第9話 遺跡の中心

遺跡の最深部に進んだ探査艇は、巨大な球体の前に停止した。その球体は先ほどまでよりもさらに強い青緑色の光を発し、その輝きが遺跡全体に脈動するように広がっている。その光景に、アヤは窓越しに息を呑んだ。


「これが……遺跡の中心部。」


村上がモニターを睨みながら呟く。


「この球体、ただの装置じゃない。遺跡全体のエネルギーの核か、それとも……。」


アヤが静かにその言葉を引き継ぐ。


「……記憶そのもの?」


その言葉に高橋が慎重に補足する。


「どちらにせよ、これは遺跡の意志そのものだ。この球体が、すべての答えを握っている。」


探査艇の外壁に伝わる微かな振動と音が、次第に強まる。それは単なるノイズではなく、複雑なリズムを伴った音波だった。


---


篠原教授から通信が入った。


「翻訳プログラムが新たなメッセージを解読した。球体のリズムが示しているのは……『未来への試練』だ。」


村上がプログラムを操作しながらモニターに目を落とす。翻訳結果が次々と表示される。


「『記憶を共有せよ』『選択の時は近い』……。」


高橋が険しい表情を浮かべた。


「記憶を共有する?遺跡が我々に何を求めているのか?」


アヤはその言葉を受けて、球体の輝きに目を向ける。祖父の歌が再び心の中で響く。あの旋律が、この遺跡と通じる鍵になるのではないかという確信が徐々に強まっていた。


「歌ってみます。祖父の旋律をもう一度。」


アヤが静かに言った。


村上が驚いた表情を見せたが、高橋は冷静に頷いた。


「やれることは全て試す。だが、慎重に進め。」


アヤは息を整え、祖父が教えてくれた旋律を再び口ずさみ始めた。その歌声が通信装置を通じて球体に届いた瞬間、遺跡全体が震えるように音を発した。


---


一方、塔の上部にいたカイとセイラは、その変化を見つめていた。


「遺跡が……応じている。」


カイが低く呟く。その隣でセイラが音を響かせる。


「遺跡は彼女の声に応じた。それが何を意味するのか、見極める必要がある。」


カイの目には複雑な感情が宿っていた。


「人間が遺跡の未来を左右する鍵を持っているとすれば……俺たちはそれを受け入れられるだろうか?」


セイラはしばらく黙り込んだ後、低く応えた。


「受け入れるかどうかではない。遺跡が選んだ道を尊重するしかない。」


その言葉にカイは目を細め、球体を見つめ続けた。


---


遺跡の中心で光がさらに強く輝き、探査艇のモニターには新たな映像が映し出された。それは地球全体を俯瞰したような光景だった。大地と海、空を包む青緑の輝きが、人間と人魚の共存を象徴するかのように描かれている。


しかし次の瞬間、映像が歪み始めた。環境の破壊や資源の枯渇、人間と人魚の対立が次々と映し出される。それはまるで、この遺跡が警告を発しているようだった。


「これが……未来への警告?」


アヤが驚きの声を上げた。


村上がデータを解析しながら補足する。


「この遺跡は、ただの記録装置じゃない。未来を予見し、その選択を促している。」


高橋が静かに言葉をつなぐ。


「選択の時が来たというわけだ。」


その時、球体から新たな音が発せられ、翻訳プログラムが再びメッセージを浮かび上がらせた。


「『共存の未来か、滅びの未来か』……。」


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アヤはその言葉に深く息を吸った。遺跡が示す未来の選択を、探査チームと人魚たちが共有しなければならない。だが、それをどう進めればいいのか、誰もが答えを見つけられずにいた。


カイは静かに球体の前に近づき、低い音を響かせた。その音が遺跡に反響し、探査チームの通信装置にも伝わった。


「未来はどちらを選ぶ?」


カイの問いかけに、アヤが小さく答えた。


「共存の道を探る。それが私たちの役目……。」


その言葉に、遺跡の光が少しずつ変化し始めた。それはまるで、二つの種族の対話が遺跡の中心で始まったかのようだった。

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