありがとうね、春日君。助かった。正直、猫の手でも借りたかったから」
猫の手で申し訳ない。正直、にゃんと鳴いて癒やされる分、猫の方が皆の役に……。
いや、それを考えたら辛くなるなぁ。
こうして周りに尽くしても、演劇部内での評価は変わらないかもだけど……。
それでも、僕のできる限りを尽くそう!
本当は僕だって、演技がしたい。
劇の中心を担う役割をしたい。
でも実力不足なのに身勝手な願いばっかり言ってても、仕方ないからな……。
せめて適正の役割を見つけて認めてもらえるよう、前向きかつ一所懸命に頑張るしかない!
苦笑しながら手を動かしていると、周りからヒソヒソと声が聞こえてきた。
「春日君、可哀想にね。演劇部なのに、演技してるとこほとんど見たことないよ」
「まぁ……可哀想だけど、仕方ねぇよ。舞台で目立つ、あんなルックスで演技力がないんじゃさ」
「こっからか。……実際、足りないところにあちこち動いてくれて助かってるけど、やっぱ可哀想だな」
う……。先輩たちの同情の声が、聞こえてしまった。
無駄に耳がいいのも、困りものだ。……惨め、だなぁ。
声って本当に、人の感情を揺さぶる。
こうやって悪い方向にも、波希マグロさんの演技のように、良い方向にも。
声とか言葉って、まるで魔法みたいに不思議な力があるよな……。
「……先輩。裏方がいるから、俺らが演技できるんじゃないっすか」
「お、おう。まぁ武内の言う通りなんだけどさ」
同級生の武内君が、苦笑しながら先輩たちに声をかけた。
「この状況でも辞めないで自分のできることを探す晴翔に感謝しましょう。そんで俺たちは、俺たちのやるべきことをやりましょうよ。舞台上で演技をするだけが劇じゃないんっすよね?」
「武内の言う通りだ。お前ら、裏方に感謝する気持ちを忘れるな。全体で劇を魅せるんだからな」
部長の言葉に、噂話も終わった。
武内君、さすがだなぁ~。
二年生なのにメインの役を連続で取って、次期部長って噂されてるのも納得だよ。
心の中で武内君に感謝しつつ、今日も基礎練習と裏方仕事だけの部活が終わった。
部活内での扱いに惨めさを感じる毎日だけど……。
今、辞めようとは思わない。
やっぱり僕は演劇部で、間近に演技を見ながら演出技術とかも学びたい。
それが将来のアニメ関連職の夢にも繋がる経験だと思うから、少なくとも逃げるようには辞めたくないんだ。
才のなさに悲観して逃げても、他にやりたい夢やら目標があるわけでもないし……。
痛む胸、切ない心に「将来のためだから」と言い聞かせ、家までの道を足早に進む。
基礎練習で声が出やすい状態が薄れないよう、急ぎ家に帰ってきた。
アルバイトまでにアプリで生声劇を一本でもと思い、声劇アプリを開いて――驚愕した。
通知画面に、波希マグロさんからコメントが来てる?
トップ演者の、有名な波希マグロさんから、この僕に!?
―――――――――――
ここまで読んで下さり、誠にありがとうございます!
本作はカクヨムコン10に参加中の作品です。
楽しかった、続きが気になる!
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