第2話 闇に選ばれし者

水が流れる音がして、トイレから輝が出て来た。

水道で手を洗っていると、ふいに鏡に映った自分の姿が目に入った。

その首には十字架を横に型どった痣が出来ていた。

輝は昨夜(ゆうべ)のデメーテルの言葉を思い出しながら、指でその痣をそっとなぞった。

今日の午後に退院が決まった。

医師からそう告げられた輝は、早る気持ちを抑え、トイレに立って、出歩く都合を付けて、選ばれし者を探した。

行く時は見つからなかったので、帰りも探してみる。

違う、違う、違う。

歩きながら、通り過ぎる時すれ違う人を一人一人見て行ったが、やはりそれらしき人はいなかった。

ゆっくりした足取りで、そっと人を横目に見ながら病室に戻った輝は、大きな溜め息を吐いた。

刻々と退院に向かって、時間だけが過ぎて行った。

廃墟と化したビルの後ろ。

その壁に背中を預けて座り込んでいる、少年の姿があった。

眼も虚ろ(うつろ)だ。

ぐったりしている。

『……っ』

苦痛に顔を顰め(しかめ)た。

《選ばれし者よ、目覚めなさい》

そんな声を聞いた時だった。

少年の視界に闇が訪れた。

少年が目を開けると、そこは墓地だった。

起き上がろうとすると、全身に痛みが走った。

『っつっ』

《墓場という事は、俺、死んだのか》

寝ながらそう思った。

しかし、はたとその考えは変わった。

《いや、待てよ、痛いという事は、もしかしてまだ、生きてる?》

そう考えていると、疑問が生まれた。

自分が気を失った所と場所が違う気がする。

自分で動いた覚えがない。

どうやって此処まで来たのか?

誰かが運んだのか?

一体、何の為に?

少年は考えた。

心当たりがあるんだとしたら、昨夜絡んで来た酔っ払いか、憂さ晴らしの標的(ターゲット)にした先輩グループのヤツらがそうだ。

動けなくなった自分の始末に困って捨てたのだろう。

『酷い仕打ちをされたもんだ』

他人事(ひとごと)のように、独り言を口にした。

《死に場所が墓場とは、面白い死に方だな》

ぼんやりと、そんな事を考えていた時だった。

ボコッと音が聞こえた。

《何の音だ?》

耳をすます。

音は段々(だんだん)近付いて来て、少年の側まで来た。

『ん?』

ふと、少年は背中に違和感を感じた。

何かに背中を押されてる。

寝返りを打つと、ボコッと間近で聞こえた。

何だろうと気になり、顔を反対に向けると、地面から人が出て来ていた。

何やら言っている。

〘……せ〙

〘……よこせ〙

〘……魂をよこせ〙

〘お前の魂をよこせ……!!〙

ボロボロの身体を持った、亡き骸達が少年の周りに集まり始めた。

《ゾンビに喰われて終わるなんて、数奇な運命だったな》

これまでかと、目を閉じた、その時。

[カーカカカカ、誰だ、俺様の獲物(えもの)を横取りしようとしている奴は]

奇妙な声を聞いた。

《え……?》

思わず目を開けたその瞬間、少年の周りを真っ暗闇が包んだ。

暗闇に気を取られていると、さっきの奇妙な声が再び聞こえた。

[カーカカカカ、驚いたようだな]

声の主は何処かと探して、続けて辺りを見回した。

[カーカカカカ、こっちだ、こっち]

