4月27日――①
結局、柚葉は朝まで帰ってこなかったようだ。
僕が朝起きてリビングに降りた時に見た両親の様子でなんとなく察しがついた。
特に母さんの顔色はかなり悪い。
心配で一晩中涙を流していたのか、目元が腫れ大きなクマができている。
相当堪えてるようだ。このままほっといて大丈夫かな……?
「直也、ちょっといいか」
ソファの上で憔悴しきってる母さんをよそに、父さんが小声で僕に話しかけてきた。
「母さんが心配だから父さんは今日、午後から会社に向かう。お前は普通に学校に行って、いつもどおりに過ごしてこい。それと、もし余裕があるなら柚葉のことについて学校の人たちに聞いて回ってくれると嬉しい」
「えっ? あ、うん……」
父さんの急な言葉に、思わず二つ返事をしてしまった。
――人に物を聞く。僕がこの世で最も苦手なことの一つなのに、つい安請け合いしてしまった。
「あと、もう一つ。これは絶対に守ってほしいことなんだが、今日は寄り道せず、真っ直ぐ帰ってこい。柚葉だけじゃなくお前まで遅いようなことがあれば、母さんは限界を迎えてしまう。俺もなるべく早く、家に帰るから」
「うん、わかった」
これなら大丈夫そうだ。何せ僕は部活動もやってないし、友人もいないから家には真っ直ぐ帰る。約束を反故にすることはないだろう……。
と、今朝までの僕はそう思っていた。
朝のホームルーム前、みんなが楽しそうに話している一日の始まりを邪魔してはいけないだろうと聞くのを断念。
授業と授業の合間の五分休み。次の授業の準備だったり、少ない時間で友人同士が盛り上がってるところに水を差してはいけないだろうと、また断念。
昼休み。みんなが和気あいあいと飯を食べている輪の中に入っていけず、これまた断念。
気づけば夕方――。教室にいるクラスメートたちは各々、部活なり帰路に着くなりしに行き、あっという間に今日の一日が終わってしまった。
クソッ……! 手がかりの手の字も掴めなかった。
僕の致命的なボッチ気質とコミュ障のせいで!
何でみんな、あんな堂々と心を開いて人と仲良く接することができるんだ?
どうしても僕は他人とは心の中に壁一枚を隔ててしまう。
それを取っ払わなければいけないのは充分自分でも理解している。
ましてや今、自分のたった一人の妹の行方がわからない。
色んな人に聞いてたくさんの情報を集めなければいけないというのに……!
よし、腹をくくるぞ。オカルト研究部だ。あそこに行けば、柚葉の知り合いもたくさんいるに違いない。うじうじするのは今日で卒業だ!
美術室では十人くらいの生徒たちが黙々と油絵を描いていた。
その比率は九割が女子だ。
しかし、絵描けるやつって本当すごいと思うよ僕は。
にわとり一つ――僕が描けば、世界中の図鑑にも載っていない新種のキメラが出来上がってしまうからな。
自分の頭の中にあるものを視覚的に表現するなんて僕には到底できそうにない。
いや、そんなことよりも……! 僕の目当ては彼らではない。
美術室のすぐ隣にある小さな部屋。僕が普段、五教科の授業を受けてる教室よりもはるかに小さそうなその場所。ここがオカルト研究部の部室とのことらしい。
僕はスライド式のドアの取っ手を掴むと左に引き、扉を開けてみた。
そこは一言で表すならジメッとした空間だった。
窓がなく古い蛍光灯が照らすその部屋はどこか薄暗く、美術室の保管庫の側面としてもあるのか大量の段ボール箱が所狭しと積まれている。
部屋の中央に置かれた縦長の机に座る四人の生徒と、その机の周りを回るように練り歩く女子生徒が一人。四人の生徒はそれぞれ二人組に分かれて隣り合うように座り、何やら作業をしていた。
「ねえ、この問題って明日出るのかな?」
二人の女の子が机にノートを広げ、勉強している様子だった。
二年次とは違ってどこか幼さを感じる彼女たちは、柚葉と同じ新入生なのだろう。(ちなみに去年出来たばかりの部活動だから三年生はいない。)
しかし、これだけ見るとただ自習しているだけのように思えるのだが……。
「ええ、出ますよ」
