第3話 神様が仕組んだ出会い

 初診を終えて、二回目の診察に来た。

 病院の自動ドアが開くと、赤い自販機の前に冬なのに季節外れのカーディガンを着た女の子がひざを折り、自販機の下に手を突っ込んでいた。

 「あ~、取れへんな、あともうちょっとやのにな」

 自販機の下に落ちた小銭を取ろうとしているのだろう。しかし女の子は手が短くて奥まで入った小銭に届かない。

 「大丈夫かい」 僕はその女の子に声をかけた。

 「お金取ってくれへんか。あーちゃんの家、貧乏やから金持ってないねん」

 女の子は小さな目でこちらを見てくる。

 「それなら、買ってあげよう。何が欲しいの」

 「コーラ」

 小鳥の歌声のような声で少女は言った。

 僕は百九十円のコーラを買ってあげた。

 「あたしの名前教えたろか」

 女の子はニヤニヤしている。

 「久石あまね」

 あまねはそういうといきなり、何がおもしろいのか知らないが、「キャッハッハッハ」と笑い始めた。

 僕はあまねは一体何の病気なのかなと思った。多少言動に癖はあるが、純粋そうな女の子に見えた。

 僕も自己紹介をした。

 「僕は出雲勇気。よろしく」

 手を差し出すと、あまねは握ってきた。小さな手だった。

 「あーちゃんな、小五やねん。十歳。」

 十歳で精神科に通っているのか。世の中には、十歳で塾に通って受験勉強をしたり、スポーツをしたりする子もいるが、もしかすると、あまねはそういった子たちとは全く違う人生を歩んでいるのではないだろうか。

 自販機の前であまねは両手を黄色いカーディガンのポケットに入れ、じっと僕の目を覗き込んでくる。よく見ると、その目はなんでも見通すような、人の心の中を読むような目をしていた。僕はその目を見て、異世界人に初めて会ったような感覚を覚えた。僕が今まで会ってきた人とは人種が違うと思った。偏見を持ってはいけないが、怖さのようなものを感じた。

 「もしかしてあまねちゃんはひとりで来たの」

 「せや」

 何でひとりで来ているのかは聞いてはいけないような気がした。育児放棄という言葉が脳裏をよぎる。

 「自販機の前で話すと邪魔になるから、中のソファーで話そうか」

 僕がそう言うと、突然、あまねの表情が真っ青になった。あまねは僕の背後の入り口の自動ドアを見ていた。

 僕が振り返ると、白装束をまとった男性が立っていた。あまねはこの男性をじっと見ていた。

 「あまねさん。こんにちは。あなたを迎えに来ましたよ。さあ、行きましょう」

 「誰が行くかいな。なんで血もつながってないお前についていかなあかんねん。冗談はその恰好だけにしてくれ」

 あまねは腕をまわしながら、大声を出した。さっきの小鳥の歌声のような声とは違ったしゃがれた声を出した。

 

 十年後、僕はこのときの出来事をあまねから聞かされた。

 あまねには、あまねが二歳の頃、死別した父がいた。あまねの母は旦那の突然の死にノイローゼになりおかしくなり、精神科を受診した。そのときにあまねの母があやしげな新興宗教にはまり抜け出せなくなった。あまねの母はその新興宗教の信者と仲良くなり、やがて結婚した。あまねを病院まで迎えに来たのは、その義父だった。

 

 高校を辞めた僕が小学生の女の子と精神病院で知り合うという確率はどういう計算をするとわかるのだろうか。

 神様は、僕とあまねが出会うということを、僕とあまねが出会う前から知っていたのだろうか。

 神様が僕とあまねを出会わせたのだろうか。


 二十八歳になった僕は考える。


 僕とあまねは神様が出会わせたのだろうと。


 そう、きっと、この出会いは神様が仕組んだんだ。


 

 

 

  

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