少年は正面を向いた。

奇妙な声はそこからするようだった。

『そう、そこだ』

じっと正面を見ていると、暗闇からオレンジ色の何かが、水面を通り抜けるように、ゆっくりと現われ始めた。

オレンジ色の何かはでこぼこしていた。

それは目と鼻がくり抜かれていたカボチャだった。

一見、暗闇の中にカボチャが浮いているように見えるが、目を凝らしてよく見ると、身体がついていた。

黒いスーツとマントに隠れて同化し、見えていなかった。

『カーカカカカ、初めまして、我が愛しき下僕よ、

俺様の名はジャック・ランタン、よく覚えとけ』

口を動かさず(に見える)に、カボチャが喋った。

なんとも滑稽な現象に少年は出くわした。

あり得ないその様子に、少年は頬(ほお)を抓った(つねった)。

痛かった。

『で、下僕よ、貴様の名は?』

ジャック・ランタンの問いに、少年は答えた。

『舞夜忍(まいやしのぶ)だけど』

続けてジャック・ランタンは聞いた。

『助かりたいか?カーカカカカ』

忍が答えを返した。

『そりゃまあ、出来れば』

またジャック・ランタンは訊ねた。

『それなら俺様と契約するか?そうすれば、あのゾンビ共と戦う事が出来るぞ』

忍が言った。

『別に戦えなくていいんだけど、まあいっか、いいよ、それで助かるんなら、契約しよう』

すると、ジャック・ランタンは黙った。

《あれ?》

そして、そっぽを向いてしまった。

忍は考えて、閃いた。

《ああ、そういう事か》

それで、ジャック・ランタンに言った。

『契約させて下さい、お願いします、ジャック・ランタン様』

忍の言葉を聞いたジャック・ランタンは、向き直った。

『良かろう(よかろう)、契約させてやる』

ジャック・ランタンの教えた通りに、忍は変身の言葉を唱えた。

輝のように、疑問を訊ねるような事はしなかった。

『アンドルイド装着』

落ち着いたトーンで、忍は言葉を述べた。

すると、忍の全身を暗闇が包み込んだ。

『融合』

続けて唱えると、ジャック・ランタンが忍の中に入り込み、卵状の球体が出来上がった。

足下から順番に、装いが変わって行く。

やがて、球体が割れた。

中から現われたのは、スパイ映画で見るような、漆黒の上下を身に纏った忍だった。

暗闇の空間が去ると、ゾンビ達がまだ忍を取り囲んでいた。

数あるうちの一体が、忍に噛みつこうと、襲いかかって来た。

『おっと』

咄嗟に(とっさに)躱すと、二体目、三体目もそれに続いた。

次から次へと繰り出される攻撃を、忍は息つく間も無く、避け続けた。

それを見ていたらしい、ジャック・ランタンが、忍の中で舌打ちをした。

[チッ、これじゃきりが無いぜ、おい、下僕、一旦下に潜るぞ]

『了解です、どうすればいいですか?』

[俺様に任せておけ]

ジャック・ランタンはそう言うと、背中から忍を引っ張り込んだ。

忍は倒れると、溶け込むように地中へと消えた。

そして、ゾンビの軍勢の中から、一つの影が飛び出した。

背中に蝙蝠(こうもり)のような翼を生やした、忍だった。

[ふいー、なんとか脱出成功、危ないとこだったぜ]

そう言って、カカカカとジャック・ランタンは笑った。

[まあ、俺様にかかればざっとこんなもんよ]

『すっげー、空を飛んだ』

忍が感心して、自分の出で立ちを確認した。

『これが俺の姿か』

それから、ジャック・ランタンに話しかけた。

『それはそうと、このゾンビ達はどうするんです?』

[カカカカ、そうだな、光や聖水を持ってたら、今の状態で戦う事も考えられなくもないが、手ぶらなうえに、お前もボロボロだからな]

ジャック・ランタンは決断した。

[一旦、引こう、朝になればゾンビ達は墓に戻る、その間に怪我と体力を回復して、また夜に来よう]

『了解しました』

忍が敬礼の真似事をすると、ジャック・ランタンは忍ごと飛び去った。

町の上空に来ると、ジャック・ランタンが声をかけた。

[此処で降りるぞ]

そして、ゆっくりと、忍を降ろした。

『此処は?』

忍が聞くと、ジャック・ランタンはこう答えた。

[そこの看板に書いてある文字を読んでみな]

