◎ライラ視点 私とお嬢様①
ああもう、イライラする!
今日も深夜まで働かせられた。
あの意地悪なメイド長のババアめ!それにババアの言いなりでうるさく騒ぐスズメどもも、絶対に許さねぇ!
毎日毎日、くだらねぇ雑務を押し付けやがってよ!暇さえあれば呼びつけて、無駄に時間を使わせるし、ほんっとウンザリだっつーの!
あのババアの冷たい目、スズメどものクスクス笑い……まるで私を見下してるみてぇだ。本当に腹立つ!
なんだよ、あいつら。そんなに人間族の身分が偉いってわけ?バカじゃないの、マジで。威張り散らしやがって、見るたび笑わせるわ。
クソッ!この奴隷契約さえなけりゃ、あいつらの細っこい首筋、今すぐひん曲げてやるのによ……
はぁ……ま、しょうがねぇか。奴隷契約がある以上、私にできることなんて限られてる。だったら、ちょっとした『お返し』くらいしてもいいよなぁ?
そうだな!今度、あいつらの布団を干すときに、虫を寄せる匂いでも染み込ませてやろうか。
うん、それがいい。
それからだな、布団を部屋に戻すとき、体が痒くなる薬草の粉でもパッパと撒いてもいいな。
フフッ、想像しただけで楽しくなってきた。きっとあいつら、痒がって大騒ぎするに決まってる。
私はそんな愉快な妄想を膨らませながら、部屋のドアを勢いよく開けた。
この狭い屋根裏部屋が、私の割り当てられた部屋だ。誰もか獣人と同じ部屋にしたがらないので、元々物置だった屋根裏部屋を私に押し込まれた。
まぁ、一人で過ごせるのは悪くねぇけどさ……部屋自体は狭く、息苦しい空間だ。
埃っぽいの匂いや古い木の香りが鼻を突き、窓から入る光だってちょろっとしかない。薄暗くて、天井も低くて、立ち上がるのも一苦労。
部屋にあるのは、服入れるための箱が一個に、日用品を詰めたボロいバッグ、それとベッドと小っせぇ机だけ。これで『部屋』って呼ぶのも笑えるわ。スラムの自室より酷くねぇか。
そんな鬱々とした空間で、ふと机の上に目をやると、そこにあるはずのないものが置かれていることに気づいた。暗視能力を持つ目を細めてよく見てみると、それは一枚の白い紙だった。
誰だよ、こんなもん置いたの?
獣人の匂いが移るのは嫌だからって、誰もわたしの部屋に入りたがらないだろ。
なのにこれ、一体どこのどいつが、この部屋にこの紙を置いた?罰ゲームか何かか?
私は半信半疑で紙に近付いて、鼻をひくひく動かして匂いを嗅ぐ。
獣人の嗅覚をナメんなよ。変な薬草使って仕掛けようってんなら、一発でバレんだからな。
指先でその白い紙を広げて見ると、私は思わず眉間にシワ寄っちまった。
――はぁ?なんだこの内容、意味わかんねぇ……
『ライラさん へ
貴女と少し二人でお話ししたいことがございます。
もし宜しければ、明日の午後3時に、西北の廃園で待っています。
フリージアより』
さん付け?敬語?フリージア?フリージアお嬢様?あの綿飴みたいなガキ?
まさか、あんな気弱そうなガキに何か仕掛けられた?冗談だろう。
罰ゲーム?いや、違うな。そもそもこの屋敷であのお嬢様とゲームをするような連中はいねえだろう。
確かに珍しい色の髪と目をしているが、可愛い顔立ちに悲しい家庭環境、屋敷の中じゃ、あの子に同情してるやつも結構いる。
だけど、あのお嬢様に関しては、使用人一同は黙示のルールを守っている。誰も彼女のことを話題にしねぇ、見て見ぬふりをするのが暗黙の了解となっている。
もしその一線を越えるようなことがあれば、メイド長のババアと執事長から立場をわきまえるようと、厳しく言い渡され、最悪の場合は解雇だな。
うん、最近、確かによく仕事場で、うろちょろしているあの子の姿が見かけるな。
物陰から漏れ出る白い髪がやけに目立つんだよ。まるで故郷の山で見た初雪のように純粋で、陽の光を浴びると透けるみたいにキラキラしてて……
まぁ、そんなことどうでもいいか。
正直、厄介事に巻き込みたくないし、あのお嬢様にも近付けたくねぇわ。
同情?
