4月28日――①
ジリジリジリ――。
頭がぼやける中、煩わしい機械音があたりに鳴り響く。
眠いし、なんか寒い……。僕は毛布の端っこを掴むと首元までそれをたぐり寄せ、布団の中にくるまる。
ジリジリジリ――。
うるさいな……。相変わらず、一日の初めに聞くに堪えない轟音だ。
誰だ? 朝っぱらからこんな爆音を鳴らしているのは……。
いや多分、僕だ。
昨日、スマホで設定しておいたアラーム音が、僕の安眠を平気で妨げる。
僕は右手を伸ばし手当たり次第に畳の床を触れまくると、手に何かがぶつかった。
スマホだ。僕はすかさず携帯の通知画面から停止ボタンを押すと、不快な音は収まり外で鳴く小鳥のさえずりが聞こえるほどあたりは静寂になった。
ふと、眠い目を薄目に開け、画面右上に示されるアナログ表示の時間を覗いてみる。
07:40――。
学校が始まるのが確か八時十五分で、婆ちゃん家から歩いて大体三十分。
うん、待てよ……?
「ヤバい! 遅刻だ――――!!」
僕は布団からすぐに飛び起きた。
顔を洗い歯を磨いたら速攻、制服に着替える。優雅に朝食を取る時間はない。
走ってギリギリ間に合うかどうか。僕は大慌てで、二階の階段を駆け降りる。
「あら、直也」
玄関で靴を履こうとした僕に、婆ちゃんが居間からひょっこりと顔を出した。
婆ちゃん家の玄関と居間はふすま一枚しか挟まない吹き抜け構造なのだ。
「忘れ物はもう持ったの?」
忘れ物? 僕はこういう日に備えて、学校の準備は余裕ある前日の夜に済ませる。
多分、大丈夫だと思うけど……。
「うん、大丈夫」
しかし、今は考える暇はない。
僕は急いでるため、婆ちゃんに適当な返事をするとすぐに家を出た。
学校に着くと、教室ではある一つの話題で持ちきりだった。
理科室の爆発だ。クラスメート曰く、漏れ出たガスに火が引火したのが原因らしい。これらは全部、ぼっちである僕が嘘寝をした時に聞いた内容だ。
損壊が酷いらしく、理科室はしばらく使えないとのこと。
クソッ! 僕の当たりの授業が……。でも幸いにも、あれだけのことがあって死傷者はゼロだと言う。
よかった。あの名前も知らない赤い髪の女の子。どうやら無事なようだ。
僕は昨日、彼女と約束した。――昼休み、学校の中庭に来て――と。
彼女に会いたい。早く昼になってくれ!
昼休みのチャイムが鳴った。
国語の授業が終わり担当の先生が教室を後にすると、クラスメートたちが各々持ってきた弁当をカバンから取り出し、それぞれ仲のいい友人たちと席を囲みだす。
僕はそんな彼らに目もくれず、教室を飛び出した。目的はただ一つ、昨日理科室にいた赤毛の女の子に会うためだ。彼女は十二時に中庭に来てくれと言っていた。
一体、中庭で何を話してくれるのだろうか? それに、あの重傷に理科室での爆発。死傷者はいないと言っていたが、本当に彼女は大丈夫なんだろうか?
気になることが多々ありすぎる。だが、僕は行かなくてはならない。全ては柚葉を探し出す手がかりを掴むために!
中庭はすでに昼休憩の生徒であふれ返っていた。
校舎に囲まれるように生える天然芝生の空間。中央にそびえたつように伸びる巨大な一本のカシノキが目印のこの場所は、学生たちの密かな人気スポットだ。
まだ昼休みが始まって五分と立っていないのに、ベンチはほぼ満席だった。
内訳のほとんどが同性の友達同士で埋め尽くされてるが、中には男女二人が隣に座って互いの弁当を箸でつついてる姿もチラホラ……。
クソッ! リア充、〇ね!