町の看板には、こう書かれていた。

〝闇の町シャルドネ〟

翼をしまうと、忍とジャック・ランタンは元の姿に戻った。

初めて来た町に、忍は物珍しそうに、辺りを見回した。

シャルドネは、がらんとした、人気(ひとけ)の無い、寂れ(さび)れた町だった。

《ゴーストタウンてやつか》

忍がそんな事を思っていると、ジャック・ランタンが話しかけた。

『こっちだ、ついて来い』

最初の一歩を踏み出すと、先に行くジャック・ランタンの後を、忍は追いかけた。

古びた家が建ち並ぶ間の道を縫うように通り、商店街を抜けて、暗い路地裏に入ると、その町角にぽつんと小屋があった。

立ってる看板を、忍は読んだ。

〝腕利きの薬屋・魔女の家〟

と、書かれてあった。

『へぇー』

そんな忍を他所(よそ)に、ジャック・ランタンが小屋のドアをノックした。

『おい、婆さん、婆さん!』

すると、ドアを叩く音が鳴り止まない中、小屋から声が聞こえた。

『うるさいね、一体誰だい?私のティータイムを邪魔したうえに婆さん呼ばわりするのは』

声で伝わって来た問いに、ジャック・ランタンは答えた。

『俺様だよ、俺様、ジャックだ』

また、小屋から嗄れた(しわがれた)声が返って来た。

『ジャック?はいはい、分かった、今行くよ』

小屋の外で少し待っていると、木材の軋む(きしむ)音がして、ドアが開いた。

現われたのは、老婆だった。

『久し振りだな、婆さん』

嬉しそうにジャックが話した。

『ふん、それで一体何の用だい?』

ティータイムを邪魔されたのが、相当嫌だったのか、不機嫌な声で、老婆は言葉を返した。

『お前に客だ』

横柄にそう言うと、ジャック・ランタンは一瞬、忍の方を見た。

『初めまして、舞夜忍と言います』

丁寧に自己紹介すると、忍はお辞儀をした。

『シルビアだ、シルビーでいい』

ぶっきらぼうにそう言うと、で?と、シルビアは続けた。

『それで、どうして欲しいんだい?』

この問いにも、ジャック・ランタンが答えた。

『薬を作って欲しいんだ、こいつを治したい』

それを聞いたシルビアは、二人を少し𠮟った。

『お前じゃない、あんたに聞いてるんだ』

指を指された(さされた)忍は慌てて言った。

『あ、えっと、怪我を治したくて来ました』

シルビアは鋭い目つきで忍を見た。

忍の身体中に緊張が走った。

暫く(しばらく)すると、シルビアは目を臥せて、こう述べた。

『そうかい、いいだろう』

色の良い返事に、忍は喜んだ。

但し(ただし)、と、シルビアは付け足した。

『シャクヤク、ドクダミ、オトギリソウ、この三つの薬草を探して採って(とって)来な、そうしたら、薬を作ってやる』

忍が言葉を返した。

『分かりました、今から採りに行きます、行ってきます』

すると、シルビアは服の中に手を突っ込んで、何やら、丸まった古い紙を取り出して、忍の前に差し出した。

『薬草の在り処(ありか)を描いた地図だよ、持って行きな』

忍は地図を受け取ると、礼を述べた。

『ありがとうございます、行ってきます』

そう告げて、忍はジャック・ランタンと融合して、翼を生やし、空に飛び立って行った。

それを見届けると、一人残ったシルビアは、こう独り言を言った。

『これで当分、戻っては来られないだろうね』

そして、魔女の家の中に入って、ティータイムの続きを始めた。

『えっと、まずは何から探しましょうか?』

空中に止まって、地図を見ながら、忍が訊ねた。

[そうだな、断崖絶壁(だんがいぜっぺき)の頂き(いただき)にある、オトギリソウなんてどうだ?]

