逆行する4月27日――①

「んう(うん……)」


 畳の上に敷かれた布団から起き上がった僕の体。

 その突然の動きで僕は目を覚ました。


 枕元に置かれたスマートフォンに手が伸びる。

 勝手に動く僕の右手はスマホのアラームセットの操作を行っていた。

 あたりをキョロキョロと見渡すが、周りには誰もいない。


 時刻は4月27日、午後11時0分。八時間ほど前。

 ばあちゃん家にいるとき解かれたタイムレネゲート。再び発動すると僕は28日の7時過ぎから、この時間まで布団に入り眠りについていた。


 タイムレネゲートは、その人の身に起きた出来事を順序通りになぞって時間を巻き戻す力。確かこれから(正確にはこの前)起きる出来事は……。


 そうだ! 僕の家に向かう。柚葉のことで喧嘩する両親から避難するように、僕は今いるばあちゃん家に泊まったんだった。

 そしてその後は、学校へと向かう。



 ***



 学校の教室の一部分からメラメラと燃える真っ白い炎。

 通学路を後ろ向きに歩いて進んでいく途中、遠くからでもそれははっきりと視認できた。


 校門前には、それ目当ての野次馬がぞろぞろと集まっている。

 しかし、僕が校門に近づくにつれて、彼らは蜘蛛の子のように散りその場を離れていった。

 門をくぐり学校の敷地に入った時には野次馬は一人もおらず、それどころか理科室から出ていた炎も跡形もなくきれいさっぱりなくなっていた。


 時が巻き戻るタイムレネゲートの世界。爆発が起きる前へと時間が遡ったからだ。

 僕は今からその爆発が起きた理科室へと向かっていく。


 理科室――。そこは初めて僕がメリアの名前を知り、彼女と柚葉を救い出す約束をした場所。

 メリアも学校に来ているのだろうか? ばあちゃん家の前で最後見たきり、彼女には会えていない。


 タイムレネゲートが続くのは、僕と柚葉が校門前で別れた4月26日の夕方付近まで。

 もう、あと一日少しだ。それまでにもう一度、メリアに会えるといいな。



 夜の校舎廊下。白と黒だけのモノクロな世界を後ろ歩きで進んでいると、後方に見覚えのある人影が。


「夜だけど、おはよう。昨日はぐっすり眠れた?」

「ありめ(メリア!)」


 メリアだった。


「そう言えば直也はさ。今日、一日何してたの?」

「うよきっえ(えっ、今日?)」


 僕と一緒に隣を歩くメリアが不意に声をかけてきた。


「ほら。巡行のわたしたちは今、廊下で会ったのが最後でしょ。その前はオカルト研究部の部室でわたしが白石に掴みかかった時。その前の時間、何してたのかなぁって」

「どけたいにうこっがとっずらかさあ、しだいせくがゃりそてったてしにな(何してたってそりゃ学生だし、朝からずっと学校にいたけど……)」


 うん? 何故だろうか……。僕はこの話にどこか違和感を覚える。


「あれ? 直也、どこに向かってるの?」

「よだつしかりてっこど(どこって理科室だよ)」

「理科室……?」


 メリアが不思議そうな顔で聞き返したとほぼ同時に、僕の体が勝手に理科室の扉を引いて開ける。


「ていてしをがけいどひ、ありめきとのそ。んやじたしくそくやすがさにょしっいをはずゆちたくぼでここ。のいなてえぼお(覚えてないの? ここで僕たち柚葉を一緒に探す約束したじゃん。その時メリア、酷い怪我をしていて……)」

「直也、何言ってるの?」


 振り返るとメリアは、酷く険しい顔を浮かべていた。


「理科室でわたしたちは会ってなんかいない」

「えっ!?」


 驚きのあまり咄嗟に漏れ出た声は反転してなかった。

 気づけばタイムレネゲートが解除され、逆行から巡行の世界へと飛ばされていた。


「わたしたちが会ったのは、さっきの廊下よ」

「違う、理科室だよ!」


 僕は語気を強め反論した。メリアの奴、ボケているのか?

 いや、あんな冷静沈着なメリアが忘れるなんてことはないだろう。


 でも、僕だって間違ってはいないはず。

 かなり印象的な出来事だったからな。脳裏にしっかり焼き付いている。

 しかし何でだ? 何故、二人でこうも意見が食い違う……?