カシノキから少し離れた、校舎の影で暗い日当たりの悪いベンチに僕は一人座った。
コンビニで買っていたあんパンの袋のつつみを破り、かじる。ボッチ飯の極みだ。
「ねえ、聞いた? 今日の数学の小テストの結果」
そんな時だった。僕の隣のベンチに座る二人組の女子たちが何やら話をし始める。
「その話はやめて! うち、めっちゃ点数悪かったんだから。帰ったらママにこっぴどく叱られるわ……」
「違う。オカルト研究部の子よ!」
ん? オカルト研究部……?
「百点満点だったんだって」
「へえ~、すごいじゃない」
「いや、おかしいわ。あの難癖メガネ――佐々木の作ったテストよ。社会は甘くないとか言って、最後にめっちゃ難しい問題を置いて絶対に生徒に百点を取らせないようにする意地の悪いテストなのに満点を取るなんて……。絶対、魔術かなんか使ったに違いないわ!オカルト研究部って名前が付くぐらいなんだから」
「え~、魔術? 今の時代にそんなのある訳ないじゃない。あそこ、ただのオタクの集まりでしょ。普通に徹夜で勉強しただけじゃない? あんたは選択で違う方に言ったから知らないんだろうけど、あの子体育のバスケの時貧血で倒れたのよ」
「何よそれ! それじゃオカルト研究部じゃなくて、ガリ勉研究部じゃない!」
「ガリ勉研究部、おもろ」
僕はこの学校に三年間通っているが、同級生に彼女たちがいた記憶はない。
一つか二つ学年下の後輩ってところだろうか?
しかし思わず、妙な話を聞いてしまったもんだ。
僕の毎日行う机での伏せ寝で得た、人の噂話にこっそり耳を立て聞き取るスキル。
オカルト研究部……。やっぱりあそこには何かある。急成長する苗や、裏がありそうな部長。今聞いたテストの話に、部室に乗り込んできた赤髪の少女。
全ての出来事はあそこに集約している。クソッ! あの子はまだ来ないのか? あんパンはもう食い終わってしまった。なのに、彼女が来る気配がまるでなかった。
もしや! あの約束はドッキリだったのだろうか? 僕は中二の時に一度、クラスで一番かわいい女子に放課後一人で屋上に来てと誘われたことがある。
その当時の僕は、内心ウキウキだった。
何せ、その子は僕の好きな人だったからだ。屋上に着くと僕はその子を待った。十分、二十分、三十分、四十分、一時間……。ただひたすらに待っても彼女は来ない。
『ギャハハハ!』
その時、下の方から聞こえてくる高らかな笑い声。
ふと、気になった僕は校庭を覗き込んだ。
『あいつ、まだ屋上にいんのかよ』
『来るわけねえのにな!』
クラスのカースト上位の陽キャ集団が校庭の端に六人ほど集まり、紙ジュースやコーヒーを飲みながら楽しそうに談笑していた。
その中には、何故か屋上で約束した女の子の姿も。
『あんな陰キャに、おまえはノーチャンスだってのにな』
陽キャのうちの一人がそう言うと、僕が好きなその女の子の頬にそっとキスをした。
『フフ……』
それを受けてまんざらでもない女の子。
この時、僕は理解する。彼らにからかいを受けたんだと……。
きっと、あの赤髪の女の子もそうなんだろう。
人を期待させるだけさせて、冴えない僕の心を弄ぶために、あんな約束を……。
だから、人間は嫌いなんだ! 何のためらいもなく平気で人を傷つける!