『なるほど、それなら崖(がけ)を登らなくて済む』

ジャック・ランタンの答えに忍は納得した。

『じゃあ、オトギリソウを採りに行きましょう』

[ああ]

二人は飛びながら、オトギリソウを探した。

『えーっと断崖絶壁の頂きだから、崖の上、崖の上っと』

片手を翳し(かざし)、独り言を言いながら飛び回っていると、生えてる緑の中に黄色が顔を出してるのを、忍が見つけた。

『あ、あれかな?』

側(そば)に寄って、ジャック・ランタンがゆっくりと忍を降ろした。

忍はしゃがみ込むと、ジャック・ランタンに訊ねた。

『一応、花が咲いてますけど、これですか?』

[ああ、間違い無い、オトギリソウだ]

『一つ目の薬草ゲットっと』

忍がそう言って、オトギリソウに手を伸ばした、その時だった。

『うわっち!?』

突然の炎が二人を襲った。

[大丈夫か?]

ジャック・ランタンが忍の身を案ずるような問いかけをした。

『は、はい、けど、何が起こったんでしょうか?今』

二人は、炎が現われた方向を振り向いた。

そこには、翼が蝙蝠になった鷹(たか)のような怪物(モンスター)がいた。

『クエエエエエ!!』

怪物が奇声を上げた。

[ガーゴイルだ……]

夢生魔の正体をジャック・ランタンが教えた。

『ガーゴイル?強そうですね』

[強そうなんてもんじゃないぜ]

ジャック・ランタンが、目の前にいる敵について話した。

[奴に目をつけられたら最後、死ぬまで身体を食いちぎられるぞ]

『マジですか』

衝撃的な報告に忍が声を発した。

[チクショー、厄介な奴に引っかかっちまった]

ジャック・ランタンがそう、吐き捨てた。

『奴に弱点は無いんですか?』

忍の質問に、ジャック・ランタンは残念そうに言った。

[無い事は無いが、奴の身体はダイヤよりも硬く出来ているから、普通の打撃斬撃は効かないとされているうえに、光の属性だから、暗くなれば力が弱まるが、今、まだ昼間だからな]

『打つ手無しってヤツですか』

否定的な言葉を発した忍にまた、炎が襲った。

もう、二、三発、炎を放つと、再びガーゴイルは奇声を上げた。

『クエエエエエ!!』

すると、今度は翼を広げて、空中を滑って行き、忍に飛びかかった。

『わっ』

驚いた忍は、思わず仰け反った(のけぞった)おかげで、攻撃を避けられた。

嘴(くちばし)でつつき、翼で引っぱたき、地味だけど、痛い攻撃が続いた。

『痛い、痛い、痛てててて』

忍は半泣きになりながら、ガーゴイルから逃げまわった。

[チッ、このままじゃ埒(らち)があかない、一旦、影に逃げるぞ]

忍の中で、ジャック・ランタンが声をかけた。

『了解』

影に潜る瞬間、忍はあるものを目にした。

《もしかして……》

身体を操ってるジャック・ランタンに身を任せて、

影の中へと、忍は消えた。

忍の姿が見えなくなると、ガーゴイルは辺りを見回した。

いなくなったと分かったのか、攻撃を止めた。

そして、軽く飛んで、花に近付くと、翼を休めた。

その下には、卵があった。

暫くすると、ガーゴイルは眠り始めた。

[ふう、ようやく寝たか]

影の中で、ジャック・ランタンが声を出した。

『やっぱり、卵を守ろうとしてたのか』

自分が襲われた理由に、忍は納得した。

[やっぱりって、お前、知ってたのか!?]

ジャック・ランタンが驚いたように、訊ねた。

『何言ってんですか、んなわけ無いじゃないですか』

あっさりと忍は否定した。

『影に潜る時、オトギリソウのそばに卵があったのが、ちらっと見えただけですよ』

[そうか、そうだよな]

冷静になってジャック・ランタンは納得した。

すると、話を変えて来た。

[なあ、ちょっと考えたんだが]

忍はジャック・ランタンの言葉を聞いて、頷いた。

『了解です』

その行動はすぐに決行された。

ガーゴイルが眠っているその横で、オトギリソウの下から手が伸びた。

忍の手だった。

手はオトギリソウの根元を掴むと、引っこ抜いた。

《よし!》

忍はオトギリソウが掴まれた手を、慎重に引っ込めた。

『上手く行きましたよ』

忍はジャック・ランタンに報告した。

二人は気づかれないように、影から出ると、ジャック・ランタンが静かに、翼を出した。

[あばよ]