 ガラッ!


 その時だった。

 電気の点いていない月明かりだけの暗いこの理科室に響く扉の開閉音。


「あら? もう、下校時間は過ぎてるわよ」


 コツンコツンとヒールを鳴らし入ってきたのは、黒い髪を後ろに束ねスーツを身にまとったたっぱのある大女。


(城ケ崎……!?)


 体に緊張が走る。クソッ、こいつ! 一体、何をしに来たんだ!?

 身構え、僕は彼女をじっと睨みつける。


「すみません、先生! わたし、理科室に忘れ物しに来ちゃって」


 すると突然、今までの雰囲気とは似つかない猫撫で声で城ケ崎に話しかけるメリア。


「落ち着いて、直也……」


 メリアが僕の服の袖を強く引っ張ると、城ケ崎に聞こえない小さな声で耳元に向かって囁いた。


「この時間帯の城ケ崎は、わたしが天使でわたしたちがタイムレネゲートで未来からやってきたということを知らない」

「!?」


 そっか! 城ケ崎が僕たちと接触したのは、28日昨日の夜(正確には、明日の夜)。

 27日の今の時間帯ではメリアが天使で、僕が城ケ崎が悪魔だと知っていることを彼女は知らない。


 となると、城ケ崎は……。

 このセリフから察するに残った生徒がいないか見回ってる最中ってことか?


 チッ、何か腹立つな! いい先こうでも気取ってんのか?

 一応こいつ。学校の先生というていで人間社会に溶け込んでいるからな……。


「あら、そうなの!」


 ほおが緩み、おだやかな口調で城ケ崎は語り掛ける。


「隣にいるのは彼氏さん?」

「いえいえ、そんな仲じゃないですよ~」


 おとぼけた様子で、城ケ崎に返事を返すメリア。


(こんなとこに長居しても意味ないから、さっさと消えるわよ)


 直後、メリアは小声で僕に話しかけた。


「そう……」


 城ケ崎がぼやくようにつぶやく。

 僕はそんな彼女のことなどおまかいなしに、視線を外しドアまで歩こうとした。


「時間逆行する程度の仲?」

「ハッ!」


 その瞬間、僕は体を前に思いっきり突き飛ばされた。

 直後、理科室にある棚ガラスが全て割れだすと、中に収納されているビンやフラスコがまるで磁石が吸い付くのような勢いでメリア目掛けて一斉に飛んでいった。


「あぁ、そんな……」


 うつ伏せに倒れた僕は振り返ると、メリアは僕をかばうために突き飛ばしたんだということが分かった。


「アハハ、狙い通りぃ! わたしの未来予知は完璧なのよぉ!」


 狼狽える僕を尻目に、城ケ崎は高笑いする。

 酷く衰弱した様子で頭から血を流し壁にもたれかかるメリア。

 流れ出る血が、彼女のワイシャツとガラスの破片飛び散る床を赤く染めていた。


 そんな……、この光景は……!


「そうよ、星川直也! あんたがタイムレネゲートを使ったことで、わたしはこのクソ天使に致命傷を負わせることができた!」


 タイムレネゲートを使う前、27日に理科室で見た姿と全く同じだった。


 僕のせいなのか……?

 メリアが血まみれになったのは、僕が時間を逆行することを求めたせい……。


 もし僕が使わなければ、メリアが傷を負うことはなかった……!