柚葉のことで夢中になって忘れていたが、他人何て初めから期待するようなものじゃなかったんだ。
飯食ったらさっさと教室に帰るとしよう。人を待つとさっきの不快な記憶が蘇り、気分が悪くなる。僕は二個目のパンの袋を開けた。
クリームパンだ。濃厚なカスタードのつまったパンは、僕が世界で二番目に好きなパンの種類だ。この極上の甘さは、世俗の嫌なことを忘れさせてくれる。
今日のこのパンはいつにもなく甘く美味かった。
「あなた、甘いものばっかでよく飽きないわね」
ふと、僕は顔を上げた。視界に移ったのは、飽きれたような表情で上から僕のことを見下ろす女の子。
「君は!?」
日本人離れした金色の瞳に、ウェーブがかった赤い髪の毛。
一度見たら、忘れもしない! 僕の目の前に立つのは昨日理科室で会い約束した、正真正銘あの女の子だった。
「ほ、本当に来てくれたんだね……?」
ヤベぇ……。緊張でろれつが回らない。何せ十四年生きて、こんな美人と面と向かって話すのは初めてなもんだから、ついどもった口調になってしまった。
「? 当たり前でしょ? 約束したんだから」
そんな僕に対し、赤髪の少女は不思議そうな表情を浮かべる。
どうやら、彼女の中に人をだまし、あざ笑うという概念はなさそうな感じだった。
「隣、いいかしら?」
「えっ!? あ、うん……」
僕はベンチ隣に置いていたレジ袋をどけると、ゆったりと彼女は僕の横に座った。
しかし、本当に綺麗な人だ……。
新雪のように白い肌。近くでまじまじと見て、再び強く実感する。
「何?」
彼女がギロッとした目で、僕のことを睨みつけてくる。
「あ、いや……! 何でもないです!」
僕は大慌てで彼女から視線をそらした。失礼だよな普通に考えて、女の子のことをじっと見つめるのは……。なかなかに気まずい空気が流れる。
「そういえば君、お昼食べたの?」
僕は適当な話題を出した。何とかこの流れを変えようとしたかったからだ。
「いいえ、わたし昼は食べないの」
「えっ!? そうなの……?」
クリームパンを食べ終えた僕は、袋に入る三つ目のパンに触れたところで手が止まった。昼食を食べないなんて驚きだ。ダイエットでもしているのだろうか?
もし、そうならば僕だけ食べるのも何だか忍びないな……。
「別に気にしないで。あなたは食べててもいいのよ」
そう思っていると、気遣いは無用だとばかりに彼女が言った。
「あ、本当!?」
それならば、お言葉に甘えて。僕は袋に入る最後のパンを取り出した。
それは、昼食がパンの時は必ず最後のしめに食べる――砂糖をまぶし、甘いビスケット生地を焼いた表面に格子模様の入るもの。
世界で一番好きな僕のパン、メロンパンだった。
「甘いもの三連チャン……」
メロンパンを口に入れようとした瞬間、彼女は何故か怪訝そうな顔を浮かべながらぼやいた。
ん? 何か僕、変なことしてるのだろうか。ただパンを食べようとしてるだけなのに……。ハッ! もしや……!
「もしかして、食べたい?」
「いらないわよ!」
彼女に怒鳴られてしまった。
空に浮かぶ雲をじっと見つめながら、僕はメロンパンを食べる。
いつもと違って隣には、今まで出会った女の子の中で一番の美少女が。
しかし、さすが陰キャの僕だ。人生でもう二度と訪れることはないだろう、
この奇跡的な境遇でものの見事に彼女と会話が続かない。
コミュ障もここまで極まってくると、さすがに笑えて来る。
いや、笑えねぇ! 僕は何のために今、この場所にいるんだ?
デート気分で惚けながら、のんきに飯を食うためか?
違う、柚葉のためだ! 柚葉を探す手がかりを見つけるために僕は昨日、彼女とここで会う約束をしたんだ。会話の流れ? 知ったこっちゃない!
今から無理やりにでも柚葉のことを聞くぞ。
「あのさ僕、妹がいるんだけど連絡が取れないんだ。君、何か知って……」
「妹さんは
「!?」
僕の問いかけに、きっぱりと言い切って答えた赤髪の少女。
やっぱり彼女は柚葉の失踪のことにして何か知っているのか?
