タイムレネゲート

森川学

4月26日――①

 ふぅ……、ようやく長い一日が終わりそうだ。

 家に帰ったら何をしようかな。僕は校門をくぐると、一人妄想にふける。


 先月発売されたばかりの新作ゲームでもやろうか。それとも、撮りためたアニメを一気見でもしようか。すぐにやりたいことと言えば、この二つなのだが……。


「お前ら、寄り道せずにまっすぐ帰れよ。特に三年生――。今年は受験があるからな!」


 屈強な体をした体育教師の田中が、門の前で下校中の生徒たちに大声で言った。


 三年生――。今月に入って新しく変わった、まさしく僕の年度だ。

 そろそろ四月も終わる頃合い。志望校やらそれに向けての学習塾やら、いろいろ考えないとな……。早く決めないと母さんにどやされる。


 クソッ、今週もオタク趣味はお預けか!

 僕はこのたった一年で人生がほぼ決まる、日本の受験制度を深く心の底で呪った。


「お兄~!」


 その時だった。快活な声を上げ、学校のほうから全速力で僕に向かって走ってくる制服姿の女の子。


 妹の柚葉だ。柚葉とは実の兄妹で、僕とは歳が二つほど離れている。

 小動物系って言うのかな? 明るく無邪気で活発な性格をしているおかげか僕とは違い、友達も多く親や学校の先生からも人気が高い。

 顔も身内贔屓なしで、整ってるほうだと思う。


「お兄、一緒に帰ろう!」


 ゲッ! また、今日も言ってきた。


「帰るわけないだろ……」

「え~、前は一緒に帰ってたじゃん」

「小学校の時の話だろ!」


 そう、柚葉は新学年になり同じ都内の公立中学校に通うようになってからとういうもの、校門前で僕を見つけては一緒に帰ろうとねだってくるようになっていたのだ。

 本人に悪気はないのだが、甘えたがりの性格というのも考えものだな。

 無論、僕は断じて応じるつもりはない。


 だってそうだろ? 今年で十五になるというのに妹と一緒に帰るなんてそんなとこ同級生に見られでもしたら……。

 ただでさえカーストの位置が低い僕が、より一層みんなに馬鹿にされてしまう。

 それだけは何としても避けたい。


「とにかく、僕は一人で帰るから。甘えんぼちゃんは、お友達と仲良く帰んな」

「グッ、何ですって!」


 ハハハ! 効いてる、効いてる。

 柚葉のやつ、顔を真っ赤にして僕を睨みつけてきた。


「あれれ、図星かなぁ? 今年十三になるのにお兄ちゃんと帰りたい、寂しがりやの柚葉ちゃ~ん」


 追い打ちをかけるように僕は柚葉をからかった。


「キィーー! あったま来た」


 柚葉は激高すると、僕に背を向け学校の方へ戻ろうとした。


「あれ、忘れ物でもしたんか?」

「違うわよ、部活動の子と一緒に帰るの」

「部活動? ああ、あのオタク研究部の……」

「オカルト研究部!」


 柚葉が語気を強めるように言い切った。そうだった、そんな名前だっけな。


 オカルト研究部――。それは使わなくなった美術室の隅の保管庫に集まって、儀式やら占いやら訳の分からないことをやるオタクみたいな連中の集まる部活のことだ。

 

 しかし、こんな隠キャご用達の部活を、限りなく陽に近い妹が入ったと聞いたときはさすがに僕も驚いた。

 よっぽど、活動内容か友人との馬が合うのだろうか?


「まあ、友達と仲良く慣れあえばいいさ」

「ええ、そうさせてもらうわ。十四年間彼女なし、同じ学校に三年間通って友達ゼロのお兄ちゃ~ん」

「何!?」

「ベェーだ」


 柚葉は指で下まぶたを引っ張り、僕に向かって舌を出すと校舎に向かって走り出した。

 信じられない……。今、柚葉のやつ到底許されないことを言い出したぞ。


 十四年間彼女なし――。まあ、これは百歩譲って許すとしよう。

 彼女なんてものは運や才能に恵まれた一握りの選ばれた人間に与えられる特権なのだから、この煽りは凡人の僕にとってはノーダメージ……。ノーダメージだから!


 そ・れ・よ・り・も!

 同じ学校に三年通って友達ゼロ人。これは兄妹とて許せない! 僕が悪いんじゃない。

 僕に合う人間がこの学校に存在しないというだけのことなのに。その言葉に、お兄ちゃんは深く傷ついたぞ……。


 まあいい。人は孤独……。今日は(今日も)、おとなしく一人で家路に着くとしよう。

 柚葉とはいずれまた、同じ屋根の下で出会うことになる。その時まで首を洗って待ってるがいいさ!


 ドンッ!!


 一人で下校する決意を固めた瞬間だった。

 僕の肩に強い衝撃が走ると身体が吹き飛び、コンクリートの地面に尻を勢いよく打ち付けた。


「痛ってぇ! 誰だぁ?」


 僕はあたりをキョロキョロと見渡した。

 僕が急に倒れたのを不思議がってるのか何人かの生徒は、僕の顔をのぞいていた。


 しかし、誰だ? いきなり僕のことを肩ドンしてきたやつは。

 もしかしたら、ここにいる誰かが犯人を見ているかもしれない。彼らに聞けば、何かわかるかもしれない。


 そう、聞けば……。


「クソッ!」


 僕は立ちあがるとすぐ、逃げるように校門から走り出した。


 決して、人に聞くのが怖かったわけじゃないぞ。

 受験前の大事な時期に、学校の人と波風立てないように大人な対応をしただけだ。 

 何も恐れてなんかいない!


 でも、この時の僕はまだ知らなかった。

 こんなことが屁に感じるほどの、身の毛のよだつ恐怖がすぐそこまで迫っていることを……。

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