第3話 炎の力
学校のチャイムが放課後の合図を知らせた。
鳴り終わると同時に忍は駆け出していた。
向かった先は、駐輪場だった。
鍵を解錠し、チェーンを外すと、忍は自転車に乗り、速度を飛ばして走らせた。
彼が目指している行き先はーーー荒野病院。
学校からの道程(みちのり)で、八キロくらいの距離があって、丘高い山の上に顕在している。
聳え立つ街並みが、流れるように過ぎ去って行く。
自転車を漕ぎ(こぎ)ながら忍は、昨夜のジャック・ランタンとの会話を思い出していた。
《『何だよ、いい考えって』》
ジャック・ランタンが訊ねた。
《『病院だよ、植物状態にあるなら、入院しているかもしれない』》
得意になって忍は言った。
デメーテルが納得の声を出した。
《『ああ、なるほど』》
忍はデメーテルに告げた。
《『と言う事ですので、早速(さっそく)明日にでも病院に行って来ます』》
デメーテルが気遣った。
《ええ、お気を付けて》
舗装された道路で出来た坂道を、力いっぱい登って行く。
途中から現われた、荒れた山道もなんのそので頂上まで登り詰めた。
《ーーーっ、や、やっと着いた》
息を切らしながら、自転車を降りた。
息を整えつつ、病院のすぐ脇に自転車を止め、チェーンと鍵をかけた。
歩いて自動ドアを通過すると、受け付けを見つけて声をかけた。
『すみません、こちらの病院に、ショートヘアの女の子は入院してませんか?僕と同じ年くらいなんですけど』
微か(かすか)に消防車のサイレンが、病院を横切って行くのが聞こえた。
※
あるマンションの前で、消防車は止まった。
オレンジ色の炎と黒い煙が、八階の窓から顔を覗かせていた。
消防士が消防車から降りると、地面にへたり込んでいる女性を見つけた。
消防士は声をかけた。
『大丈夫ですか』
タガが外れたように、女性は消防士に詰め寄った。
『あ、助けて、助けて下さい、息子が妹を助けに行くって、あの中に』
消防士は言った。
『あの中ですね、分かりました』
そして、マンションの中に入って行った。
火はもう既に(すでに)、マンション全体に燃え広がっていた。
火に気をつけながら、階段を駆け上がって行く。
八階に着いて、ドアを強くノックすると、子供の泣き声が聞こえた。
開けると、鍵は掛かってなかった。
中に入ると、三歳くらいの女の子が、熊の縫いぐるみを抱えて泣いていた。
その後ろで、中高生くらいの少年が、崩れた天井の下敷きになって倒れていた。
※
《……よ、……い》
《……し……よ、……い》
《……れし……よ、……い》
《……ばれし……のよ、……い》
《選ばれし者よ、目覚めなさい》
そう、何度か聞こえる女性の声に起こされて、少年は目を開けた。
《え、何処(どこ)だ、此処(ここ)?》
少年は辺りを見回した。
気付けば、知らない所にいた。
『ちーっす、起きたぁ?』
若い男性の声がした。
《な、何だ、誰だ?》
再び首を動かして周りを見るが、誰も見当たらない。
『此処だよ此処、あんたの目の前』
声に導かれるようにして、正面を見るとーーー怪しげな生き物がいた。
赤いキャップ、デニムのジャケットとパンツ。
所謂(いわゆる)ストリート系の格好(かっこう)をした、二本足で立ってる蜥蜴(とかげ)だった。
蜥蜴は尻尾(しっぽ)に火が着いていた。
『はっじめましてー、俺っち、サラマンダーって言うの、今から、あんたの相棒(あいぼう)だから、宜しく(よろしく)ぅ』
少年は思った。
《は?相棒?何言ってんだこいつ》
『ちょっとー、何か言ってよー』
サラマンダーが、少年の反応を求めた。
『あ、そうだ、兄ちゃん、兄ちゃんの名前は?』
思いついたように、サラマンダーが聞いた。
『……』
しかし、少年は答えなかった。
ずっと口を噤んだ(つぐんだ)まま、我(われ)関せず、と言う態度をとった。
『ねー、無視しないでよー』
サラマンダーが、せがんだ。
『……』
少年は続けてこれも、黙殺(もくさつ)した。
『早くしないと、あ!』
言いかけて、サラマンダーが何かに反応した。
『まずい、早く此処から出ないと、一旦(いったん)逃げよう』
言うと、サラマンダーは両前足、いや、両手を上げた。
すると、二人の周りを炎が囲み、足下に魔法円が現れた。
少年は表情で驚いた。
『ん?ああ、驚いた?昔からこうやるんだよ、それより、やっとこっちに反応してくれたね』
嬉しそうに言うと、サラマンダーは続けた。
『兄ちゃんに、お願いがあるんだけど』
少年が口を開いた。
今、起こっている状況を受け入れる気になったようだ。
『何だ?』
少年の問いかけにサラマンダーは答えた。
『アンドルイド装着って唱えて欲しいんだ』
少年はサラマンダーの願いを聞き届た。
『アンドルイド装着』
張った声が少年から出た。
すると、少年の身体が、一瞬にして炎に包まれた。
《蛍……》
自分の身体を見つめながら、少年は、火事に一緒に巻き込まれた、妹の事を思い出した。
《無事だといいんだけど》
『そしたら、今度は融合って唱えて』
少年はサラマンダーの指示に従った。
『融合』
声に出した途端(とたん)、サラマンダーが少年の中に入った。
足下から順に炎が消えて行く。
炎が止むと、サラマンダーと同化した少年が現れた。
『これは、一体……』
少年は、自分の姿に驚いた。
[詳しい話は後で、今は逃げる方が先決!]