その子は美しい鈴の音のような声の持ち主だった。
黒い髪をロングにおろし、キリッとした目を持つ容姿端麗な女の子――。
一人だけ立って他の四人を見回っている彼女が、優しく勉学に勤しむ女の子の肩をポンと叩く。
「あなたにテスト後に復習する習慣があれば、ノートは未来を写しあなたの求めに答えてくれるでしょう……」
「はい、白石先輩!」
肩を叩かれた女の子は羨望の眼差しで、その白石という女子生徒を見つめていた。
「うおー、来た来たコレ!」
ノートを広げる女の子たちと向かい合って座る二人組の男子生徒。
その内の一人が興奮したように声を上げた。その男子生徒の机の前には、小さな苗の入った手のひらサイズの植木鉢が置かれていた。
すると次の瞬間、苗が急にグングンと成長しだしたのだ。
まるで、生物番組のドキュメンタリーでカメラが早送りで写すような姿だった。
メキメキと茎が上へ伸びていき、ついには小さな葉っぱも開きだした。
美術室隅の小さな保管庫で起こる、おかしな言動と現象。
それは、オカルト研究部という名に恥じない活動内容だった。
しかし、ノートが未来がうんぬんかんぬんは置いといて苗のほうは何だ?
植物ってこんな短時間で急成長するもんなのか? 手品師が突然出す鳩は訓練されていて、服の袖にしまい込んでいると聞いたことがある。
この苗もそういう類か? 品種改良かなんかされていて、種や仕掛けでもあるのか。(ダジャレじゃない。)
もしそうだとするなら、ここはオカルトというよりマジック研究部だな。
「おや、どちら様でしょうか?」
そんなくだらないことを考えていると、先ほど白石と呼ばれていた女の子が、上品な話し口調で僕に尋ねてきた。
彼女の声で僕の存在に気づいたのか、他の四人も作業を止めて視線が僕に一線に集まる。
うっ……。人に見られるのは苦手だ。
動機が高まり、気分が悪くなる。今すぐ扉を閉めて、安全な家路に着きたい……。
僕は再びドアの取っ手に手をかけた。
いや、ダメだ! ここで帰ったら僕は一生臆病者だ。聞くんだ、柚葉のことを……!
「三年生の方ですか。冷やかしなら、ご勘弁願いたいのですが……」
「柚葉について何か知ってますか?」
やべっ! 超変な聞き方じゃねえか。三年生なのに後輩相手に敬語使うなんて。
まあ、いい。この際、人にどう見られるかなんて。どうせ僕の評判なんてたいしたことないんだから。とにかく今は情報を集めないと……。
「え、柚葉ちゃんのこと?」
先ほど白石に肩を叩かれていた女の子が、僕の言葉に反応した。
「ああ。僕は柚葉の兄なんだけど、昨日から柚葉が家に帰っていないんだ」
「!?」
ん? 気のせいかな。今、一瞬だけ白石の体がピクッと動いたような……。
「嘘ぉ! 柚葉ちゃん、家出するような子に見えないんだけど」
「ああ、僕もそう思うんだが」
「おいおい、マジかよ……」
僕が柚葉の同級生と話している最中、ついさっき苗を急成長させていた二人組の男子生徒がヒソヒソし始めた。
「この部活大丈夫か……? これで二人目だぜ……」
二人目……? なんかこの言葉どこかで聞いたような……。
ん、待て――。あれは確か刑事が!
「おい、それってどういう意味だ!?」
僕は後輩の男子に強く詰め寄った。
「あっ……。佐藤のやつ、最近部活に来てなくないか?」
詰め寄られた男子生徒は、隣の友人の顔をチラッと覗いた。
「飽きたんじゃないの? わたし、佐藤先輩が駅前で派手な髪色の女の人と歩いてるとこ見たわ」
「いや、部活どころか学校に来てもないぞ。一週間ぐらい前から、家族も連絡が取れないらしい」
「えっ、佐藤先輩が!」
「うちの部活から二人も消えてるの!?」
何だかとんでもない話になってきたぞ……。四人の話を聞いてみるに、消えたのは柚葉だけじゃなかった。柚葉と同じオカルト研究部に所属する、佐藤という二年生。
彼(彼女?)もまた、ここ最近失踪したというのだ。
なるほどな。昨日の刑事が言っていた含みのある言葉の意味はこういうことだったのか。しかし、だとしたなら。この学校で何か、よからぬことでも起きているのか?
