第9話 令嬢は現状を探る②
私は魔導ランプを床に照らして、さっき落ちたものを探す。
すぐに床には見慣れない緑色の表紙したノートが見つかり、あの空間から連れ出されたものだと悟った!
私はさっきまで無理に心の中で押し込めていた不安が一瞬で消え去ったのを感じた。
――やはり夢では無かった、あれは夢ではないわ、私はお母さんに愛されて生まれたのだ。
跳び上がりたいほど嬉しい気持ちを抑えながら、私はあのノートを拾い上げた。
微かに魔力がノートから放たれている。これは、作者が心血を注いで作り上げたときにのみ、偶に現れる現象だ。
きっと、非常に大事に、大事に書かれたノートだわ。
魔導ランプのほんのりとした光の中で、私はそのノートの第一ページを開けた。
中の筆跡はお母さんの字では無いが、女性の手による書いたものが分かる。
最後の瞬間、あの空間から離れる時に握ったのは、お母さんの手紙や日記だったら……と、私は少しだけ残念な気持ちが湧き上がった。
深く息を吐き出し、感傷を振り払うように目を大きくして、私は気を引き締めてノートの内容に目を通し始めた。
どうやらこれは、学生が書いた勉強ノートのようだ。最初の数ページには、魔法の基本知識が丁寧に記されている。
少々早い速度でページを捲ると、インクの色が変わり、内容が木属性に関するものへと移っていく。木属性の由来や原理、専門用語など、木属性を中心とした情報が詳細に書かれていた。
さらにページを進めると、幾つかの植物魔法に関する研究内容や植物魔術に使われる材料、そして具体的な練習方法なども記されている。情報が体系的にまとめられており、実践に役立つ内容ばかりだ。
…ぐるるるる。
静まり返った部屋で、私のお腹が盛大な音を立てた。
あ、いけない、私はキッチンへ行く途中だった。
ノートを傷付けないように丁寧に閉じ、勉強机の引き出しにしまいた後、私は外出用のコートを羽織って、魔導ランプと閉じた。
真っ暗の部屋の中、扉の隙間から光が漏れて、廊下にはまだ魔導ランプが照らしていることから、今はまだ就寝時間ではないことを告げる。
その光を頼りに、私は部屋を出た。
公爵邸の本館は4階建ての建物で、その最上階である4階は公爵夫妻の住居として使用され、それ以外のフロアは領地運営の
公爵家の直系の子どもたちは、成人するまで本館ではなく別館で生活するのが慣例で、公爵子息は本館と渡り廊下で繋がれた『アヴァロン館』に住むことが定められており、公爵令嬢はさらに北側に位置する『ローズウッド館』で生活することになっている。
また、アヴァロン館とローズウッド館の間には広大な書庫が配置されており、スペンサーグ公爵領内で最も蔵書数が多いとされている。
時折領地内の貴族たちがこの書庫入るためにお父様の許可を求めることもあった。
ただ、そのおかげで、貴族令嬢としては無闇に私的な場で異性と接触することが禁じられた私は、他の貴族が書庫に出入りする時間帯には、別館を出ることすら許されなかった。
だから、過去の私は書庫で本を借りることはあっても、書庫自体に特別な魅力を感じることは出来なかった。
私の部屋は、公爵令嬢が生活するローズウッド館の三階にある。この館の一階にはキッチンが備え付けられているものの、現在、この別館に住んでいる主人は私一人だけのため、叔母様は「無駄な出費」という理由で、元配置された料理人を取り上げた。
もちろん、別館には他に数人の使用人が配置されている。しかし、彼らの仕事はあくまで館の維持管理であり、掃除や修繕といった業務が中心だ。
私の専属の従者というわけではないので、当然日常の世話や細かな要望を彼らに頼むことはできない。
今夜の空気はひんやりとしていて、体感として秋の夜だと思うが……
正確な日付がわからないのはやはり不安だ、何か日付を確認できるものを探さなければ。
確かに玄関ホールに時計とカレンダーが飾られています。
そう思い立つと、私はやや早足で一階の玄関ホールへと歩き出した。
階段を降りるたびに、足音が静かな館内に響く。
途中で私を通り過ぎた使用人たちは、少し奇異な目で私を一瞥して、軽く頭を下げた後、まるで私が存在しないかのようにまっすぐ通り過ぎて行った。
これもいつものこと……
いいえ、これしきの事で傷付けてはだめ、私を見守ってくれるお母さんが見ているのよ。もう過去のように、情けない姿をお母さんに見せたくはないわ。
私は長めの袖の下で隠れた両手を拳の形に強く握りしめた。
過去に受けた貴族令嬢としての教育を思い出し、背筋を伸ばす。心の中で渦巻く不安や緊張を抑え込み、彼らの視線を気にしないように意識を集中させながら、ただひたすら前を見て歩き続ける。
お母さんと約束したんだ、立派に成長するのだと。だから、私は、今度こそ、ちゃんと前を向いて歩きたい。
心の中で自分に言い聞かせながら、一歩一歩に気持ちを込めて進む。緊張に覆われたまま、強がりを装い、ついに玄関ホールにたどり着いた。
周囲を見回すと、そこには誰もいなかった。静寂の中、照明の魔導具がいくつか、ぼんやりと淡い光を放っているだけだった。
誰も私に気づいていないことを確認すると、私は握りしめていた拳をゆっくりと解き、胸の辺りにぶら下がっていた指輪を手に取った。
その瞬間、さっき自分が意地を張って、馬鹿げたことをした、に自覚した。
思わず自分を笑いたくなった。
けれど、心の奥で、何か小さな変化が起きたような、そんな気がした。
弾む気持ちを抑え、深く息を吐き出して心を落ち着けると、自然と目線が目的の場所へと向かう。
時計が示す時間は20時50分、カレンダーには1242年10月1日と記されていた。
うん?私は1234年3月11日生まれなので、つまり今の私は8歳!??!?
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