第3話 炎の力

学校のチャイムが放課後の合図を知らせた。

鳴り終わると同時に忍は駆け出していた。

向かった先は、駐輪場だった。

鍵を解錠し、チェーンを外すと、忍は自転車に乗り、速度を飛ばして走らせた。

彼が目指している行き先はーーー荒野病院。

学校からの道程(みちのり)で、八キロくらいの距離があって、丘高い山の上に顕在している。

聳え立つ街並みが、流れるように過ぎ去って行く。

自転車を漕ぎ(こぎ)ながら忍は、昨夜のジャック・ランタンとの会話を思い出していた。

《『何だよ、いい考えって』》

ジャック・ランタンが訊ねた。

《『病院だよ、植物状態にあるなら、入院しているかもしれない』》

得意になって忍は言った。

デメーテルが納得の声を出した。

《『ああ、なるほど』》

忍はデメーテルに告げた。

《『と言う事ですので、早速(さっそく)明日にでも病院に行って来ます』》

デメーテルが気遣った。

《ええ、お気を付けて》

舗装された道路で出来た坂道を、力いっぱい登って行く。

途中から現われた、荒れた山道もなんのそので頂上まで登り詰めた。

《ーーーっ、や、やっと着いた》

息を切らしながら、自転車を降りた。

息を整えつつ、病院のすぐ脇に自転車を止め、チェーンと鍵をかけた。

歩いて自動ドアを通過すると、受け付けを見つけて声をかけた。

『すみません、こちらの病院に、ショートヘアの女の子は入院してませんか?僕と同じ年くらいなんですけど』

微か(かすか)に消防車のサイレンが、病院を横切って行くのが聞こえた。

あるマンションの前で、消防車は止まった。

オレンジ色の炎と黒い煙が、八階の窓から顔を覗かせていた。

消防士が消防車から降りると、地面にへたり込んでいる女性を見つけた。

消防士は声をかけた。

『大丈夫ですか』

タガが外れたように、女性は消防士に詰め寄った。

『あ、助けて、助けて下さい、息子が妹を助けに行くって、あの中に』

消防士は言った。

『あの中ですね、分かりました』

そして、マンションの中に入って行った。

火はもう既に(すでに)、マンション全体に燃え広がっていた。

火に気をつけながら、階段を駆け上がって行く。

八階に着いて、ドアを強くノックすると、子供の泣き声が聞こえた。

開けると、鍵は掛かってなかった。

中に入ると、三歳くらいの女の子が、熊の縫いぐるみを抱えて泣いていた。

その後ろで、中高生くらいの少年が、崩れた天井の下敷きになって倒れていた。

《……よ、……い》

《……し……よ、……い》

《……れし……よ、……い》

《……ばれし……のよ、……い》

《選ばれし者よ、目覚めなさい》

そう、何度か聞こえる女性の声に起こされて、少年は目を開けた。

《え、何処(どこ)だ、此処(ここ)?》

少年は辺りを見回した。

気付けば、知らない所にいた。

『ちーっす、起きたぁ?』

若い男性の声がした。

《な、何だ、誰だ?》

再び首を動かして周りを見るが、誰も見当たらない。

『此処だよ此処、あんたの目の前』

声に導かれるようにして、正面を見るとーーー怪しげな生き物がいた。

赤いキャップ、デニムのジャケットとパンツ。

所謂(いわゆる)ストリート系の格好(かっこう)をした、二本足で立ってる蜥蜴(とかげ)だった。

蜥蜴は尻尾(しっぽ)に火が着いていた。

『はっじめましてー、俺っち、サラマンダーって言うの、今から、あんたの相棒(あいぼう)だから、宜しく(よろしく)ぅ』

少年は思った。

《は?相棒?何言ってんだこいつ》

『ちょっとー、何か言ってよー』

サラマンダーが、少年の反応を求めた。

『あ、そうだ、兄ちゃん、兄ちゃんの名前は?』

思いついたように、サラマンダーが聞いた。

『……』

しかし、少年は答えなかった。

ずっと口を噤んだ(つぐんだ)まま、我(われ)関せず、と言う態度をとった。

『ねー、無視しないでよー』

サラマンダーが、せがんだ。

『……』

少年は続けてこれも、黙殺(もくさつ)した。

『早くしないと、あ!』

言いかけて、サラマンダーが何かに反応した。

『まずい、早く此処から出ないと、一旦(いったん)逃げよう』

言うと、サラマンダーは両前足、いや、両手を上げた。

すると、二人の周りを炎が囲み、足下に魔法円が現れた。

少年は表情で驚いた。

