4月28日――③
「誰だ、お前ら?」
――悪魔は人間と協力関係になることもある。急に僕らの前に現れたけど、こいつらは何者なんだ? 敵なのか味方なのか、慎重に見極めなければならない。
僕は静かな口調で二人に問いかけたが、彼らからの返事は返ってこない。言葉でダメなら、その人物の表情で読み取ろうにもヘルメットのせいで顔が見えない。
クソッ! 一体、何なんだよコイツらは……!
ただ何も言わず、木偶の坊みたいに扉の前に立ちやがって。
だが、少なくとも柚葉の失踪――つまり悪魔関連の人間であることは間違いない。
じゃなきゃ素性を隠すような恰好をして、こんな場所には来ない。
緊張のせいか、四月終わりの涼しい気候だというのに変な汗が僕の体から流れ出る。
悪魔は人の魂を喰らう。今ここで、僕が襲われるようなことがあっても何らおかしくはない! 何が起きてもいつでも動けるように、まばたきせず、全神経を集中させて僕はじっと二人を睨み続けた。
「イバ……」
ん? 今、何て言ったんだ。突然、黒いライダースーツの二人組のうちの一人が――イバと言い出すと、ゆったりとした動作で後ずさりしだす。
しかしこれは、僕の聞き取れた範囲で文面はまだ続いてるような様子だった。
――イバの続きに何か言ってたみたいだが、生憎僕の耳で捉えれたのはここまでで多分、そんなに長い言葉じゃないんだろうけど。
そう考えていた次の瞬間、先ほど謎の文言をを話していたライダースーツをの一人がきびすを返すと、僕らに背を向け走り出した。
あいつ、まさか逃げる気か!?
「逃がさない……」
刹那――メリアが低く抑えた声でつぶやくと、ものすごいスピードでドアに向かって走り出した。追いかけて、捕まえるためだろう。
ただ、扉の前にはもう片方のライダースーツの奴が。
こっちは逃げだそうとする気配はなく腰に手を当て仁王立ちする気配から、むしろメリアを迎え撃つような素振りだった。
メリアは走りながら、着ているカーディガンを脱ぐとそれを正面のライダースーツの奴に向かって投げた。
飛んでいった服を、自身の相対する者がヘルメットの前で片手でキャッチした次の瞬間、彼女は天井にギリギリ届くんじゃないかという高さまで跳躍しだした。
すごいジャンプ力だ。大人一人分の高さは優に超えているぞ。
もし陸上競技に出ようもものなら、数々の女子中学生記録を更新しそうだ。
いや、違う。メリアはただの中学生ではない。天使だ――。天使は、僕が生まれるよりはるか前から悪魔との戦いの歴史があると彼女は言っていた。
もしかすると彼らは、人間の持つ身体能力をはるかに凌駕する肉体スペックを保持しているのかもしれない。この跳躍力がその証左だ。
メリアはライダースーツの奴が服を払いのける隙に、そいつを飛び越えて外に出ようとする魂胆なのだろう。しかし、少し遅かったみたいだ。彼女がドアの前に着地した瞬間には、カーディガンは払いのけられ地面に投げ捨てられていた。
メリアを抑えようと、黒いグローブの手が彼女の肩に差し迫ろうとしていた。
「しまっ……」
その時だった。ライダースーツの奴のヘルメット前にいきなり、メリアの着ている紺のカーディガンが出現したのだ。
服で突然、視界が覆われたせいかメリアを見失ったようで彼女はその隙に小屋を飛び出し、もう片方を追いかけるため走り去っていった。
しかし、なんでまた急に……。僕はさっき服が投げ捨てられた地面を見ながら、カーディガンがヘルメットの前に現れた理由を考える。
ん? さっき……。――天使は時を戻す力を持っている。メリアはカーディガンの時を投げ捨てられる前、ヘルメットに飛んできた瞬間まで戻したのか!