何を同情する必要があるっていうんだよ?
山にも、スラムにも、親を亡くした子供が大勢いるし、親に愛されずに育った子供も当然山ほどいる。
戦争で命を落としたやつ、狩りに出たまま帰らないやつ、家族に捨てられたやつ、金がなく病気で死んだやつや餓死したやつ――この世には数えきれねぇくらい不幸な人間がいるんだよ。
そんな中で、あのお嬢様は何だ?自分の境遇を嘆くだけで、何も行動しねぇ。
暇を持て余した貴族令嬢の遊びになんかに、付き合う気力なんてこれっぽっちもねぇよ。
今はだだ、静かに残りの奴隷契約の16年を耐え抜きてぇだけなんだよ。
……けど、奴隷契約をしてる以上、フリージアの名で署名された命令には逆らえねぇよな、面倒臭いわ。
偽物ならまだしも、本物なら契約違反の罰で全身に気絶するほどの激痛が走る羽目になる。
前に一度だけ、試しに公爵邸を抜け出そうとしたときに発動した。あのときに嫌というほど契約魔術の威力を思い知らされたよ。
最悪。
少し甘く見てたかもしれねぇな、幼くでも貴族、他人を脅かすのが上手なことだ。
***
約束の時間になった。私は遅い昼食を済ませた後、西北の廃園へ向かった。
この庭園は数年前、変異された人喰いの
この厳重に結界で守られた公爵邸で、ほんとうに魔物が出るかな、変異したのは魔物ではなく、屋敷の人間じゃないかと疑うよ。
でも過去のことなんかどうでもいいや、この場所は今じゃすっかり人気もなくて、入り口は雑草で覆われている。
公爵邸は無駄に広いし、手入れされた庭園や温室、果樹園とか他にももっとイイもんいっぱいあるんだから。こんな廃れた庭なんかより、使用人がサボるんなら、もっと楽で居心地のいい場所なんていくらでもあるんだよ。
私だって、サボるときは風通しのいい茂みの中とか、しっかりした木の上を選ぶもんね。
だから、あのお嬢様がこんな場所を選ぶなんて、マジで怪しい匂いプンプンするわ。
だが、私は警戒態勢で、廃園に足を踏み入れると、目に入ったのは
彼女は集中した顔つきで、ページをめくるたびに小さな指が微かに音を立て、庭の静寂を破る。
日差しが柔らかく降り注ぎ、普段は部屋にこもりがちな彼女の素肌は不自然なほど白く映る。そして彼女の特徴的な白い髪がオレンジ色に染まって、温かい光の中で輝いているように見えた。
荒れ果てた雑草や枯れ木、緑色の有機物が浮いた池に、色あせた亭。普通なら殺風景としか言えないこの景色の中で、彼女の周囲だけが妙に神秘的というか、絵みたいに綺麗に見えるんだ。
とても、私を脅かすような子供には見えねぇが…やっぱり、人は見かけによらず、ということを実感した。
彼女は私が声を掛けるなり、顔を上げてきた。金色の瞳がきらきらと輝いて、純粋な眼差しで、真っ直ぐに私を見つめてくる。
その瞬間、なんだか心の中で微妙な感覚が浮かび上がる。静かな水面に何かが投げ込まれたように、石が落ちて波紋が広がるような、そんな微かな波動が感じられる。
その後、話し合いという名の
私は最初っから拒絶する権利なんかないのに、それでも目の前の小さな体は怯えながら、か細い声で必死にゲームの『ルール』を説明する。
なんだろう、この小動物め。私の警戒を解くためにわざとやってんのか?
彼女があまりにもか弱っちい存在に見えて、ちょっとの悪ふざけな威嚇が契約違反に引っかかるんじゃないかって、こっちが心配になるわ。
彼女は一応、私を尊重する素振りを見せてるつもりなんだろうけど――
生まれながら権力者として育ってきた彼女の目線は、どこか施しのように感じられ、どうしても素直に受け取れることができない。
彼女の顔がどんなに可愛いかろうが、私の心の中に隠れている敵意は決して消えねぇだろう。
まあ、時間が全てを証明するさ。
***
そして何年後、私は不思議に思った。
あれっ、大穴に落ちたと覚悟したはずが、いつの間にか温かい温泉の中に……
一体、どこでずれたのだろうか?
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