「何故だ……?」


 僕は声を振り絞り城ケ崎に問いかける。


「うん? どうしてかって?」


 そんな僕の問いかけに、城ケ崎はニコニコとした様子で返した。


 そうだ、知るわけないんだ。この時間軸の城ケ崎が、僕やメリアが自身を追い詰める存在だということを。

 過去へと、時に人をも巻き戻す天使の力――タイムレネゲート。

 過去とは反対に未来を操る力を持つ悪魔――城ケ崎に、逆行してきた僕らを観測する手立てはないはずなんだ……。


「黄泉の手向けに教えてあげるわ。このわたしのノートのことを」


 城ケ崎が手を後ろにやると、懐から何かを取り出してきた。

 目を凝らし、覗いてみるとそれはそこらへんの中学生が使ってそうなごく普通の一冊のノートだった。


「わたしはね。毎日午後6時あたりに必ず、このノートの一ページ。その日、起きたことを振り返る一日日記をつけてるの。あなたもやってる?」

「何を、言っているんだ……?」

「えっ、やってない!? ひょっとして毎日文章書くのがめんどくさい感じ? はあ……。これだから、現代の若者の活字離れは深刻ね……」


 城ケ崎が深く溜息を吐くと、ノートを見開きにして見せてきた。


「この最後のページは今日27日、18時に記した内容。ちょうど、今から二時間前くらいに書いたかしら。どれどれ? ――今日は体育の時間、応援で中学三年生の女子バレーの授業の指導に入った。十五歳は一番の食べ頃。次の獲物をどうしようか。よだれを隠すのに必死だった――。あら、素敵な一日じゃない! でも、クソどうでもいい内容ね」

「だから、さっきから何を言って……」

「もう、短気は損気よ。これからがミソなのに。このノートは左開き。左に向かってどんどんページがたまっていく。左ページが奇数日で、右ページは偶数日の出来事を記している。今日は27日。つまり左ページに書かれた内容が最後で、右ページは空白……。それもそうよね。未来に起きる出来事何て、誰にもわからないんだから……」

「未来……、まさか!」

「アハハ! ご推察道理よ。わたしは悪魔! 未来の事象に関わる力を持っている。わたしはね! 触れた物体の一日先までの起こす軌跡を知ることができる。見えるわ、わたしには! 空白の右ページ、明日の28日にわたしが書いた内容が! 特別に読み上げてあげるわ」


 ――今日の夕方。この学校に生徒として紛れていた赤髪の天使に廊下で襲われ、職員室ではおとといさらった女子生徒の兄がわたしの手掛かりを探りに現れた。天使のほうは手こずったが、兄のほうはたいしたことない。めんどくさくさっさと殺そうと思ったが、その寸前奴が現れた。それは、天使の能力タイムレネゲートで逆行してきた二人目の兄だった。わたしは殺すのをやめ、その場を離れた。あえて生かし、奴らにタイムレネゲートを使わせる。このチャンスを逃すな、27日のわたしよ。天使たちが逆行してるということを27日のわたしが知らないと奴らは思ってる。その隙をつけ! さすれば、わたしの安寧は保たれるだろう……。――


「ンフフ! いやぁ、隙をつかせていただきちゃいました~」


 クソッ! 未来に干渉する悪魔の力。

 奴はそれを用いて、逆行する僕たちに奇襲を仕掛けたということか……!


「直也、逃げて……」


 消え入りそうな声でメリアは言うと、ナイフを構え立ち上がった。

 突き刺さっていたガラス片がメリアの体から離れていくと、空中に浮かんで棚のほうと戻っていった。


「今の時間は、校内のどこかに巡行のわたしがいるはず。そのわたしに、タイムレネゲートの引継ぎを頼んで」

「フフ、そうね。タイムレゲート中の天使は、物体を過去に戻す力は発動できない。解除せざるをえないわ。能力もなしに戦いを挑めるほど、わたしも劣ってはいないからね。でも……」


 メリアが一歩踏み出した瞬間、彼女はナイフを落とし、バランスを崩したようによろめき片膝を地面についた。


「少しダメージを負いすぎじゃあなくて?」

「ハアハア……」


 メリアの息切れは酷く、今にも倒れそうな勢いだった。

 僕は彼女の傍まで駆け寄ると、地面に落ちるナイフを拾い上げる。


「今度は、僕が守る……!」


 刃先を城ケ崎に向け、そう静かに宣言した。


「直也! 何言ってるの!? やめて! 人間であるあなたでは悪魔には敵わない! 死ににいくような真似はやめて」

「もう嫌なんだよ、僕は……」


 これまで僕はずっと、メリアにおんぶに抱っこだった。僕がどんなに傷つきくじけそうになった時も、メリアは常に僕のそばで守り寄り添ってくれていた。


 逃げるだって……? 死んでも絶対にそんな真似はしない!

 惚れた子見捨てて、自分だけ助かろうだなんて男がすたる!


