第8話 祖父の旋律

探査艇が遺跡の最深部への扉を前に停止した。青緑の光が扉の表面を流れるように動き、その文様が生命を宿しているかのように輝いている。その光景に、アヤは目を見張った。


「この扉の模様……祖父が研究していた深海生物の形状と似ている気がする……。」


アヤの呟きに、村上が興味深そうに頷いた。


「確かに、これまでの遺跡の構造と微妙に違う。遺跡の中心部がさらに異なる仕組みを持っているのかもしれないな。」


高橋が冷静に指示を出す。


「遺跡の動きに注視しながら慎重に進め。この扉がどう反応するかを確認する。」


村上が翻訳プログラムを操作しながら、表示される文字を読み上げた。


「『共鳴する意志』……?この扉は、単に開くだけのものじゃないのかもしれない。」


アヤはその言葉に反応し、胸の中に湧き上がる不思議な感覚を覚えた。それは祖父の歌を思い出すたびに感じるものと似ていた。


「もしかして……扉を開けるには、遺跡と同調する何かが必要なんじゃない?」


彼女の言葉に村上が頷きながらデータを確認する。


「その可能性は高い。この遺跡は音と光を使って私たちに語りかけている。もしその鍵が『共鳴』だとしたら、アヤ……君が試してみるべきだ。」


---


アヤは少しの間、扉の前で黙り込んだ。祖父が子供の頃に教えてくれた歌が脳裏に響く。彼の歌は、いつも深い海への憧れと敬意を込めたものであり、それが今、遺跡の音と不思議な調和を見せている気がしてならなかった。


意を決して、彼女はその旋律を口ずさみ始めた。柔らかな声が探査艇内に広がり、その音が通信装置を通じて遺跡に伝わる。すると、扉の光が一瞬強く輝き、模様が大きく揺れた。


「扉が反応している……!」


村上が驚きの声を上げた。


その瞬間、遺跡全体が共鳴し、低い音が空間全体を包み込む。扉の文様が一斉に輝き始め、ゆっくりと動き出した。


---


一方、塔の上部にいたカイは、その様子をじっと見つめていた。遺跡が放つ音と光が、彼の身体にも響いていた。


「遺跡が応じている……彼女の声に。」


カイの隣を泳ぐセイラが低い音を響かせる。


「彼女は遺跡に何かを届けた。それが正しいかどうか、これから試される。」


カイは静かに頷き、扉の向こうに広がる空間を注視した。遺跡の奥深くで何が待っているのか、それを知るべき時が近づいている。


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扉の奥に広がっていたのは、これまでとは異なる景色だった。巨大な空間の中心には、幾何学的な模様で組み上げられた球状の装置があり、その周囲を青緑の光が無数に舞っていた。その様子は、まるで宇宙そのものが凝縮されたかのような神秘的な光景だった。


「これは……遺跡の中枢そのもの?」


アヤが驚きの声を漏らす。高橋が慎重に周囲を見回しながら答える。


「この空間が遺跡の答えを握っているのかもしれない。」


村上が装置のデータを解析しながら声を上げた。


「ここに記録されているのは、ただのデータじゃない。この遺跡そのものが……生きている?」


その言葉に船内が静まり返る。遺跡が語りかけているのは、過去の記憶ではなく、未来への問いだったのだ。


---


その時、遺跡の光がさらに強さを増し、新たな音が探査艇を包み込む。翻訳プログラムが次のメッセージを浮かび上がらせた。


「『道を選べ』……。」


アヤはその言葉を目にしながら、小さく呟いた。


「私たちは試されている。遺跡が……未来を託そうとしている。」


その光景に、探査チーム全員が息を呑んだ。遺跡が示す未来の道を選び取る瞬間が、今まさに訪れようとしていた。

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