第4話 令嬢は母の日記を読む①
私は手紙の内容を何度も読み返した。お母さんが残した愛情深い言葉の一つひとつを噛みしめるたび、胸が熱くなり、全身が温かなぬくもりに包まれていくようだった。
やがて、深く息を吸い込み、鼓動の高まりを静めようにと、視線をテーブルへ移す。そこには、開きかけのまま置かれたノートが再び目に入った。
まるでお母さんのメッセージがその中にも隠されていそうで、ノートは私に「読んで」と無言で訴えかけているように、静かに待っている。
私はノートを取り、最初のページに戻して読むと、書かれた内容から、すぐに日記だと分かる。
しかもお母さんが私を妊娠した期間に記録したものだった。
『1233年6月20日
小さな命が私の中に宿っている。
公爵家の専属医師に教えられてから、もう十日すぎたというのに、まだ信じられない気持ちでいっぱいだ。
今湧き出す感情を忘れないために、この日記を始めました。
二回目の妊娠ではあるが、私が良き母になれるか、今でも不安でならない。
でも、小さな命の鼓動を感じた時、全ての不安が吹き飛んだ。
この子を守り、愛し、健やかに育てていく。
そう、心に誓った。』
私の目がまだ潤んできた。
自分がこんなに感情豊かな人間なんで、初めて知った。
夢の彼女の感情の起伏は少ない、正確言うならば、いつも気分が沈んでいた。
一人でいる時間が多く、公の場に出席する時も、大抵人形みたいに規定の笑顔を保ち、壁のように立っていることが多かった。そして、気づけば一人の空間を作っていた。
よく周りから「マリンさん」とクスクスと嘲笑された覚えがある。
マリンさんは、ある有名ホラー小説の主人公で、幼い頃に数々の悲劇に見舞われた彼女は最後には忌まわしい事故によって命を落とした。
しかし、マリンさんの死は単なる終わりではなかった。怨念を抱えたまま、亡霊として蘇った彼女は、物語の冒頭で姿を現し、周囲の人々を恐怖に陥れ、彼女を見た者に7日後に死ぬという呪いを掛けた。
私はマリンさんと同じ不気味な白い髪に金色の目をしている、そして同じく周囲に不幸を招く…
初めての舞踏会で、とある高貴な令嬢にそう呼ばれたことで、その綽名はすぐに社交界に広がった。
窓から室内を照らす不思議な白い光には変化がなく、時間の流れを判断するのが難しい。
この閉ざされた部屋の中、静寂が支配する空間の中で、私は一ページまた一ページと、目を大きく見開きながら、指で一文字一文字の筆跡を追いながら進んでいく。
部屋では、紙をめくる音だけが静かに響き渡る。
『……』
『最近、お腹が少しずつ大きくなってきた。まだ人にはわからない程度だけど、私だけが知っているこの変化が、なんだか愛おしい。』
『赤ちゃんの性別はまだわからないけれど、男の子でも女の子でも、元気に生まれてきてくれることが、私にとって何よりの幸せ。』
『お腹の赤ちゃんの動きがはっきりと感じられるようになった。小さな蹴りや、モゾモゾとする感覚。もう一度経験したというのに、やはり不思議な感覚だ。』
『最近甘い物が恋しくなった、この子の影響かしら。』
『そろそろこの子の名前を考え始める頃ね、どんな名前が似合うのかな?』
『神官によると、この子は強い土属性と水属性を持っている、凄いね、流石私の子供。』
え?夢の彼女の魔法能力は全て平均なはず、神官さんのお世辞でしょうか?
ここは魔法の世界、人の体内には魔力を蓄える『
誰もか地/水/火/風の四大基本属性を持ち、ごく稀に光/闇といった特殊な属性を持つ者も存在する。
ただし、人の器に貯められる魔力には限度があり、その限度を超える魔力を吸収することも、逆に魔力をゼロ以下に使い果たすことも、死の危機に直面することになりかねない。
そのため、自分の限界を知ることは非常に重要で、それをを測定するために専用の魔導具が用いられ、その測定結果は『魔力量』として、レベル1から10の等級に分類される。
レベル1:ほぼ魔法は使えない。
レベル2:ごく簡単な魔法しか使えない。例えば、親指サイズの水球を作るような悪戯程度の魔法。
レベル3:生活に必要な一般的な魔法が使える。例えば、朝一杯の水を出すといった日常的な魔法。
レベル4:基本的な魔法を応用した技術が使えるようになり、さらに魔法を体系的に学び、それを魔術として発展させることができる。工夫して独自の魔法や魔術を創造することも可能になる。平民なら専門の学校に無料入学ができ、兵士、劇団員、研究員や冒険者など、選べる道の幅が広がる。
レベル7以上:王族や貴族から勧誘されるような強者であり、社会的にも優遇される。金や地位が必要であれば、容易に手に入れることができる位置にある。
貴族は大抵平民より多くの魔力量を持っているが、夢の彼女の魔力量はレベル4、貴族として、最下位に位置し、ほぼ一般人と変わらないレベルで、魔法の実技もいつもはギリギリの合格する程度だ。
私はため息をついて、やはり神官さんのお世辞だと内心で決めつける。
続けてページを捲ると、何ページにもわたって空白が続いていた。
——もう終わり?
だが、その次のページ、さらにその次のページへ進むと、中断された日記が続いていた。
内心、少しはおかしいと思ったが、特に深読みせずに、私はそのまま読み進めた。
再開した日付けは中断した日から二週間後、元々何日ごとの頻繁で書く日記なので、二週間は少し長いか、何か用事があったかもしれない。
続けた内容もいつも通りに穏やかで優しい。
『この子の名前を決めました、女の子ならフリージア、男の子ならテオドール。でも、ふふ、何となく女の子の気がするな。』
『最近動きが元気でね、活発な子供が産まれるかな。』
『いよいよ出産が近づいてきた。貴方に会える日を心待ちにします。』
両面の空白で内容が再び中断され、次のページでは、前の内容と区別するかのように、色違いのペンで書かれていた。
『ねえ、フリージア、勝手に他人の日記を読むのはプライベートの侵害で、いけないことだよ!』
私は驚いて肩が跳ね上がり、びっくりした。
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