いや、そうじゃなくてこの部活内だけの……。もっと局地的な話なのかもしれない。
「なあ、白石。お前、佐藤と仲良かったろ? 何か聞いてることあれば……」
「今日の部活はこれで終わります」
すると突然、白石が僕らの話を終わらせるように端と言い切った。
「え~、先輩。まだ六時になってないんですけどぉ」
「終わりって言ってるでしょ!!」
「!?」
さっきのような、まるでお嬢様みたいな気品ある白石はどこにいったのか。彼女の顔はすごい剣幕だった。
「おいおい、そんな言い方はないだろ? 星川のお兄さんが、心配で俺たちに聞きに来たんだから……」
「だから、知らないって!」
白石はそう言って、男子生徒の前に置かれた苗の入った植木鉢を掴み上げると、勢いよく棚の上に置いた。
柚葉の話になった途端、突然豹変したこの態度。この女、何か知ってるぞ……! 僕はすぐさま問い詰めようとした。
「いいえ、あなたは知ってるわ」
低く冷たい声が、背後から響いてきた。僕が後ろを振り返ると、一人の女の子が立っていた。
その少女は、今まで生きてきた中で見た女の子の中で、最も美しい容姿をしていた。
まだ肌寒い季節。学校指定の紺色のカーディガンを羽織るその女の子は、ウェーブのかかった赤い髪に新雪のような白い肌。
日本人離れした金色の瞳を持ち、まるで鷲が得物を捉えるような鋭い眼光で、白石のことをジッと見つめていた。
「やっと見つけた……。これ以上の犠牲は生ませない! あなたにはいくつか聞きたいことがある」
その直後、赤髪の少女は足取り早く白石に近づくと、彼女の制服の襟を掴み勢いよく引っ張りだした。
「痛い、やめて!」
「ま、待ってくれよ……! 俺らはひっそりと活動したいだけなんだ。サッカーや野球と違って俺らの部活動は必要性がない。喧嘩でもしたら教師に怒られて、廃部になる可能性があるんだ!」
痛がる白石と、そんな彼女に詰め寄る赤髪の少女をなだめる男子生徒。
両者はかなり忙しない様子で訴えかけるが、件の少女は顔色一つ変えることなく、白石をじっと睨みつけていた。
「言わないなら……」
赤髪の少女がそう小さく呟くと、襟を掴んでいない反対の左手で握りこぶしを握った。
「ヒィー!」
恐怖に駆られた白石が悲鳴をあげる。ヤバイ! こいつ殴る気か!? さすがにそれは止めないと……!
「あなたたち、何をしているの?」
いつの間にか、部室の前に一人の女性がやってきていた。
歳は三十くらいだろうか。ヒールを履き黒いスーツに身を包むその女はかなり大きな体をしていた。身長は百七十。
いや、下手したら百八十はいってるかもしれない。黒い髪を後ろに束ねるその姿は、たっぱもあってかなり威圧感がある。
「あっ、城ケ崎先生!」
一人の女子生徒が声を上げる。
先生……? 僕は二年間この学校に通ってきたが、この教師を見たのは今日で始めてだ。今年、入ってきた新任ってとこなのだろう。
「先生この人、いきなり私たちの部室に入ってきて白石先輩を殴ろうとしたの!」
女子生徒は訴えかけるように、城ケ崎という教師に言った。
「!? 何ですって!」
その言葉に強く反応する城ケ崎。
「チッ!」
赤髪の少女は小さく舌打ちをすると掴んでいた手を放し、逃げるように走って部屋から出ていった。
「君もあの子の友人?」
ゲッ! 城ケ崎が僕に問いかけてきた。彼女は僕に向かってゆっくりと手を伸ばしてくる。
すげえ圧だ。これに捕まったら小一時間は説教されそう。そんな圧力を感じる。
「違います、赤の他人です!」
僕も赤髪の子と同じように逃げるように部室を後にした。
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