第6話 幕間
八王子・高尾山山頂――やっと梅雨が明け、これから夏本番の季節。満点の星空が夜空を埋め尽くす中、その静寂を破るように、場違いな少女がひとり、山頂の手すりに背を預けて立っていた。
少女の明るい金髪はくるくると巻かれ、濃いアイメイクに派手なネイルがキラリと光る。露出の多いタンクトップとショートパンツ、そして山道には不釣り合いな高いヒール。どこからどう見ても街中にいるギャルそのものだ。
「はぁ~、やっぱ星を読むんなら山の上に限るわ。あんな夜でもギラギラ明るい東京のど真ん中じゃ、星読みなんかムリムリ!光害、ヤバすぎっしょ。」
呟きながら、大胆に夜空を仰ぐ彼女の瞳は、いつの間にか冷静な鋭さを帯びていた。派手な外見からは想像もつかないほど、静かな気迫が漂う。
「さーて、何かおもろいことないかな~。」
星読み――それは、星の動きから未来を読み解く、陰陽師の中でも限られた者にしか許されない秘術。
千紘は朱色の石を軸に星座をなぞり、指先で結ぶように動かしていく。その指の動きは次第に加速し、山頂の空気がひんやりと冷たく感じられるほど、緊張感が漂ってきた。
「んー、北斗七星、今日もいい感じ。で……お、こっちの星は……」
石の中に映る星座の光が不規則に揺れ始める。千紘の表情は急に真剣さを増し、普段の能天気な雰囲気が一気に消え去った。
「え……これ……なに……?」
口をつぐみながらも、星座を結ぶ線は次々と暗い色を帯び始める。朱色の石が怪しく光り、その輝きの中で一つの形が浮かび上がった。
「……いやいや、これ……嘘でしょ?」
石の中に現れたのは、京の街を飲み込むように迫る闇の波。そしてその中心に揺らめく巨大な鬼の影。その圧倒的な存在感が、千紘の心をざわつかせた。
「……うっ……な、何あれ?」
一瞬、手元の石が震えるように光を弾き飛ばし、山頂の静けさが一気にざわめきに変わる。
「嘘……嘘、嘘、嘘!マジっかよ!」
千紘は手すりから身を起こし、驚きに震える手で石を強く握りしめた。瞳には焦りと興奮が入り混じった表情が浮かぶ。
「……いやいや、やばすぎでしょ……これ……」
夜風が彼女の髪を揺らし、遠くで木々がざわつく音が響く。千紘は再び星空を仰ぎ、深呼吸をしてその光景を冷静に整理しようと努めた。
「京都……マジで、動乱くるじゃん……おもろいってレベルじゃないんだけど……」
ふと自分の口から漏れた言葉に、千紘は苦笑いを浮かべる。だが、その笑みの奥には、どこか高揚感が隠されていた。
「……あーあ、行くしかないっしょ。面白そうだしね~。」
千紘は金髪の巻き髪をかき上げ、星空を見上げながらニヤリと笑う。その瞳には、先ほど星読みで見た京都の未来がちらついている。
「……あっ、そうだ!鬼一、あんた京都出身だよね~?案内してもらおっかな。」
そう言うと、千紘は懐から人形の形をした霊符を取り出し、空中へ投げた。人形が宙を舞うと、彼女は軽やかに指を動かして印を結び始める。
「天つ霊、地つ力、五行の理に従いて――我が声に応えよ!」
力強い呪文の響きと共に、人形の霊符は一瞬で光を放ち、みるみるうちに大きくなっていく。そして、そこには流れるように着物をまとった一人の男性が現れた。
その姿はどこか風流さを漂わせながらも、凛々しい表情と鋭い目つきが印象的だ。鬼一法眼――平安時代の剣豪であり、式神として千紘に仕える存在だ。その場に現れるや否や、空気が一瞬にして張り詰め、周囲の雰囲気が戦場のように一変する。
「……なんだ千紘、戦いか?相手はどこだ?」
鬼一は警戒した様子で辺りを見回し、その鋭い目が一層輝いた。しかし、どこにも敵の気配がないことを悟ると、肩の力を抜き、深いため息をついた。
「おい千紘、だれもおらんではないか。なんで呼んだ?この前も鹿島の土地神と一太刀合わせられると思ったところで邪魔が入ったであろう、その鬱憤がまだ晴れておらぬというのに……。」
ぶつぶつと愚痴をこぼす鬼一を見て、千紘は悪びれる様子もなくケラケラと笑い出した。
「オーケー、オーケー!千紘ちゃんに任せなさいってば!たった今、凄いの見つけちゃったんだよねー。」
千紘は小さく拳を握りしめ、星空を指差しながら誇らしげに言った。
「思いっきり暴れても大丈夫だよ。そして場所は……ジャジャーン!なんと鬼一の住んでた京都でーす!」
その言葉を聞いた瞬間、鬼一の表情が一変した。先ほどまでの不満げな顔は消え去り、どこか苦い思いを噛みしめるような表情に変わる。
「京か……」
彼は短く呟き、しばらく無言で星空を見つめた。その瞳には、遠い過去の記憶が浮かんでいるようだった。
「……あまり良い思い出はないな……。」
その言葉に千紘は首を傾げ、不思議そうな顔をした。
「えー?何それ、意外。あんた京都出身じゃん、何があったわけ?」
鬼一は答えず、ふっと目を閉じて一呼吸置く。やがてその瞳に静かな覚悟が宿り、千紘に向き直った。
「……行くのか、本当に。」
「もちろん!千紘ちゃんの星読みが言ってるもん、間違いないって!」
千紘は能天気にニカッと笑い、鬼一の肩を軽く叩いた。
「まぁ、いいだろう。久しぶりに京で刀を振るうのも悪くない。」
鬼一は小さく呟き、肩にかかる着物を直しながら歩き出す。その背中には、かつての京で戦い抜いた鬼一法眼の影が重なっていた。
星空の下、二人はゆっくりと歩みを進め、高尾山を後にした。これから向かう京都の地には、何が待ち受けているのか――それは、星々のみが知っている。
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