1章 3話
「大丈夫だよ。一年生は、まだ慣れてないでしょ? 台本読んだり、声出しの準備してて」
入学式から、まだ一ヶ月ぐらい。
正式に入部して間もない一年生が慌てて手伝ってくれようとするけど、それは止めた。
今年の一年生は、演技力がある。
三年生の先輩とか僕の同級生も、後輩に期待してるのが見ていて分かった。
だから、こんな些事でエネルギーを使わせたくない。
僕は体力がありあまってるし、部活が始まっても基礎練習や道具作りだけ。
本読みとか、新しい台本作りには関わらせてもらえないだろうしね。
ただでさえ、人数が多い演劇部なんだ。
一年生で舞台へ立つチャンスがあるのに、無駄にさせたくない。
「……先輩、そんなに人へ尽くしてばかりで、疲れませんか?」
「ん? 疲れないよ。やりたいことを、やりたいようにしてるんだしね。今の僕は、こういう方向でしか部の役に立てないから」
「それだけ人の顔色を見て、こっちの気持ちを察してくれるのに……。なんで、演技が」
「それは言わないでよ」
苦笑して言うと、後輩は慌てて「すいませんでした」と頭を下げた。
良い子だなぁ……。
悔しそうな表情から、僕が下手くそで部に居場所がないことを一緒に辛く思ってくれてるって分かる。
「春日先輩って、絶対にモテますよね」
「急に何? モテないよ」
「いや、嘘ですよ。その高身長、言わなくても動いてくれる気遣い、綺麗な薄い塩顔。モテの三Kが揃ってるじゃないですか」
「そんな三K、初めて聞いたよ? 顔だけじゃなくて存在も薄いし、いい人止まりかな。……話すと残念。時々暑苦しいって言われたこともあるね」
悲しいけど、最初は親しく話しかけてくれる女の子も、話してる間に便利屋として扱ってくるんだ。
う……。財布にされたり、辛い時に使われるだけ使われ、憂さ晴らしにされた記憶が蘇ってきた。
飾りみたいな感謝の言葉で、こちらが頼ろうとすれば、あからさまに面倒くさそうにされる。
対等な関係なんて、どこにもないだろとか……。僕も歪んだなぁ。
頼られるという名の、遠慮なく利用される日々。
お陰で恋なんて分からずに、もう高校二年生だ。まぁ夢を追ってるから、いいけどさ。
「あ~……いい人止まり、ですか。なるほど」
なるほどは失礼じゃないかな?
素直な後輩だ。お返しに軽く背中を叩き、お互いに笑いながら準備をしていく。
練習が始まると居場所がなくなるから、この準備や掃除の時間が僕には楽しい。
そうして徐々に人が集まり、部活が始まった。
「よし、今日も定期公演に向けて練習するぞ。各々、役割通りに動け」
部長の声に、部員達は動き始める。
基本的に部員達のほとんどが裏方だけじゃなく、少しでも役があるようにと役振りをされてる。
でも……僕には、それがない。
ちょい役にしては目立ちすぎる身長と、演技力のなさが原因だけど……。
やっぱり、少し寂しいな。二年生で台本すら渡されてないのは、僕だけだ。
誰かの台本を見せてもらいながら、必要な舞台道具の準備。
そして定期公演とは無関係の基礎練をするのが、僕の役割だとは分かってる。
公演当日にいたっては、舞台装置の移動しかやることが与えられてないからね。
照明も、音響も、役をやってる人間が兼ねてやる時があるのに……。
終始空いている僕に専属で任せようとならないのが、また辛い。
どれだけ部長の目に僕が映っていないか、よく分かるなぁ。
まぁ、不貞腐れてても前には進めない。
僕に今できることを、全力でやろう。その先に、いい未来があるかもしれない。
そうやって自分を励まして基礎練習をしてると、ちょっと違和感に気がついた。
美術……大道具と小道具をメインで担当する部員が、ここ数日いない?
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