逆行する4月27日――②

「ククク……」


 夜の校舎に響く不気味な笑い声。


「お前たちは、わたしに勝ったと思っているのか?」


 声の主である城ケ崎が、理科室で床の上を這い叫んでいた。


「この時間軸のわたしは確かにこのまま弱り、息絶えていくのだろう……。でも、わたしがダメでも、他の未来や過去にいるわたしがお前たち天使や人間を必ず始末する! あなたたち天使は数回以上殺すことで世界からやっと消滅させられるのに対し、悪魔は殺した瞬間、その生命は全ての時間軸から消滅する。――追い詰めるのに二人一組で行動する?――。悪魔はねぇ。お前たちみたいな弱者のように徒党を組むような真似はしない! 何故かって? それはどの種族よりも優れている、崇高な存在だからなのよ!」


 弱弱しく棚にもたれかかるメリアに向かって、城ケ崎は高らかに宣言した。


「フフ、そうね……。悪魔と対をなすわたしたち天使の存在。本来なら互角に渡り合わなければならないはずなのに確かにあなたの言う通りだわ。わたしたちはとても、劣っているのかもしれない」

「何が、おかしい?」


 そんな悪魔の言葉に、メリアは小さく笑って返す。


「一人だとね」


 その時だった。悪魔と天使が押し問答をする理科室に響くドアの開かれた音。

 メリアはその瞬間、服の切れ端を丸め体を懸命に動かすと、床に伸びる城ケ崎の口に突っ込み彼女から少し距離を取った。


 直後、ザクザクと床に散らばるガラス片を踏みしめ、砕ける音が夜の教室に鳴り響く。


 入ってきたその人物は二人のいるその部屋を、携帯のライトであたりを照らしおろおろと彷徨っている様子だった。


「フフッ、まるで夜間警備員ね……」


 そんな姿を見て、おかしく感じたのかメリアが少し笑う。


「ッ……まぶしい」


 その少年は声の聞こえたであろう、その方向にライトをやると光がメリアの姿を映した。

 城ケ崎はメリアのほうに慌てて駆け寄ろうとするその少年の姿を見て、困惑した。


 それは先程、自身の首元にナイフを突きたて致命傷を負わせた星川直也だった。

 彼はタイムレネゲートを再開させるため、巡行の赤髪の天使のもとへと向かっているはず……。


 何故、戻ってきたのかわからなかった。


「近づかないで!」

「ウッ……」

「まったく勇気があるんだか、ビビりなんだか……」

「ねえ、あなたはタイムレネゲート?」

「ん、何? タイムレモネード?」

「フフッ」

「あの……君、頭大丈夫?」

「何、わたしの頭がおかしいってわけ……?」

「あ、いや違うんだ! 中身の問題じゃなくて外側の話さ!」

「そう、だったらいいわ」

「ねえ、協力しない? わたしは、あるとてつもなく重大な問題を解決したい。そのためには直也、あなたの力が必要なの」

「柚葉の失踪のこと!?」

「ええ、それも含まれるわ。でも今日はダメ。明日の昼十二時に学校の中庭に来て。今日はもう帰って」

「帰ってて言われても……」

「わたしなら大丈夫だから……」

「本当に? 肩だけでも貸そうか?」

「大丈夫って言ってるでしょ!!」

「ヒィッ!」

「じゃあ、帰るよ?」

「ええ、早く行って……!」


 城ケ崎の全身を身の毛のよだつ恐怖が襲った。

 天使に諭され帰っていく巡行の直也の姿を見て、泣きだし、取り乱し、わめこうとするも、メリアの物体を過去に戻っていく力で口に詰められた服の切れ端がさるぐつわのように離れず、叫ぶこともできない。


 倒れる自分の存在に気づかず、教室を後にした直也を見て悪魔は理解する。

 自身が無限のループにはまり、この時間軸で何度も彼らに殺されるという事実に。


「奴が来るとは限らない!」


 口に押し込められた服が取れると、城ケ崎は狂ったように叫びだした。


「あの臆病者が、ビビッてタイムレネゲートを拒むことだって……」

「いいえ、彼は来る! 大切な妹を救うため、何度でも直也は時の因果に逆らう!」


 城ケ崎に負けじと、メリアも力強く言い返す。


「悪魔に殺された命は、時間軸全てから消え無くなってしまう。だからわたしは、それ以外の原因で死ななければならない……」


 メリアが一人ぼやくようにつぶやくと、理科室に広がるプシューと空気が漏れるような音。


「お前、何を……?」


 音が鳴るのは、授業で実験の時に使うテーブルにつけられたガス栓からだった。


 いつの間にか蓋が取れているのは、メリアの物体を過去に戻す天使固有の能力によって……。


「巡行のあなたと逆行のわたし、この時間軸でまた会いましょう」


 引き出しから取ったマッチにメリアは火をつける。

 その瞬間、轟音と共に理科室が大爆発し火の海に包まれた。



 爆発より少し前、逆行してきた星川直也は校舎廊下を走っていた。


「あれは……!」


 彼の視界前方に見える日本人離れした赤い髪の少女。


「メリア!」


 直也は彼女の名を叫ぶとここまで来るのに疲労が溜まっていたのだろうか、ゼエゼエと肩で息をしている。


「あなた、誰?」


 そんな直也を見て、いぶかしげな顔を浮かべるメリア。


「メリア、タイムレネゲートを使ってくれ」

「!? あなた、何でタイムレネゲートのことを……」

「僕は明日の28日から逆行してきたんだ。早く使わないと、27日の巡行の僕に姿を見られるかもしれない!」

「何の話かよくわからないけど、まずそうなのはわかったわ。詳しくは後で聞くから。とりあえず手を取って」


 直也とメリアが互いに手を取ると、廊下から二人の姿が消えた。

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