少年の中から、サラマンダーが話しかけて来た。
『逃げるって、何から……』
サラマンダーと話をしながら、少年は火山の噴火口を見た。
飛び散った溶岩が、所々(ところどころ)に集まって、姿を形成して行く。
出来上がったのは、ロボットみたいな形をしていた。
[ま、まずい、トロル達が起きた]
サラマンダーが慌てた。
トロルは少年を見るなり殴りかかって来た。
『わっ』
少年は思い切り飛んで、それを避けた。
トロルの握った拳(こぶし)が地面に当たり、殴った場所が砕け散った。
『っぶねー……』
[逃げるよ、兄ちゃん]
サラマンダーが少年に言うと、少年の身体を操って、片手に火を出現させた。
炎の空間が広がり、足下に魔法円が現れた。
[今から言う呪文を唱えて]
『炎よ、燃え盛る(もえさかる)力よ、我(われ)に危うきを与えんとす者から、我(われ)を守りたまえーーーフレイム』
教えられた通りに呪文を唱えて、火を放(はな)った。
放たれた火は、トロルに直撃し、黒煙(こくえん)が立ち昇(のぼ)った。
黒煙が止むと、少年が姿を現した。
トロルは再び、少年めがけて殴りかかった。
すると、少年の姿が揺らいだ。
『!?』
トロルは驚いた。
もう一度、少年に拳を繰り出す(くりだす)と、少年の姿は揺らいで消え、そこには誰もいなかった。
※
どのくらい前だっただろうか。
体感だと、ほんの少しくらい前だったと、記憶している。
いつも通りの授業が終わって、帰る仕度をして、教室を出ようとしていた時だった。
この一本の電話が、不吉な知らせをもたらすとは、思いもしなかった。
『もしもし?』
出てみると、母親からだった。
『あ、もしもし、灯(ともる)?家が大変なの、すぐ来て!』
母親の不安そうな声から、ただならぬ状況を感じとった灯は、自分も青くなりながら、電話の向こうにいる母親に訊ねた。
『母さん?何があったの?』
スマホから、落ち着きを失った、母親の声が返って来た。
『家が火事なのよ!中はもう火の海で、蛍がまだ中にいるの、どうしよう、あの子、きっと今頃、熱さと怖さに怯えながら泣いてるわ』
母親のしゃくりあげる声が、通話口から聞こえた。
感情の爆発が終わった母親に、灯は、はっきりした声で伝えた。
『分かった、すぐ行く、母さんはマンションの前で待ってて』
通話を切ると、灯は走り出した。
階段を駆け降りて、玄関に向かう。
靴を履き替え、校舎を出ると、駐輪場へと走った。
鍵とチェーンを外すと、自転車に跨り(またがり)
、速度を飛ばした。
早く漕いで、道を急いだ。
いつもなら、流れ行く街並みを眺めながら、自転車をゆっくり進めていたのが、今は目もくれず、家を目指した。
暫くすると、見覚えのある外観(がいかん)が見えてきた。
灯は夢中になって、自転車を漕ぎ進めた。
そして、ついにマンションへ到着した。
マンションの前は、逃げて来たであろう人達が集まっていた。
野次馬らしき人達や、テレビ局も来ていた。
降りた自転車を止めて、人混みをかき分け、前に出た。
衝撃な光景を、灯は目(ま)の当たりにした。
アンドルイド @au08057406264
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