第10話 令嬢は現状を探る③

「え?8歳?えーっ!?」

 私は思わず声を上げて、目を丸くする。


 いいえ、おかしいではないでしょうか?私は確かに、7歳の時に覚醒して、10歳の時にレベル2に上げた。

 7歳の時に従兄弟の友人のある貴族子息から子供用の玩具を贈られて、あの時あれに触った瞬間に、全身が鋭い痛みを感じ、魔力の器を覚醒した。


 だけと、外的な要因によって突然覚醒したせいか、開けた蛇口が止められず、魔力が体内からただ漏れの状態になっていた。体のあちこちが痛い、熱もした、叔父様からもらった貴重な薬を使いながら何日も寝込んだ記憶がある。

 後に知った事ですが、あの玩具には体内に眠っている魔力の器を早めに覚醒させる効果があるかないのかという話だった。


 すでに各専門家に検証され、市場で流通しているものの、私は不幸にも千分の一の確率で副作用を引き起こしてしまったらしい。

 あの玩具も、従姉妹のルイーズが当然の顔で、「あなたが既に覚醒したので、もう必要はない」と言って、取り上げていった。


 目覚めたばかりのレベル1の魔力量では、ほぼ魔法を使うことができない。そして、そのままレベル1にとどまり、成長しない人も大勢いる。

 当時ルイーズには「魔法の使用は危険なものだ」と教え込まれ、彼女がいないところで勝手に魔法を使ってはならないと、怖い顔で脅されていた。そのため、あの時ほとんど魔法を使う機会は無かった。


 だが、10歳の時、風邪で寝込んでいる間に喉が非常に乾き、我慢できずに魔力を使って水を出した。

 風邪が治った後、魔法に興奮した私は、いつも姿が見えないルイーズに隠して、こっそりと基礎の水球魔法を試行錯誤を繰り返し、ようやく安定した水球を作り出すことに成功した。そして、その成果を叔父様に見せて、魔法の勉強がしたいとお願いしたのだった。


 ルイーズの忠告を無視したので、彼女に罵るのではないかと心配したが、彼女はただ私の小さな水球魔法を嘲笑しただけだった。

 その姿を見て、自分がほっとしたことを覚えている。


 でも私、今の魔力の容量がレベル2になっている?なぜでしょうが?

 学園の先生から教わった基本知識を思い出しながら、一体どの条件を満たされたのか、考えを巡らせた。


 魔力を高める方法は大まかに以下幾つに分類できる。

  ◦ 体や精神の成長

  ◦ 魔力の訓練と修行

  ◦ 魔力を強化するアイテム

  ◦ 魔力を高める効果のある食べ物

  ◦ 魔力を増やす儀式


 詳細は今は省略するが、全ての方法をリストすると、『体や精神の成長』が現在私の状況に最も適していると思う。

 それなら納得できるかもしれない、何しろ、8歳の子供の体に18歳の大人の記憶が入っているから。


 そもそも、過去の幼い私は自覚無いまま、ルイーズに騙されていた。

 学園では基礎的すぎて教えなかったが、エマさんは時々村の子供達に魔力の知識を教えていた。

 そのとき、私は聞いたのだ――子供が魔力に目覚め始めた時期は、魔力に最も敏感な時期で、もし今後魔力を上げたいなら、その時期をしっかり活用して、魔力の流れを体に馴染ませる方がいい。例えば初級魔法を脳裏にイメージして、無理のない範囲でできるだけ魔力を使うことで、魔法能力が伸ばせる。


 はぁ、私は一体どれほど騙されてきたのでしょうか。

 もし騙されていなかったら、私はもっと早くに指輪の秘密を知ることが出来ただろうか……


 そう考えると、バカな自分を責めて、落ち込んだ気分で、足が重くして、私は別館を出て、本館のキッチンへ向かった。


 ***

 代理公爵の職を任された叔父様はお父様を尊重し、自分一家は本館ではなく、東の別館に住むことを選んだ。

 そのため、本館の四階はお父様が離れた日から、貴重な空間魔術を使って当時の状態をそのまま保っている。

 遠くから見ては、まるで真っ黒な闇に包まれているかのようで、どこにも光が灯されていない。


 でも本館の他のフロアでは、幾つかの部屋の窓から漏れる明かりはひときわ目立ち、時折、窓越しにちらりと見える人影からは、職務に追われる気配すら感じた。


 一階のキッチンは特に賑わっており、使用人たちが夜食や翌日の準備に忙しく立ち働いていた。鍋が煮立つ音や包丁のリズミカルな音が響き、漂う調理の香りが廊下にまで届いている。


 私はキッチンのドアの前で拳を握り、何事もないように平静を装って中へ入った。

 瞬間、何人かの視線が私に向けられた感じがしたが、やはり又いつも通り、何事も無かったように、視線がすぐには離れて、彼らは再び自分の作業に戻っていった。


 私は記憶の中の懐かしい、キッチンの片隅へ向かって歩いた。そこには、残り食事が置かれている棚がある。

 一応、私はこの公爵邸の主人の一人だ、キッチンの料理人達はきちんと一日三食を用意してくれるが……


 去年私を世話する乳母が公爵邸を離れて以降、専属メイドがいない私は、私分の食事を部屋まで運んでくれる使用人はいなかった。だから、毎日自分で取りに行くしかなかった。

 でも、行ったとしても、私分の食事はいつの間にか誰かに食べられたことが多く、代わりに残されているのは、他の使用人たちの分の食事ばかりだ。


 最初は叔母様に抗議もした。しかし、叔母様は軽くメイド長を叱っただけで、「使用人達は悪気がないのよ」と気遣きづかわしげな口調で、逆に「毎日忙しい使用人達にもう少し配慮しなさい」と私を論されたのだった。


 今日もいつも通りに、見るからに下級使用人分の食事がいくつまだ棚に残っていた。


 公爵家に仕える使用人たちは、上級、中級、下級の三つの階級に分かれている。それぞれの階級に応じて、与えられる給料や待遇も当然異なる。

 この時間でまだ夕食を取っていない使用人は主に下級の者たちだ。彼らは最も煩雑で手間のかかる清掃や雑務を担当している。

 時には日常の業務の他に、中級や上級の使用人からの指示で突発的に別の仕事が割り当てられることも珍しくない。庭の隅で使用人たちが文句を言い合っているのをよく耳にした。


 私は適当に一人分の食事を取って、隣の使用人達が食事用の席に腰を下ろした。

 その瞬間、キッチンに張り詰めたような静寂が訪れ、鍋の水が沸騰している音がひときわ大きく聞こえる。


 周囲の使用人たちの視線が突き刺さるのを感じ、私は緊張で体がこわばった。冷めて固くなった料理を、なるべく表情を変えずに優雅な動作で、口に運ぶ。


『働かざる者、食うべからず。』

 エマさんの言葉がまた脳内に響き、何もして無かった私は、毎日ちゃんと食事が貰える地位にある事に感謝しなければならない。


 張り詰めた沈黙がキッチンを支配していたその時、朗らかで澄んだ女声が外から響き渡った。

「料理長、ルイーズお嬢様の夜食の支度はもう済みました?」


 その声を聞いた私は思わず食事を運ぶ手を止めた。


 間違いない、あの声だ。過去の記憶で私の大切な指輪を盗んで、冒険者と駆け落ちした犯人、従姉妹ルイーズの専属メイドの一人、サラ。

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