第14話 令嬢は仲間を得る③
ライラが専属メイドになってから、私の生活は貴族令嬢らしい形を少し取り戻した。
彼女は私の専属メイドとして、毎日きちんと一日三食を部屋まで運んでくれる。そして部屋の整頓やベッドメイキング、散らかった物の片付けも手際よくこなし、必要な日用品の補充や壊れた家具、魔力切れの魔導具の交換も怠らない。
勿論それだけでなく、他にも、私が欲しいものを伝えれば、すぐに用意してくれる。
今朝も、私が目を覚ましたことに気づくと、彼女はノックしてから、静かに部屋に入り、窓のカーテンを開け、身支度に必要な物を整然と準備してくれた。
私がテーブルに座ると、朝食もすでにきちんとセッティングされ、温かいスープとパンの香りが広がり、それだけで一日の始まりを少し前向きに感じさせる。
叔父様はどうやら、この間、私の変わった行動に不満を抱いているようで、ライラの奴隷契約をくれる条件として、今後は必ず自室で食事を取るようにと言い渡された。
恐らく、キッチンで使用人たちに混ぜて食事をすることが家の品位を損なうと、考えたかもしれない。
貴族令嬢らしい、健康で豊富かつ美味な朝食をとりながら、私は隣で私が食べ終わるのを待っているライラに目を向けた。
彼女はあの契約以来、私に対する恭しい態度は変わらなかった。
ですが、彼女の本当の姿を知っている私には分かる、その
「ライラは朝食を食べたの?」
「ええ、キッチンにお嬢様の食事を取る際に、頂きました」
「……今日はいい天気ですね」
「はい、とても清々しい朝です」
「昨日の本は面白かったわ。後で、似たような本をいくつか書庫から借りてきて」
「承知致しました」
「今日は一日、部屋で本を読んで過ごしたいの」
「承知致しました」
こうして、他愛のない会話をひとしきり交わした後、ライラは私が食事を終えた食器を手際よく片付け、静かに一礼してから部屋を出ていった。
部屋にぽつりと一人取り残された私は、ほんの少しだけ、寂しさを覚え、勉強机で勉強を再開した。
昨日、西北の廃園で魔法の練習をしてみたけれど、うまく発動できなかった。私は独学でこっそり魔法を学んでいるため、誰にも問題を尋ねることができない。だから、基礎の本を読み返しながら、なぜ魔法が発動しないのか、その原因を探っていた。
8歳のこの時間に戻ってきたあの日、過去の18歳までの記憶は鮮明だった。あの苦痛に満ちた悲しい過去、忘れられるはずもない出来事だ。
それなのに、不思議と時間が経つにつれて、思い出のあちこちが霞んでいくように感じ、誰かにワザと隠されたように……
一応大事なことを忘れないよう、『過去』、もとい『未来』の記憶を予め、私だけが開けられるよう特別な魔術がかけられた日記に書き記した。
でも、このまま過去の記憶が全て忘れたら、私はまた過去の、周りに合わせるだけの、意志がない人形に戻られるのではないかと、とても心配でならない。
だから、そうならないように、そしてその不安を振り払うために、私は出来るだけ自分を忙しくさせた。
何かに没頭することで、心の隙間を埋められた錯覚がして、自分も強くなったように感じる。
だが自学に意気込む私にとって痛感したのは、真剣に学んだ学園での先生方の教えが、どこか抜け落ちているような感覚だ。それを補うため、仕方なく基礎の魔法書を手に取り、一から読み直し始めることにした。
それらの魔法書は、叔父様たちに気付かれないよう、ライラに頼んでこっそり書庫から借りてきてもらったものだ。
もちろん、書庫の貸し出し記録には一切記載していない。
私は何時間も勉強に没頭しているうちに、まだ勉強に慣れない幼い体はあっという間に精力が尽きてしまった。それでもほしい答えが見つからず、結局、自分の勉強能力の低さに恥ずかしさすら感じてしまう。
無駄の努力でしょうか……
ため息をつき、ふと机の隣に目をやると、既に冷めたミルクが置かれているのに気がついた。いつの間にかライラが運んでくれたのだと悟り、そのさりげない優しさに心がじんわりと暖かくなった。
私はミルクをそっと手に取り、ひとつ深呼吸をした。慎重に体内の火属性の魔力を引き出し、それをミルクの入ったコップ全体に包み込むように流し込む。
淡く赤い光を帯びた火の魔力が、霧のように、コップを覆い、冷たくなっていたミルクをじんわりと温めていく。
やがて、ほんのりと湯気が立ち上るのを見て、小さく安堵の息をついた。魔法がちゃんと成功したことに、思わず微笑みがこぼれる。
それを一口ずつゆっくりと飲み進めるごとに、温かいミルクが体の中に染みわたり、疲れも何となく和らいでいくのを感じた。
静かな時間が流れ、私はそのまま、数分間何も考えずにぼんやりと宙を見つめていた。そして、一つため息をついてから机の引き出しを開け、緑の表紙のノートを保管している小さな箱を取り出した。
この箱も特別な魔導具で、私だけが開けられるように設定されている。
実は、この箱は元々、私に支給されるはずだった家具の一つだったらしい。けれど、何らかの手違いで従姉妹たちの支給品として登録され、そのままずっと倉庫の隅で眠っていたという。
そのことを知るきっかけとなったのは、ライラが私の持ち物リストを確認してくれたおかげだ。
彼女はすぐにメイド長と交渉を重ね、私に配分されるべき備品であることを証明し、この箱をはじめとする多くの品々を取り戻して、私の部屋に整えてくれました。
本当にライラは優秀すぎる人材で、私にはもったいないくらいだ。
私も彼女にふさわしい主人になれるよう、もっと努力しなくてはならない。
私は気持ちを切り替え、ノートを開いた。後半の植物魔法は、現在の私には習得が難しいけれど、前半に記述されている基礎知識は非常に詳細で丁寧に書かれており、私にとって今まさに必要なものばかりである。
「うん?これは何でしょうか?」
ふと、ノートの隅に色違いの紙が挟まれているのを見つけ、その紙のページを開いて、しおりでその位置をマークしながら、紙を取り出した。
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