もしかして、この子がこの事件の黒幕……!
いや、それはない。仮にそうだとしたら、柚葉の親族である僕の前に現れる理由がない。いたずらに疑われるきっかけを作るだけだ。
彼女はおそらく僕の味方と考えていい……。
というか、そう思えないとやっていけない。
何せ、今の僕には柚葉の手がかりの手の字もないんだ。
信じよう……、彼女のことを。傷つくことを恐れて、一歩踏み出せなければ何も事態は始まらない……! 中二の時のトラウマは、今日ここで卒業だ!
彼女が言うには、妹はまだ大丈夫だとのこと。ん? まだ……?
「まだって、柚葉は何か危ない目にあってるのか!?」
「ええ、とてもね……。早く、行動に移さないと手遅れになってしまうわ」
神妙な面持ちで彼女が話す。
「あなた、今日予定ある?」
「え? 特にないけど……」
「そう……。なら放課後、体育倉庫――隣にある物置小屋に来て」
「別にいいけど、何で?」
「妹さんの失踪には、オカルト研究部が関わってる」
「なっ! それは本当なのか!?」
僕は思わず立ち上がって、彼女に聞き返した。
「ええ。物置小屋は美術部や科学部以外にも、オカルト研究部が使うものも保管している。妹さんに繋がる手がかりが見つかるかもしれない。探す人手は多いに越したことはないわ。あなた来てくれる?」
「もちろんだ! ホームルームが終わったら秒で飛んでいくよ!」
「そう、ありがとう」
彼女が僕に感謝を述べると、席を立った。
「あ、待って!」
その場を立ち去ろうとする彼女を、僕は呼び止める。
「僕、直也。星川直也。君、名前は?」
「メリア」
やっぱり日本の人じゃないんだろうか。赤髪の少女は自身をメリアと名乗ると、僕に背を向け中庭から去っていった。
教室のドアを開け、クラスへと戻った僕。窓際の自分の席へと戻ろうとした時だった。
クスクス――。
部屋中から聞こえてくるひっそりとした笑い声。いや、声だけじゃない。
クラスメイト達から浴びせられる無数の冷ややかな視線が、僕の方へと向けられていた。
「何だったんだろう? さっきのあれ」
「やってること小学生みたい」
女子たちが僕に聞こえないようにヒソヒソと話してるみたいだが、聞こえるんだよクソッ!
なまじ僕は無駄に耳がいいからな。しかし、一体僕が何をしたってんだよ。
教室の外に飯食いに行くのがそんなにおかしいことかよ!
はぁ、まったく……。意味もなく人から笑われる。これだから陰キャは生き辛え……!
***
「起立。気をつけ、礼」
日直の挨拶をもとに、教室にいる生徒全員が一斉に担任教師に向かって頭を下げると、帰りのホームルームが終わった。
「ねえ。この後、カラオケ行かない?」
「オッケー、いいよ」
遊びの約束をつける女子たちや――
「うぇ、塾だりぃ……」
「サボったら?」
「いや、これ以上サボると親にどやされる」
憂鬱な表情を浮かべ友人に愚痴る男子など、同級生たちの反応は多種多様だった。
僕は誰とも話すことなく、手短に帰り支度を済ませ外に出た。
廊下でたむろする、家路や部活動に向かう生徒たちを尻目に、僕は早足で歩く。
――放課後、物置小屋に来て。
昼休み、中庭でメリアが言っていたこの言葉。
彼女が言うには柚葉の失踪にはオカルト研究部が関わっているとのこと。
柚葉の手掛かりを探すべく、僕はメリアと物置小屋で落ち合う約束をした。
待っていてくれよ、柚葉。
絶対に兄ちゃんがお前を見つけ出してやるから、それまでどうか無事に……!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます