4月27日――②

 やっぱ気になるよな、あの女の子。制服姿だったから、多分この学校の生徒なんだろうけど。にしても、綺麗な人だったな……。

 いやいや、容姿に惚けてるんじゃないぞ僕! そう、あの子が言っていた――これ以上の犠牲。この言葉にどう意味がある? 彼女を探して問いたださないと……!


 しかしなかなか見つからない。もうとっくに帰っちゃったのかな……。

 僕は赤髪の子に会うため、校舎の中をひたすら歩いていた。廊下の窓から外を見ると、あたりはすっかり真っ暗になって……。


 ん、真っ暗……? やばいかも! 僕は慌ててスマートフォンの電源をつけた。

 オーマイ、〇ァック――なんてことだ! 気づけば時刻は七時四十分。

 六時の門限をとうに過ぎてしまっていた。着信やらメールやら十件以上の通知が入っている。全部、母さんからだ。


 ヤバイ……。家に帰ったら、間違いなく雷だ……。

 僕は母さんに――今、帰っていると簡単なメールを送り、スマホの電源を切った。


 しかし、七時四十分か。最終下校時刻まであと二十分……。

 どうせ、今から急いで帰ったところで怒られるのは確定だから、限界まで彼女を探すとするか。


 各学年の教室、音楽室、美術室、家庭科室、技術室。とりあえず、学校にあるほとんどの教室を見て回ってきたが、ものの見事に空っぽで誰もいなかった。

 残るはこの教室――理科室だ。それは科学や化学の時間によく訪れる、様々な実験を行う場所。人によっては当たりの授業なため、好意的に感じることだろう。

 ちなみに僕はけっこう好きだ。


 理科室のドアを開けた。中は電気が付いておらず暗闇に包まれていた。

 僕は扉横のスイッチを押してみたが、明かりはつかなかった。

 もうすぐ消灯するから、ブレーカーでも落としてるのか?


 まあ、いいや。文明の利器でも使うとしよう。

 僕はスマートフォンの電源を付け入口付近に立ちながら懐中電灯代わりに軽く、教室の中を照らしてみた。


 ――これは、一体!? 驚くことに教室の中は酷く荒れ果てていた。

 まるで巨大地震でも起きたかのような散らかりよう。

 理科室特有の背もたれのない四足の木製の椅子が、たくさん床に倒れていて、中には机の上に打ち上げられているものもある。

 ビーカーやフラスコといった様々な実験器具の入った棚のガラスは、強盗に押し入られたのように割れはて、足の踏み場もないほどにガラスの破片があたり一面散らばっていた。


 何かとてつもないことが起きたに違いない。

 物わかりの悪い僕でも、この惨状を見れば一目瞭然だった。


 ゴトッ!


 ん? 何か、倒れるような音が聞こえてきたぞ。

 誰かいるのか? 恐る恐る僕は中へと足を踏み入れた。

 ガラスが上履きの底を貫通しないよう、慎重にゆっくりと足を踏み進める。

 ザクッザクッと破片の砕ける音が夜の教室に鳴り響く。


「フフッ、まるで夜間警備員ね……」


 この声は!? やっぱり誰かいるに違いない。

 声は右の方から聞こえてきた。僕はその方向中心に携帯の光を向ける。


「ッ……まぶしい」


 すると、光がある人物を捉え照らし出した。

 この子は……!? 一度、見たら忘れられない。赤い髪に金色の瞳を持つ少女。

 夕方に突如、オカルト研究部に乱入してきた女の子だった。


 しかし、この姿は何だ!? 光が写した彼女を見て、僕は驚いた。

 彼女は頭から血を流し壁にもたれかかっていたのだ。酷く衰弱した様子で、滴る血が白のワイシャツを汚している。


 血を止めないと……! 医療の心得の――いの字もないがとっさに思った僕は、彼女の元へ駆け寄ろうとした。


「近づかないで!」

「ウッ……」


 すさまじい声量だ。まるで女の子を襲おうとする変質者に向かって叫ぶような言い方だ。あまりの迫力に僕は思わず、足が止まってしまった。


「まったく勇気があるんだか、ビビりなんだか……」


 独り言を言ってるのか、彼女は何やら一人小さくぼやく。


「ねえ、あなたはタイムレネゲート?」

「ん、何? タイムレモネード?」


 今、彼女はなんて言ったんだ。聞きなれない言葉で僕に問いかけてきた。


「フフッ」


 すると、彼女は突然小さく笑いだした。何もおかしなことは言ってないのに。


「あの……君、頭大丈夫?」

「何、わたしの頭がおかしいってわけ……?」


 微笑んでいたの束の間、赤髪の少女はムスッとした顔で僕のことを睨みつけてきた。


「あ、いや違うんだ! 中身の問題じゃなくて外側の話さ!」


 ダメだ。完全に誤解されている。別に彼女を小馬鹿にしようと思ったわけじゃなく、流血していることを純粋に心配しただけなのに。

 まあ正直、突然笑い出したところは中のほうもちょっと心配したんだけど……。


「そう、だったらいいわ」


 よかった。誤解は解けたようだ。


「ねえ、協力しない? わたしは、あるとてつもなく重大な問題を解決したい。そのためには直也、あなたの力が必要なの」


 問題!? それって……。


「柚葉の失踪のこと!?」

「ええ、それも含まれるわ。でも今日はダメ。明日の昼十二時に学校の中庭に来て。今日はもう帰って」

「帰ってって言われても……」


 血を流し、もたれかかる彼女を置いては帰れなかった。


「わたしなら大丈夫だから……」

「本当に? 肩だけでも貸そうか?」

「大丈夫って言ってるでしょ!!」

「ヒィッ!」


 喉の奥から変な声が出た。

 こいつ、母さんよりおっかねえぞ。あんまり刺激するとえらい目にあいそうだ。


「じゃあ、帰るよ?」


 ドアの取っ手を掴みながら恐る恐る、僕は彼女に問いかけた。


「ええ、早く行って……!」


 赤髪の少女は眼力鋭い視線をこちらに向けてくる。

 これ以上、ここに残ってても母さんよりおっかなそうなのに詰められそうだ。


 ん、母さん……? ヤベェ! 早く、家に帰らないと……!

 僕は急いで理科室から出ていった。



 僕は猛ダッシュで学校を後にし、校門の前までやってきた――その時だった。

 突然、耳をつんざく様な轟音があたりに響きわたった。僕は思わず、音がした後ろのほうを振り返った。


 燃えていた。学校の教室の一部分から火が上がり、灰色の煙がモクモクと立ち込めていたのだ。

 いや、待ってくれ! あそこは確か、理科室じゃなかったか?


 すると、何事かと近隣住民やら教師やら野次馬がぞろぞろと校門に集まりだした。           

 カメラを向けて動画を取るなり、電話をかけ消防や警察に連絡する者など、反応は十人十色だ。


 クソッ! あの赤髪の女の子――。とっても心配だ。

 でも映画の世界じゃないんだから特殊な訓練を受けていない僕が行ったところで、ミイラ取りがミイラになるのは文字通り火を見るよりも明らかだ。


 ただただ僕は、彼女の無事を祈った。



「何時だと思ってるの、直也!」


 自宅リビングに帰ってきた僕に待っていたのは、母さんのすさまじい怒声だった。


「ごめんなさい。柚葉のことについて人に聞いて回ってたら、つい……」


 素直に僕は母さんに謝った。


「聞いて回ってた? 人付き合いの苦手なあんたが!? 本当のこと、白状しなさい!」

「ウッ……」


 母さんの説教は、いつも以上の迫力だった。

 確かに時間を破った僕が悪い。ただ日頃の行いなのか、自分がやったことを信頼されず、血を分けた肉親に嘘つき呼ばわりされたことに僕は少しショックを受けた。


「よせ、近所迷惑だ」


 すると父さんが、遮るように言い切った。


「確かに約束は破ったが、直也帰って来たんだ。これ以上、問い詰めたところでどうにもならないだろ」

「直也は!? 柚葉はどこ行ったのよ!」

「俺が知るわけないだろ……」

「何で、あんたはそんな冷静でいられるわけ!? 柚葉のこと心配じゃないの!」

「何だと? 心配じゃないわけないだろ! お前、少しおかしいぞ」

「おかしい!? 娘が二日も帰ってこなきゃ、おかしくなるのが親ってもんでしょ! 鉄仮面のあんたに言われたくないわ」

「お前……今、自分がなんて言ったかわかってんのか?」


 あまり見たくない光景だ。両親のマジ喧嘩は……。

 しかもその原因が、僕や柚葉といった子どものことに関してであればなおさらだ。


「直也、今日は婆ちゃんの家に泊まっていけ。場所はわかるな?」


 不意に父さんが僕に言ってきた。


「えっ、わかるけど何で?」

「察してくれ……。お前は今日、この屋根の下で寝たいのか?」

「それは……」


 この後にもっと凄まじい両親の言い合いが始まるという、父さんからの忠告なのだろうか。

 確かに喧嘩は見たくないし、そもそもしてほしくない。

 でも僕が今、この家に残っても何もできることなんて……。


「わかったよ……」


 僕は二階に上がり自分の部屋へ着替えを取りに戻ると、制服姿のまま家を出ていった。



「そう……。直也、あんたも大変ねえ」


 畳の上で湯呑に入ったお茶を婆ちゃんが飲み干すと、こたつの上にそれをそっと置いた。


「うん。柚葉がいなくなってから、母さんも父さんもギスギスしてきてね」


 婆ちゃんは、僕が夜に急に押しかけてきたとういうのに嫌な顔一つせず受け入れ、家に招き入れてくれた。

 僕の愚痴にも一つ一つ丁寧に耳を傾けてくれ、ちゃんと話を聞いてくれる。


「直也、気を使う必要はないさ。あんたはまだ子供なんだから、親の顔色なんて伺う必要はないよ」

「え?」

「あんたは賢くて優しい子だからね。相手を思って自分を押し殺してしまうところがある。もっと自分のために生きていいんだよ。耐える必要はない。時にはぶつかったんていいんだ。もしそれで周りの人たちが敵になっても直也、婆ちゃんは最後まであんたの味方だから」

「うん、ありがとう」


 世界で一番優しい人物は婆ちゃんと言っても過言はない。両親が仲違いし、柚葉もいなくなって気落ちする僕に叱咤激励の言葉をかけてくれた。


「明日も学校だし、僕もう寝るね。おやすみ、婆ちゃん」

「ああ、おやすみ、直也」

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