「おとしまえは必ずつける。覚悟しろ、城ケ崎!」


 僕はナイフを構えて、城ケ崎目掛け走り出す。


「ああ、ハイハイ。お涙頂戴って展開ね」


 人を見下すような、なめたような口調でぼやく城ケ崎。


「ハア……。ムカつくんだよォ!!」


 と思ったら突然、城ケ崎が激高したように叫ぶと、背もたれのない理科室特有の木製の椅子が僕の頭に向かって飛んでくる。

 直撃を避けるため、僕は右腕を咄嗟に出し防いだものの椅子の勢いは強く当たった衝撃で、ナイフが手元から抜け落ち体が地面に吹っ飛ばされてしまった。


「いきってんじゃねえよ。人間風情の劣等種が! お前たち人間は、わたしたち悪魔にとってただの食い物なんだよ! 食料が意思を持つんじゃねえ!」

「うわぁ!」


 僕の体に次々とくる猛烈な痛み。城ケ崎が椅子を矢継ぎ早に飛ばしてきた。

 後頭部を手で押さえ体を丸め、耐えるのに必死だった。


「お願い、やめて……」


 メリアの枯れるような涙声が聞こえてくる。


「アハハ、やめてなるものですか! この勘違い陰キャ野郎はこのままなぶり殺しにしてあげるわ。その後はメリア、お前だ! フフッ……。あなたも選ぶなら、もっとましなパートナーにするべきだったわね。くたばるのも時間の問題じゃない?」


 体が重い……。だんだん、意識が朦朧としてきた。


「あら?」


 その時だった。城ケ崎が、ふと声を上げたと同時に終わる彼女の波状攻撃。


「白石じゃない!」


 床に這いつくばる顔を起こし、悪魔のほうへ目を向けるとドアから入ってきた白石が城ケ崎の隣にゆったりとした足取りで近づいて行った。


「そういえば今日、あなたとここで会う約束をしていたわね」


 白石と目が合うと、彼女は視線を反らし理科室の中をきょろきょろと見渡した。


 割れたガラス片に、血まみれのメリア。椅子が散乱し、普段の教室とは打って変わった異常な光景にさぞ驚いているのだろうか。


「そうだわ、白石。今ここで、この少年を殺しなさい!」

「何を言って……!」


 城ケ崎が目配せで僕のことを指したのに合わせて聞こえるメリアの声。


「あなたがわたしの大事なパートナーであることを証明するの。わかるわよね? わたしとあなたは一蓮托生の関係。じゃないと、一族郎党ブッ殺すわよ!?」


 白石のほっぺたをべたべたと触りながら、城ケ崎はまくしたてる。

 白石は悪魔に脅され、無理やり従わされてる関係。

 恐れをなしているのか、彼女の瞳には涙が浮かんでいた。


「ここでわたしが……!」


 まるで覚悟を決めたような真剣な顔を浮かべる白石。


「そうよ。あんたが今ここで、自分が差し出した可愛い後輩の兄を手にかけるのよ。アハッ! そしたら、もう二度と人の道に戻れないわねぇ。わかって……」


 僕は今、幻を見ているのか? 目の前の光景に驚きを隠せなかった。


「る……?」


 城ケ崎の背中から心臓にかけて貫かれた一本の銀のダガーナイフ。

 その出で立ちは、僕がさっき落としたメリアのナイフとそっくりそのままだったのだ。


 柄を握っていたのは、他でもない白石本人だったのだ。


「お前、まさか……!」


 白石のほうに振り返り、狼狽える城ケ崎。


「逆行しているな!?」


 城ケ崎が轟くような声で叫ぶと、白石の首根っこを掴み彼女の体を持ち上げ力一杯締め上げた。


「このビチグソがッ! 裏切りやがって……、天使のほうにつきやがったなァ!?」

「グッ……」


 城ケ崎の締め上げに、白石は苦しそうなうめき声をあげる。


 仲間割れしているのか……?

 とにかく、悪魔は僕のほうに注意が向いていない。今がチャンス!


「直也!」


 メリアの掛け声とともに床に落ちるナイフが僕の手元に飛んでくる。

 天使の物体を過去に戻す力だ。取った瞬間、僕は走りだした。


 柚葉にメリア――。城ケ崎! お前にはもう誰も傷つけさせない!


