4月26日――②

「よっしゃ! また、ワンキルゲットぉ」


 僕は自宅自室、モニター画面の前で一人、コントローラーを握りしめながら叫んだ。

 さきほど僕は、今日のオタク趣味はお預けだと言ったな?


 あれは嘘だ――。僕はFPSゲームの魔の魅力に取りつかれている。

 一日、二日ならともかく三日目となると……。

 禁断症状が出て、PCの中に入ってるその基本料金無料のゲームを立ち上げずにはいられない。


「ハハッ!」


 今日の僕は神か? 敵が面白いように溶けていく。今、倒したこいつで十二キル目だ。

 今、僕が遊んでいるのは島に降りた百人のプレイヤーが戦い合い、最後の一人となった者がこのゲームの勝者になる――通称、ドン勝ちを目指して、敵プレイヤーを倒していくモードだ。


 ククク、残り五人。さあて……、残った奴らはどう調理してやろうかな?

 ニヤニヤが止まらない。このキルペースだと、このマッチで一番強いのは、間違いなく僕だ。誰も僕には逆らえない。

 さあ、三日ぶりのドン勝ちを取って、今日の一日は気持ちよく終了だ!


 ドタドタドタ


 足音が響いてくる。僕は去年、婆ちゃんから貰ったお年玉で買った一万円くらいする、ちょっと性能のいいヘッドフォンに耳を傾けると、流れてくる音を逃さないよう意識を集中する。

 FPSゲームにおいて、足音はかなり大事な要素だ。音が出てくる方向から、敵の位置を推測し戦闘に備える。


 今、僕はキャラをしゃがませ、極力足音を小さくしながら、建物の中を索敵している。壁や階段がたくさんあって死角も多い。

 ハイド(待ち伏せ)には気を付けないと……!


 コンコン


 すると、ドアをノックするような音が聞こえてきた。

 

 おいおいマジか! FPSで音を出すのは致命的だぞ?

 僕みたいな猛者ならささいな音も聞き逃さない。

 今の音はさっきの足音よりも大きい。音の方角は僕の後ろ。僕はキャラの視点を一気に後ろまでもっていく。

 

 あれ、いない? 画面には誰も映っておらず、敵プレイヤーがいる気配もない。

 ん? また音が鳴ったぞ。さっきと同じ方向、僕の真後ろから。

 うん、真後ろ……?

 

 僕はモニター画面から目線を反らし、三次元の世界で後ろを振り返った。


「直也、いるんでしょ。返事しなさい!」


 やばい! 母さんだ。

 すぐに僕はマウスカーソルを右上のバツボタンに合わせ、ゲームを終了。

 続けて左下のウィンドゥズマークをクリックし、電源ボタン――シャットダウン。モニターも切る。

 

 そしてすかさず、学校指定のカバンに突っ込んでいた教科書とノートをそれとなく机に適当に広げた後、僕は椅子から立ちあがった。

 

 この間、わずか五秒――。我ながら完璧な偽装工作だ。こうすればはたから見れば、さっきまで勉強してたという風に見える。

 涼しい顔をしながら、僕は部屋のドアを開けた。


「何、夜ご飯なら早くない? まだ六時だし、柚葉も帰って来てないじゃん」


 何食わぬ顔で僕は、ドアの前に立ち尽くす母に声をかける。


「その事なんだけど、柚葉から連絡来てない?」

「え、何で?」

「門限の時間を過ぎてるのにあの子、帰ってこないどころかメールもよこさないの」

「門限って……」


 僕は机の上に置かれた電子時計を覗いた。


「まだ十五分じゃん」


 時計が示していた時刻は、午後――六時十五分。

 うちの門限はその日に何か特別な予定でもなければ、午後六時きっかり。

 つまり今、柚葉は現在進行中で門限を破っているということになる。


 ただ柚葉のやつ、生まれた性別に恵まれたな。

 今の母さんの表情は、怒りよりも心配が勝っている様子だ。

 もしこれが男の僕だったら……、ヒイー! 考えただけでも恐ろしい。

 

