彼女がクビになったから!
崔 梨遙(再)
1話完結:1800字
中小企業の広告代理店にいた頃の話。僕は20代の半ばだった。僕はテレアポ(テレフォンアポインター)さんの取ったアポをことごとく回された。自分のお客さんとのアポでビッシリ予定は詰まっているのに、そこにテレアポさんのアポをねじ込まれるのだ。そのアポで商談をして申込み書をもらって来ても、僕は1円も得をしない。1年目は歩合がもらえないからだ。だが、テレアポさんにはインセンティブが与えられる。僕は、テレアポさん達のために申込み書をもらって帰るようなものだった。
その時、テレアポさんは3人いた。涼子、真琴、凪子。涼子は26歳、婚約中。165~166センチと背が高く、スラッとしていてカッコイイがダイナマイトバディ。出るところは出て引っ込むところは引っ込んでいる。20代とは思えない色気を放つ美人。真琴は27歳。157~158センチでスタイルのいい美人。涼子ほどではないが色気のある新婚さん。凪子は30代の後半、メガネを外したら美人。162~163センチでスレンダー。1番女盛りのはずだが、1番色気が無かった。何故だろう? 声がオバチャンだからだろうか?
涼子と真琴がとったアポは要注意だった。お客さんが、彼女達が来ると思っているケースが多いからだ。そこへ僕が行く。すると、“えー! 電話のあの娘(こ)じゃないの?”とか、“あの娘が来ると思ったからアポOKしたのに”とか“詐欺だ-!”などと言われる。そこをなだめて申込み書をもらって帰るのがしんどい。僕は涼子や真琴のアポに行くのは嫌になった。
ここで、凪子の名前が出て来ないことにお気づきだろうか? そう、凪子の取るアポは涼子や真琴と比べると少ない。多分、女子力が足りないのだろう。声でも損をしていると思う。前述のように、凪子だけ、声がオバチャンなのだ。その代わり、凪子のアポは“電話のあの娘が来ると思ってたのに”とは言われない。そこは気楽だった。
しかし、凪子の取るアポにも欠点はあった。自分が涼子や真琴と比べて獲得するアポの数が少ないと自覚していたのだろう。無理なアポを取るのだ。ニーズが無いのにアポを取る。ニーズが無ければ、商談をしても仕事はもらえない。特に人材を欲しいと思っていないのに行っても時間の無駄なのだ。結局、ただのご挨拶で終わってしまう。ということで、アポの数に対する成約率も低くなる。凪子はますます焦る。成績が悪いとクビになるからだ。だから僕もなんとかしてあげたくて凪子の無理なアポでも頑張った。しかし、どうにもならないということはある。やがて凪子はクビになった。僕はやれるだけのことをやったつもりだが、申し訳無いと思った。
凪子の退職日、僕は廊下で凪子に声をかけた。
「明日の土曜、時間ありませんか?」
「時間はありますけど」
「じゃあ、一緒にランチでもどうですか? ご馳走しますよ。2人だけの送別会です。連れて行きたい店があるんですよ」
「ランチに連れて行ってくれるんですか? 行きます! 行きます!」
ホテルの最上階のレストラン。凪子は酒に酔う前に店の雰囲気に酔っていた。
「いいの? ここ、高いでしょ?」
「ランチだから、そこまで高くはないんです。それに、凪子さんには悪いことをしたと思っていましたから、お詫びです」
「何のお詫び?」
「凪子さんのアポ、あんまり決められなかったから、申し訳無くて。頑張ったんですけどね。結果を出せなくて、すみませんでした」
「お詫びなんていいよ、気にしないで。私、他の2人よりも取ったアポが少なかったし、強引にアポを取ってたし」
凪子は、強引にアポを取っていたことを自覚してくれていたようだった。
「凪子さん、旦那様は?」
「え! いないわよ」
「え! そうなんですか?」
「うん、私はバツイチの子持ち。今は実家に住んでる」
「そうですか、旦那様がいないなら渡しやすいです。はい、これ」
「何? ……うわぁ、ネックレスだ。かわいいー!」
「今まで、テレアポのお仕事、お疲れ様でした。僕のお詫びとお礼のしるしです」
「ありがとう……つけてみるね。どう?」
「良い感じだと思います」
凪子は鏡で確認していた。満足してくれたようだ。
「崔君、彼女は?」
「今、別れています」
「そうなの?」
「復縁したいんですけど、今は彼女はいません」
「じゃあ、私も崔君に今日のお礼をする」
「どんなお礼ですか?」
「ホテルでお礼する!」
彼女がクビになったから! 崔 梨遙(再) @sairiyousai
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