1章 2話

 それに、声優スクールの先生からも根性と行動力だけは褒められる。

 数少ない特技すら失ってたまるか!

 試しに彼女の素晴らしい美声の演技に合わせ、僕も台本を見ながら掛け合いで録音をしてみる。

 脳の奥まで幸せで震えそうなぐらい素晴らしい声に、劇の世界に引き込まれるような演技力。

 そこに食らいつくように、僕も録音をして――。


「――これは、ひどい……」


 演技の上手い波希マグロさんと並べると、あまりに際立つ自分の下手さ。

 棒読みどころじゃない。感情だけが暴走して、声の抑揚も表現力もなにもない。

 滑らかにスッと耳から心に響く波希マグロさんと比較すると、自分の演技は凄く不自然でイントネーションも滅茶苦茶だ。

 それでも言葉をしっかり伝えようとしてるから、とにかく読むスピードが遅くて声だけ大きい。

 これは発声や滑舌から鍛える基礎クラス評価も、当然だよね……。


「……下手なんて、今更か。将来の自分に上手くなれって戒めも込めて、投稿しよう」


 波希マグロさんの演技と釣り合わないのなんて、理解してる。

 それでも、百を超える波希マグロさんへのコラボ動画に一つ……下手な演技を交えても、いいだろう。

 波希マグロさんの投稿動画コメント欄に『心を揺り動かされる本当に素敵な演技に魅了されました。コラボ、失礼しました』と挨拶コメントを書き込む。


 どうせ、コメントも返ってこないだろうけどね。


 百を超える動画の中、下手くそで繋がりもない僕からのコメントやコラボ動画なんて聞いてくれもしないだろう。下手なの含め全部聞いてたら、それこそ日が暮れるよ……。

 それでも今の自分の演技を消すんじゃなくて、この惨めさを未来の自分の糧にすれば……。

 いつか、上手くなれるかな?

 高校の演劇部でも、一年間ずっと裏方仕事だけで悔しかったし……。

 まぁ、僕が端役すら演じさせてもらえないのも、当然か。


 バイトに行くため、身形を整える。

 姿見に、一八〇センチメートルを超える細身で薄い顔の男が映った。


「……この身長で演技が下手とか、悪い意味で目立って仕方ないよね」


 主役級に目立つ身長とスタイルで、演技が自分でも引くほどに下手。そんなの舞台を壊すレベルだ。

 当然、演劇部では邪魔者扱い。

 イラストも、中途半端。

 何もかもが……努力をしてきても、何かが足りない。というか、全然足りない。


「……泣いちゃダメだ。絶望して泣いても、上手くならない。よし、前を向いて頑張れよ、僕!」


 先生からも唯一褒められるけど、根性と行動力だけは負けない!

 この長所を伸ばして、結果に繋げよう!

 鑑の前で笑顔をつくれ。そう、これだこれ。

 スクール費用を稼ぐためにも、ファミリーレストランのアルバイトは欠かせない!

 道中の景色を目に焼き付けて、イラストに活かすぞ。

 接客業で人を観察して、元気な声で接客をして……。滑舌や発声も鍛え続けるんだ――。

 


 アルバイトから帰って来て、スケジュール通り声のレッスンとイラスト練習をした翌朝。

 まだ温かいとはいえない愛知県の春、僕は春日井市の駅から電車に揺られ登校した。

 授業を受けながらも、脳内では別のことを考えている。


 どうすれば演技力がつくのか。

 イラストを描く力が上がるのか。

 背景まで書き込みたいから、一枚で三週間から一ヶ月はかかるペース。

 好きに描いてこれだから、依頼を受けラフ画を修正してだと、もっとかかるだろうな。

 これじゃ、プロとして食べていくには厳しすぎる。

 イラストにせよ、声優にせよ。あるいはアニメや演劇に関わる他のどんな仕事にせよ。

 まだ学生の間に、夢へ向かって今できる全力を尽くしたい。

 自分がアニメ関連のどんな仕事に向いているかは分からないけど……。


 第一希望の声優が、狭き門なのは知っている。分かってる。

 声優志望者は専門学校やスクールを出た人だけで毎年三万人を超えてて、合計すると三十万人から五十万人いると言われてるしね。

 その中で声優の仕事だけで食べて行けるのは三百人ともいわれてるらしいから、兼業でも構わない。

 僕に卓越した声優としての才能がないのは、もう分かってる。

 でも夢を持って向仕事ができるなら、それでいい。


 他にもアニメーターや音響、動画制作など……。どんな仕事だろうと、アニメ関連で働いて食っていけるなら、それで全力を尽くす覚悟はある。


 今の所、どれもプロとして食べて行ける道が見つからず――こうして、悩んでるだけだ。


 アニメ関連職の道を模索した結果どの分野に適性を感じたとしても、他の関連職へ本気になった経験は活きるはず。多分、だけど……。

 そうでなくとも、どの職が向いているか、本当に全てを費やして進みたいのか。

 一度は本気になって取り組まなければ、分からないと思う。夢に向かって突き進むにしても『本当に向いてる職業なのか?』と疑問を抱いてたら、迷いなく全身全霊では突き進めないだろう。


 授業を聞きつつ将来について考えていると、あっという間に放課後だ。

 部活の時間がやってきた。

 演劇部の部室に急ぎ向かい、新入生である一年生より早く掃除と準備を始める。


「あ、春日先輩。こんにちは! そんな、準備とかなら俺らがやりますよ!?」


―――――――――――

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