 まあでも、思春期の娘を持つ親というのは、それだけ不安に駆られるものなのだろう。この扱いの違いに僕はこれといった不満はない。


「七時までには帰ってくるっしょ。僕の携帯に連絡着たら母さんにも知らせるから、さあ行って行って! 今、僕は問題集を解くのに忙しいから」


 僕はドアの取っ手を握りしめながら、急かすように母さんに言った。


「そう、わかった……」


 母さんは何だか僕の言葉に納得していない様子だが……まったく、親が子に無関心なのもどうかと思うが、心配しすぎるのも考えものだな。


「あ、あと直也」

「ん、何?」

「あんた問題解くたびに、いちいちワンキル言ってるの?」

「…………」

「ご飯七時にするから、それまでに降りてきなさいよ」


 母さんは顔色一つ変えることなくそう言い残すと、部屋を出ていった。

 クソッ! 母さんには逆らえない。



 僕は夜ご飯の時は、テレビの一チャンネルでやってる七時のニュースを見ながら食べるのが基本だ。

 別に社会にとてもすごい関心があるわけじゃなくて、単純に見る番組がないから消去法でラジオ代わりに流してるに過ぎない。


 ただ、こうしてるといつも「ニュースなんて何が面白いんだか」と柚葉がテレビのリモコンを手に取り、よくわからん芸能人が出てるバラエティー番組へとチャンネルを変えるのが、ここ星川家の日常だ。


 でも、今日は違う。テレビに映る三十代くらいのアナウンサーが抑揚のない声で淡々とその日のニュース原稿を読み上げている。

 今、四人掛けのテーブルの食卓についてるのは僕一人だけだった。


「先食べてていいよ」と僕に言った母さんはソファに座りながら、携帯画面を覗いては耳元に当て電話をかける。

 またすぐに画面で多分、柚葉からメールきてないかを確認するを繰り返し、まるで落ち着きがない。

 

 柚葉は七時になってもまだ帰ってきていなかった。


「ねえ母さん、こういう日もあるって。そんなスマホと睨めっこしたって柚葉の帰りが早くなるわけでも……」

「あの子が連絡よこさずに、門限破ることがあった!?」


 ウオッ、まるで鬼のような形相だ。場を和ませようと軽い気持ちで言ったのは、どうやら間違いだったみたい。母さんの地雷を踏んでしまったようだ。


「ごめん、直也。直也に当たってもしょうがないのに……」


 母さんはすぐにしょんぼりした様子で僕に謝ってきた。

 よかった――。地雷はすぐに解除されたみたいだ。


「八時までには父さんが帰って来るからさ。その時、相談しよう?」

「うん、そうね……」


 そう言って母さんは、再び携帯画面と睨めっこを始めた。

 僕と柚葉が中学生になってから、家族間でトラブルになることは増えてきた。

 問題が起こるたび、父さんは必ず「俺に一言言ってくれ」と口癖のように言う。

 

 今回も父さんに頼ることにしよう。



 八時を迎える前、時計の針が五十分のあたりを超えた付近に、玄関の開く音がリビングまで聞こえてきた。

 すると母さんがすぐに、忙しない足取りでリビングを出て父さんを迎えに行った。


 ちょうど僕が居間で見ていた、録画していた深夜アニメのEDクレジットが流れているくらいの時だ。

 EDは一話目と最終話以外は見ない派の僕は、すぐに録画再生を終え現在やってる地上波放送の番組に戻すと、音を小さくしこっそり聞き耳を立てる。


「まだ、柚葉は帰って来てないのか?」


 父さんの声だ。二人は玄関で柚葉のことについて話している。


「ええ。学校の先生に聞いても、柚葉は校内にはいないって」

「わかった。俺が直接、学校に行って見てくる。おまえは直也と家で、柚葉を待っていてくれ。もし、柚葉より先に俺が家に戻るようであれば、その時は……」

「その時は?」

「警察に電話だ」


 そして再び玄関の開く音が聞こえると、父さんが家を出ていった。

 何だか物騒になってきたぞ……!