ジャック・ランタンが別れの挨拶をすると、それを合図に二人は上空に飛び立った。

数メートル先を飛んでいると、恐れていた声を聞いた。

『クワアアアアア!!』

怒りの形相でガーゴイルが追いかけて来た。

『追って来ましたよ』

忍が焦って、ジャック・ランタンに話しかけた。

[俺様に任せな、スピードアップだ]

『うお!?』

翼を羽ばたかせて、ジャック・ランタンは速度を上げた。

風に任せて、勢いに乗って、ぐんぐん上空を進んで行く。

[ひゃっふうー、がんがん行くぜ!]

楽しそうに、ジャック・ランタンが声を出した。

どうやら、逃げてる間に調子付いて(づいて)、

テンションが上がって来たらしい。

[このまま飛ばすぜ、いえっふうー!]

忍も気持ちよくなって飛んでいたが、ジャック・ランタンの次の一言で、自分が今、置かれている状況を思い出した。

[そういや、ガーゴイルはどうなった?]

ジャック・ランタンが止まって言った。

『そうだった』

忍は恐る恐る、後ろを振り返った。

姿が見えなかった。

『誰もいないみたいですよ?』

首を動かして、辺りを見回しながら、忍が言った。

[あ]

と、ジャック・ランタンが声を発した。

『どうしました?』

訊ねた忍に教えた。

[あそこの動いてる小さな点、分かるか?]

ジャック・ランタンに言われて、忍はじっと遠くを見据えた。

『あ』

確かに、遥か(はるか)彼方(かなた)に、動く小粒な何かが見えた。

『ひょっとしてあれが?』

[ああ、たぶんな]

肯定的な答えをジャック・ランタンは忍に述べた。

[どうやら逃げ切ったみたいだな]

その言葉を聞いた忍は、ほっとして胸を撫で降ろした。

[次は何処に行く?]

ジャック・ランタンが聞いた。

『そうですね、ドクダミがあるとされている底無し沼に向かいましょうか』

[底無し沼だな、分かった]

忍の注文をジャック・ランタンは聞きつけた。

『えっと、底無し沼は、と……お、あれかな?』

おどろおどろしい色の巨大な水溜り(みずたまり)のようなものを忍は見つけた。

ジャック・ランタンは忍をそこに近付けた。

『ドクダミは、これかな?』

小さく咲いてる白い花をそっと触った。

[ああ、それだな]

ジャック・ランタンが言葉で頷いた。

忍はドクダミを掴んで、引っこ抜いた。

[よし、じゃあ次に行くか]

ジャック・ランタンがそう言った時だった。

底無し沼から、触手が伸びて来て、飛び立とうとした、忍の足を掴んだ。

『うわぁ!』

触手は二人を中に引き摺り(ひきずり)込もうとし始めた。

ジャック・ランタンが翼を羽ばたかせて、空に逃れようと、必死に抗う(あらがう)。

[離しやがれ、このっくそっ]

忍も離れようと、巻きつかれた触手を引っ張った。

だが、びくともしなかった。

綱引きで負けたように、強い力で、どんどんと足が、底無し沼の中へと、落ちて行く。

[!そうだ、もしかしたら]

《も、もうダメだ……!》

忍が力尽きた時だった。

空間が暗くなった。

『え?』

忍が不思議そうな声を出した。

そして、ジャック・ランタンが宿っているであろう、自分の胸を見た。

ジャック・ランタンが闇を呼んだのだ。

『ジャック・ランタン様?』

忍が話しかけた。

聞いているのかいないのか、ジャック・ランタンは忍を呼んだ。

[おい、下僕、今から俺様が呪文を言うから、助かりたければ、教えた通りに唱えろ]

『り、了解』

忍は呪文を唱えた。

『暗黒の力よ、その怪しき力を我に授けたまえ、汝が差し伸べし手を妨げんとす者へ制裁を』

[そうだ、それでいい、おっと魔法名を忘れるなよ]