追いかけようとしているのか、メリアに出し抜かれたライダースーツの奴が僕に背中を向け始めた。
「待てよ」
すかさず、僕は呼び止める。――いや、待てよって。言ってから僕は後悔した。
何かバトル漫画の主人公のピンチにライバルが駆けつけた時に言うセリフみたいなことを吐いてしまったが、僕はただの中学生だぞ。
先ほどのメリアを見るに、天使は人間を優に上回る力を持っていると思っていい。
それと対をなす悪魔となると……。
もし今、目の前にいるライダースーツの奴が仮に悪魔だとすれば、果たして僕は無事で済むのだろうか。呼び止めたのはまずいんじゃ……。
中学三年間、帰宅部。体育の成績は2を超えたことのない、万年運動音痴の僕が悪魔とサシで相対するこの危機的状況。
いや、怯むな僕! ピンチはチャンスになると某有名野球選手も言っていた。
わざわざ相手からやってきたんだ。僕がここでこいつを捕らえることに成功すれば、柚葉のことを聞き出し救い出せることができるかもしれない。
――やってやるぞ! 柚葉が失踪してからようやく現れた手がかり。僕は拳を強く握りしめる。
「柚葉はどこだ?」
静かな口調で僕はライダースーツの奴に問いかけた。
だが、相変わらずウンともスンとも言わない。フルフェイスを覆っているせいで、表情から何を考えているか読み解こうにもできなかった。
こうなったらもう、力づくで聞いてやる。先手必勝!
僕は拳を構え、どっしりと立つライダースーツの奴に向かって走り出した。
喧嘩なんて生まれてこの方、僕は一度もしたことがないからセオリーなんてのはわからない。だからとりあえずやってみるのは、一番効きそうな――僕の利き腕から繰り出す右ストレートだ!
「はぁ!」
気合一発、僕はライダースーツの奴の懐に飛び込むと同時に右腕を振りかぶる。
が、攻撃は失敗に終わってしまった。目の前の敵はひらりと拳を簡単によけると僕の腕をつかんだ。
そのまま奴は僕の腕をつかんだまま、こちらに背中を向けると僕の全体重がおんぶされるような形で相手へとのしかかる。
やばい! とっさに思った時にはすでに遅かった。足が地面から離れ、僕の体が宙に浮くと次の瞬間、僕の背中が物置小屋の固い床に勢いよく叩きつけれた。
「いってぇ!」
僕はお手本のような背負い投げをモロに喰らってしまった。
背中にジンジンと猛烈な痛みが走る。
「クソッ……!」
赤子の手をひねるというのは、まさしくこういう時のことを言うのだろう。
まるで歯が立たない。十回挑んでも十回負ける――そんな敗北感にさいなまれる。
ライダースーツの奴は、地面に伏す僕を見下ろすかのように立っている。
掴んだ腕を離すと、汚れを落とすかのように手をパンパンと叩いた。
この程度は朝飯前だと言わんばかりに。僕のことは眼中にないってか?
――見下しやがって! せめて一矢報いてやる!
僕はすかさず立ち上がると、ライダースーツの襟元を強く握りしめた。
僕がすぐに起き上がると思っていなかったのだろう。虚を突くような形で僕は掴むことに成功した。
この後はどうするか。このまま首元を抑え、相手に息ををできなくさせるか?
いや、無理だ! 相手は中学生を簡単にぶん投げることができるんだ。
どう見たって力はむこうのほうがはるかに上。
しかし、僕には考えがあった。というのも僕は、はなからライダースーツの奴と取っ組み合いをするつもりはない。狙いは首の上――。僕は奴の顎付近に手を伸ばす。
「なっ!」
ハッ! 窮地になって、ようやく声を出したな。だが、もう遅いぞ。
そうだ、僕の狙いはお前のヘルメットだ。そのフルフェイスを剥ぎ取って、お前が誰かを認識する。
素顔がわかれば、後はメリアと合流して彼女と一緒にお前を追い詰める。
例えどんな傷を負っても、お前の顔だけはこの目に焼き付けてやる!
伸ばした手が奴のヘルメットに触れかかる寸前だった。
「うおっ!」
突然、体のバランスが崩れると、僕はいつの間にか物置小屋の天井を見上げていた。
こいつ、僕の足を引っかけやがったな! 重力にあらがえる人間はこの世に存在しない。なす術もなく僕はまた再び後ろに倒れてしまう。
せめて、顔だけは……! 倒れる間際、僕は腕を必死に伸ばした。
だがヘルメットにはギリギリ届かず、触れたのは奴のライダースーツの胸部付近。
「お前は!?」
その瞬間、黒いグローブの握りこぶしが、眼前に飛んできたのは最後に覚えている。
痛みは感じなかった。奴にぶん殴られ、意識を失ってしまったことを僕は後に知ることになる。
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