 ***


 サイレンは鳴らなかった。

 ただ、白い車の上に取り付けられた赤灯が、闇に包まれた夜の住宅街を不気味に照らしていた。柚葉の代わりに家にやってきたのは、二人の警察官だった。


 歳は二十くらい離れていそう。新人とベテランのコンビって感じだ。

 リビングのソファに座らされたベテランの刑事がおもむろに口を開く。


「最後に娘さんを見たのは?」

「四時ぐらいに校門前です」


 答えたのは僕だ。


「その後、妹さんはどこに?」

「部活動が同じ友人と一緒に帰るって」

「ふむ……」


 刑事は僕の言葉を聞くと顎に手を当てた。何やら深く考えている様子だ。


「その友人の名前は?」

「さあ? まだ、新年度が始まったばかりなんで妹が誰と誰で仲がいいのか、僕にはさっぱり……」

「それなら私が」


 間に入ってきたのは父さんだ。


「部活動の先生に確認したところ、どうやら柚葉は活動日を勘違いしていたらしくて、一人で帰ったの事で……。顧問の方が、学校を出るところを見届けたそうです」

「そうですか……」


 有意義な情報がなく困り果てているのか、ベテランの刑事が頭をかいた。


「失礼ですがご両親。娘さんとのご関係は?」

「まさか! 柚葉が家出したと思ってるんですか!?」


 母さんがすごい剣幕で、刑事の人たちを怒鳴りつけた。


「あの娘がわたしたちをほっぽいて、夜遊びするなんてありえないです!!」

「それは私も同意見です」


 激高する母さんとテンションは違えど、父さんもそれに同調する。


「お兄さんも?」


 若い新人と思しき刑事が僕に聞いてきた。


「はい」


 僕は小さく返事をした。


「先輩、これただの家出じゃないですよね? だってこれで二人目……」

「えっ?」


 その時だった。新人の刑事が突然、気になるワードを言い出したのだ。


「バカ! 時と状況を考えろ!」

「どういうことですか!? 二人目って!」


 部下を叱責する刑事に対し、母さんがすかさず問い詰めた。当然の反応だ。


「あ、それは……」


 言葉に詰まるベテラン刑事。

 視線をそらすその態度は、母さんの問いをはぐらかそうとしている様に見える。


 ジッ! ――――緊急無線、緊急無線。


 母さんと刑事が押し問答してる最中、若い刑事が胸につけている無線から音が鳴った。


 ――若い女の乗るバイクが、環七通りを規定速度をはるかに超え爆走中。至急、応援を求む。


「了解、すぐに向かう。先輩!」

「奥さん、すみません。緊急招集があったので、この話はまた後日……」

「ちょっと待って。話はまだ終わってないじゃない!」


 母さんの言葉などおかまいなしに、二人の刑事は慌ただしく出ていく支度を始めた。


「娘の捜索はしてくれるんですよね?」


 ソファを立ちあがったベテラン刑事に父さんが問いかける。


「もちろん。捜索願を出していただけたら」


 刑事がそっけなく答えると、二人は揃ってリビングから出ていき家を後にした。


「何なの、あの態度は!?」


 きちんと取り合ってくれなかった警察に、母は激怒していた。


「今から署に行って、届け出を出してこよう。直也、留守番を頼めるか?」

「え? いいけど……。でも多分、寝てるかもしれないよ」

「ああ、かまわない。ただ、ドアアームはかけとくなよ」


 警察の後に続いて、父さんと母さんもすぐに家を出ていった。

 ただの門限破りかと思ってみれば、話がどんどん大きくなっていったぞ。

 柚葉のやつ、いったいどこ行ったんだよ。


 それにさっきの刑事が言っていた二人目。

 あれはどんな意味がある? 何が何だか……わからないことだらけだ。


 でも、これだけは一つ言えることがある。――柚葉が無事でいてくれますように!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

タイムレネゲート 森川学 @morikawa2

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