逆行する4月28日――②
エントランスホール入り口の自動ドアが開かれる。
僕たちがちょうどタワマンに乗り込むところまで時が遡っている真っ只中だった。
ドアをくぐり、街路樹まで後ろ向きで一直線に進む僕とメリア。
順序通りに時が逆行してるのであれば、この後……いや、正確にはこの前か?
まあ、どっちでもいいや。バイクに乗り、環状線を走ることになる。
ハンドルにかけたヘルメットがひとりでに僕の手に飛んでくる。
意思とは関係なく僕はそれを被ると体が少し宙に浮き、まるで磁石に引き寄せられたかのようにバイクのシートの上へと座った。
「もう、すぐに出るから」
メリアがそう言うとすぐに、ブゥンとバイクの大きな排気音が鳴り響く。
直後、動き出す機体。
「おっう(うおっ!?)」
そっか、歩くのが後ろ歩きになるなら運転もバック走行になるのか。
僕たちを乗せたバイクが逆走で道路を走り出した。
もう、どれくらい走っただろうか。高架上で三車線にまばらに広がり、周りをそこそこの車の数が走っているということは、今は環七を通ってる最中か?
しかしまあ、不思議な感覚だ。本来のまっすぐ進む運転ならば、見てる景色は徐々に近づいていくものだが、今は後ろに走っているため反対に遠のいてく。
その僕たちの動きに並走するようにバックで走る周りの車たち。
「ないるわがみき、かん~な(な~んか、気味が悪いな)」
車の運転手たちが真正面を向きながらも、車体は後ろに進んでいく光景は傍から見るとシュールだ。
色がモノクロで、運転手たちが無表情なのも不気味さを加速させる。
「フフ、確かにね。まあでも心配しないで。ゾンビみたいにいきなり襲ってくるようなことはないから。彼らの時間軸がわたしたちの時間軸に干渉することはない」
「どけだんいたりしくしわくとっもとこのとーげねれむいた。さどけだかとくじんかじのそ(その時間軸とかだけどさ。タイムレネゲートのこともっと詳しく知りたいんだけど)」
「そうね。まず初めに説明すると、この世のありとあらゆる物に時間という概念がある。生き物はもちろんのこと、無生物にも。氷が解けて水になる――。熱された卵が凝固し、ゆで卵になったりみたいな」
「よるかわくなとんなはれそ(それはなんとなくわかるよ)」
まるで理科の授業のような講釈を垂れるメリアに、僕は返事をした。
「時間は何物にも勝る概念。でも、そんな時間よりもさらに上を行く存在がある。それは世界――。もっと広義に扱うなら宇宙になるんだけど、まあそれだと壮大すぎてわかりづらくなるだろうから省くわ。生物は世界と言う大きな箱庭の中で、各々が観測し暮らしている。机の上で本を開き貪欲に知識を蓄える者もいれば、一心不乱に体を動かし自身の肉体を鍛え上げる者だったり、あるいはただ何もせず堕落に生きる者まで。人それぞれ千差万別の時を過ごす」
「んう、う(う、うん)」
ヤバイ……。そろそろ頭がパンクしそうだ。
「時間はあくまで、生物や無生物が辿りつく個々の過程。時の流れが変わろうと世界そのものが変わるわけではない。もし変わるのだとしたら、それは世界ではなくて個人。何故なら世界の形は一つしか存在しないから」
「いならかわりぱっさかだんながにな(何が何だかさっぱりわからない)」
脳のキャパがとっくに超え、僕は考えるのをやめた。
「まあ、一言で言うと世界は単一。パラレルワールド(平行世界)なんてものはありませんよっていう話」
「よてしなはくすやりかわとっも、とこなんそだん~な(な~んだそんなこと? もっとわかりやすく話してよ)」
「詳しく知りたいって言ったのあんたでしょ……」
吐き捨てるようにメリアが言った。
「のるなうどてっいかせのとあたっどもをきとがくぼ、さあゃじれそ(それじゃあさ、僕が時を戻った後の世界ってどうなるの?)」
「何も変わらない。また同じような時を過ごす」
「のなうそ、っえ(えっ、そうなの?)」
「さっき言ったでしょ。世界は変わらない不変なもの。変わるとしたらそれは個人。本来、人に流れ感じる時では太陽は東から西に沈み、秒針は右から左へと進む。それがこの世の理。でもその理を大きく変える力、それが……」
「とーげねれむいた(タイムレネゲート)」
「決めゼリフ反対にして、しまらなくするのやめてもらえる?」
「んめご、んめご(ごめん、ごめん)」
「何か腹立つ謝罪ね。まあ、いいわ。とにかくわたしが言いたいのは、この時間の逆行はあくまで個人間だけ。つまり世界そのものではなく、わたしと直也だけが時を遡っていることになるの。巡行に進んでいる世界から外れ、わたしたちは言わば世界から取り残されてる状態。このモノクロの世界がそう。周りを逆走している車や人はハリボテみたいなもの。そして、これが一つ目のリスク」
「クスリ……(リスク……?)」
「ん? 頭でも痛いの……? あぁそっか、リスクね。そう、今わたしたちは世界から外れている状態。タイムレネゲートは人間とそれに携わる天使だけを逆行させ、その後、巡行する世界に戻す力。もし、世界に戻るタイミングを間違え逃したりすれば直也。あなたは誰も存在せず、何も進まないこの白黒の場所に一生囚われることになる」
「でじま(マジで……!?)」
「そう、大マジ。まあやり方やタイミングはおいおい話すとして、今わたしたちが気をつけなければいけないのは二つ目のリスク……」
メリアの話に耳を傾けるながら、僕は内心狼狽えていた。
だって、そうだろ……? もしミスったら、僕はこの何もない無味乾燥なモノクロの世界にずっと閉じ込められてしまうんだぞ?
人とも接せず――老いることも死ぬこともない、ただ戻っていくだけのこの世界に置き去りにされでもしたら……。
あぁ……、考えただけでも恐ろしい。間違いなく廃人確定コースだ。
僕は周りを見渡す。相も変わらず、三車線の上を車だけがまばらに走る景色。モノクロなせいですれ違う車体にも白、黒、赤とまるで色のバリエーションが少な……。
「んう?(うん?)」
思わず僕は後ろを……いや、メリアの背中からひょっこりと顔を出し前の方を覗いた。
僕の見間違いか? 今、僕たちの隣を赤色のスポーツカーが横切った気がするんだが……。
クソッ、見失った。幻覚でも見たんかな?
だってありえないはずだ。この世界の色は全て白黒。
赤色のものなんて存在するわけない。
空だって、ほら……。
「れあ?(あれ……?)」
見上げた空は黒く暗い。だが、真っ暗闇と言うよりかはどこか青みがかった、それはいつもよく見る都会の夜空さながらの光景だった。
「よいしかおかんな、ありめ(メリア、何かおかしいよ)」
湧きあがる不安を、そのままメリアにぶつける。
「思ったより、早かったわね……」
しかし、そんな僕の気持ちなどおかまいなしに、メリアが一人でボソっとつぶやいた。
「直也、今からちょうど起きるのが二つ目のリスク。それは、意図しない巡行と逆行の交わりよ」
メリアがそう言った直後、世界にまた色が戻った。
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