「これで終わりだッ!」


 銀に輝くナイフの刃先を、僕は城ケ崎の首へまっすぐに突き刺した。


「カハッ」


 口から血を吐きだすと、手を放す城ケ崎。

 首絞めから解放された白石が尻から地面へと落ちる。


「何故だっ!? わたしの読みは完璧だった……。ここで殺られるはずなど……」

「天使は、悪魔を追い詰めるのに二人一組で行動する」


 その時だった。理科室に響く、どこか聞きなじみを覚える艶やかな声。

 ゆったりとした足取りで城ケ崎に近づく、澄んだ青空のような水色髪の人物――ミーシャだった。


「いつ、わたしの子分を口説いた?」


 震えた声で城ケ崎が言う。


「28日の夕方に起きた、直也君とメリアの襲撃を未来視したのは大したものよ。でも、あなたはもう少し先に起きた出来事を見るべきだった」

「先のことだと……?」


 ミーシャに聞き返した城ケ崎。


「柚葉ちゃんを取り戻しに、あなたの家にやってきた直也君とメリア。それにわたし。そう、ちょうど。柚葉ちゃんの弱り果てた姿を見て、直也君がタイムレネゲートを使うことを決心した時」

「それは知っている! このクソガキのことなんかはどうでもいい! 白石が何故、お前についてるのかを……」

「その時、すでにわたしは白石ちゃんとタイムレネゲートを発動していた」

「!?」

「何っ……!?」


 はもりたくもないのに、僕は城ケ崎と同時に驚愕してしまった。


「ごめんなさいね、直也君。隠すような真似をしてしまって」


 ミーシャが目を合わせ、僕に向かって謝ってきた。


「あの部屋にいたわたしと白石ちゃんは、今理科室にいる直也君みたいな過去と巡行が交わった時のわたしたちだったのよ。ほら、最初にメリアが部屋に入った時に白石ちゃんとぶつかっちゃったでしょ? なんか邪魔してたみたいに思えたかもしれないけど、初めての巡行との交わりでパニックになってたのか、あれは居間であなたの妹を見てる過去の自分から逃げようと必死になってただけなのよ。ほら、過去の自分に見られたらいけないのは直也君も知ってるでしょ?」

「そう、だったんですか……」


 衝撃の事実にあっけに取られた僕は、つい簡単な返事をしてしまう。


「あぁ、でも安心して。巡行のわたしに頼んで、柚葉ちゃんもちゃんとあなたと同じ26日目掛けて戻っているから」


 そう言い放つと、ミーシャは城ケ崎に刺さる二本のナイフを勢いよく抜いた。


「ウッ……」


 うめき声をあげ、うつ伏せに倒れる城ケ崎。


「本当はあなたたちが傷つくもっと前に助けたかったんだけど、ごめんなさい。タイムレネゲートが解除される瞬間はわたしにもわからないから。四人同時に巡行に交わるタイミングはこの時しかなかったのよ」


 ミーシャが話すと、一本のナイフの柄のほうを僕に向け渡してくる。


「メリアに返してあげて。もうすぐわたしたち、一足先にタイムレネゲートが発動しそうだから」

「待て……! このビッチども……」


 城ケ崎の汚言が響いたの束の間、ミーシャと白石がまるでテレポートしたかのように一瞬で姿を消した。


「直也……」


 振り返ると、いつの間にか僕のすぐに後ろにメリアが立っていた。


「校内にいる過去のわたしにタイムレネゲートを頼んで。過去のあなた自身に見つかる前に」


 メリアの差し出した腕に、僕はナイフを返す。


 目をそむけたくなるほどの痛々しさ。

 その手は血が滲み、大量の切り傷が所々に出来ている。


「何で!? メリア自身が使えばいいじゃないか! そしたら、メリアの怪我も治る」

「それはできない」


 僕の言葉にメリアがきっぱりと言い切った。


「せっかくのチャンスだから、これを生かさない手はない……! 直也、わたしのことを信じて! わたしは大丈夫だから!」


 ボロボロな体とは反対に、力強い目でメリアは僕に訴えかけてきた。


「本当に……?」


 その迫力に思わず僕は気圧される。


「じゃあ、行くよ……?」


 恐る恐る僕は聞き返す。


「えぇ、早く! さぁ行って、行って!」


 メリアが僕の体を横に180度くるりと回転させると、部屋から押し出すように背中をポンポンと強く叩いた。


「痛い、痛い! ちょっと、メリア力強い!」

「フフ、軟弱ねえ……。男なんだから、これくらいシャキッとしなさい」


 ドアに手をかけ、理科室を出ようとした時だった。


「でもさっき、悪魔に向かっていったときはかっこよかったわ」

「えっ?」


 メリアが最後なんて言っていたのか、扉を閉めたのと同時だったためよく聞こえなかった。

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