『ん?ああ、驚いた?昔からこうやるんだよ、それより、やっとこっちに反応してくれたね』

嬉しそうに言うと、サラマンダーは続けた。

『兄ちゃんに、お願いがあるんだけど』

少年が口を開いた。

今、起こっている状況を受け入れる気になったようだ。

『何だ?』

少年の問いかけにサラマンダーは答えた。

『アンドルイド装着って唱えて欲しいんだ』

少年はサラマンダーの願いを聞き届た。

『アンドルイド装着』

張った声が少年から出た。

すると、少年の身体が、一瞬にして炎に包まれた。

《蛍……》

自分の身体を見つめながら、少年は、火事に一緒に巻き込まれた、妹の事を思い出した。

《無事だといいんだけど》

『そしたら、今度は融合って唱えて』

少年はサラマンダーの指示に従った。

『融合』

声に出した途端(とたん)、サラマンダーが少年の中に入った。

足下から順に炎が消えて行く。

炎が止むと、サラマンダーと同化した少年が現れた。

『これは、一体……』

少年は、自分の姿に驚いた。

[詳しい話は後で、今は逃げる方が先決!]

少年の中から、サラマンダーが話しかけて来た。

『逃げるって、何から……』

サラマンダーと話をしながら、少年は火山の噴火口を見た。

飛び散った溶岩が、所々(ところどころ)に集まって、姿を形成して行く。

出来上がったのは、ロボットみたいな形をしていた。

[ま、まずい、トロル達が起きた]

サラマンダーが慌てた。

トロルは少年を見るなり殴りかかって来た。

『わっ』

少年は思い切り飛んで、それを避けた。

トロルの握った拳(こぶし)が地面に当たり、殴った場所が砕け散った。

『っぶねー……』

[逃げるよ、兄ちゃん]

サラマンダーが少年に言うと、少年の身体を操って、片手に火を出現させた。

炎の空間が広がり、足下に魔法円が現れた。

[今から言う呪文を唱えて]

『炎よ、燃え盛る(もえさかる)力よ、我(われ)に危うきを与えんとす者から、我(われ)を守りたまえーーーフレイム』

教えられた通りに呪文を唱えて、火を放(はな)った。

放たれた火は、トロルに直撃し、黒煙(こくえん)が立ち昇(のぼ)った。

黒煙が止むと、少年が姿を現した。

トロルは再び、少年めがけて殴りかかった。

すると、少年の姿が揺らいだ。

『!?』

トロルは驚いた。

もう一度、少年に拳を繰り出す(くりだす)と、少年の姿は揺らいで消え、そこには誰もいなかった。

どのくらい前だっただろうか。

体感だと、ほんの少しくらい前だったと、記憶している。

いつも通りの授業が終わって、帰る仕度をして、教室を出ようとしていた時だった。

この一本の電話が、不吉な知らせをもたらすとは、思いもしなかった。

『もしもし?』

出てみると、母親からだった。

『あ、もしもし、灯(ともる)?家が大変なの、すぐ来て!』

母親の不安そうな声から、ただならぬ状況を感じとった灯は、自分も青くなりながら、電話の向こうにいる母親に訊ねた。

『母さん?何があったの?』

スマホから、落ち着きを失った、母親の声が返って来た。

『家が火事なのよ!中はもう火の海で、蛍がまだ中にいるの、どうしよう、あの子、きっと今頃、熱さと怖さに怯えながら泣いてるわ』

母親のしゃくりあげる声が、通話口から聞こえた。

感情の爆発が終わった母親に、灯は、はっきりした声で伝えた。

『分かった、すぐ行く、母さんはマンションの前で待ってて』

通話を切ると、灯は走り出した。

階段を駆け降りて、玄関に向かう。

靴を履き替え、校舎を出ると、駐輪場へと走った。

鍵とチェーンを外すと、自転車に跨り(またがり)

、速度を飛ばした。

早く漕いで、道を急いだ。

いつもなら、流れ行く街並みを眺めながら、自転車をゆっくり進めていたのが、今は目もくれず、家を目指した。

暫くすると、見覚えのある外観(がいかん)が見えてきた。

灯は夢中になって、自転車を漕ぎ進めた。

そして、ついにマンションへ到着した。

マンションの前は、逃げて来たであろう人達が集まっていた。

野次馬らしき人達や、テレビ局も来ていた。

降りた自転車を止めて、人混みをかき分け、前に出た。

衝撃な光景を、灯は目(ま)の当たりにした。

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