ジャック・ランタンが満足げな声で指導した。

『ダーク』

すると、沼地が闇に染まった。

闇の魔法は、忍の足に絡みついている触手と同じような触手を出し、縛り付けた。

怯(ひる)んだらしく、触手が忍から離れた。

[今だ、闇に逃げ込め]

『あ、そうか』

忍は納得すると、ジャック・ランタンの言った通り、闇に潜った。

『助かった』

闇の中で、触手の主(ぬし)を探った。

『何ですか、あいつは?』

ジャック・ランタンがその正体を喋った。

[スライムだ]

目と口が着いた、ゼリーのお化けみたいな生物がそこにいた。

『こんな奴にやられていたのか』

忍は自分に情けなさを感じて、落ち込んだ。

[まあ、強敵じゃないと分かっただけよかったじゃねーか]

前向きな言葉で、ジャック・ランタンが励ました。

[そんな事もあるさ]

『ええ、そうですね、ありがとうございます』

二人は会話を交わすと、スライムを見た。

スライムはパニックになったのか、沼地のあちこちを右往左往すると、沼の中に潜った。

『あ、逃げた』

見ていた忍が声を出した。

闇の空間が止むと同時に忍は、ジャック・ランタンの力で上空へと上がった。

[後はシャクヤクを残すだけだな]

『ええ、暗がりの樹海へ行ってみましょう』

地図を照らし合わせ、場所を確定すると、二人は暗がりの樹海へと飛んだ。

ピンクの可愛らしい花を咲かせた薬草は、先ほど入手した二つ同様、すぐに見つかった。

[そう、その花だ]

ジャック・ランタンの言葉に従い、忍はシャクヤクを引っこ抜いた。

『また、何か襲って来るのでは?』

シャクヤクをポケットにしまい込んだ忍は身構えた。

[かもな]

ジャック・ランタンが不吉な発言をした。

『嫌な事言わないで下さいよ、縁起でもない』

不安を覚えた忍が否定した。

[いや、分かんないぜ、二度ある事は三度あるって言うからな]

『俺的には三度目の正直であって欲しいです……』

そう零した忍にジャック・ランタンが追い打ちをかけるような言葉を放った。

[噂(うわさ)をすれば影なんて言葉もあるしな]

『勘弁して下さいよ』

二人がネガティブな会話をしていた、その時だった。

〔それは、私(わたくし)の事かしら?〕

女性の声がした。

《誰だ?何処にいる?》

忍が辺りを見回して、その姿を探していると、ジャック・ランタンが反応した。

[上から来るぞ、横に飛べ!]

ジャック・ランタンに言われた通りにすると、何かが襲いかかって来た。

〔ホホホ、よく避けたわね、ならこれはどうかしら〕

次の攻撃が来た。

避けても避けても、その攻撃は続いた。

何か止められる手は無いかと、忍は攻撃を躱しながら、考えた。

《これじゃ、きりが無い、なんとかしないと》

避ける方向を考えながら、聳え(そびえ)立つ森林を見た。

すると、木の下に、木陰で作られた暗がりが、視界に入った。

《あれだ!》

忍は次に来た攻撃を躱すと、横にそれた。

そして森林の中に入って、身を隠した。

隠れた木は盾となって、攻撃を防いだ。

攻撃が止まり、忍が木を見ると、棘(とげ)を生やした蔓(つる)が幹に巻きついていた。

〔私の鞭(むち)を止めるとは、なかなかやるじゃない、ちょっとは楽しめそうね、でも、私を倒せるかしら?〕

ひらひらと、紅い花弁(はなびら)が降って来た。

花弁は舞い踊るように集まり、形を作り始めた。

忍達は木から出て来た。

[心の準備はしておけよ]

『え?』

何て言ったのか分からず、忍は聞き返したが、ジャック・ランタンが答えずに終わった。

花弁が作ったのは、人の形だった。

花弁は緑色の身体になり、現れたのは、紅い花を頭に着けた女性だった。

[やっと姿を現したな、マンジュシャゲ]

ジャック・ランタンが女性の正体を明かした。

『やっとって、じゃあ、さっきの鞭はこの人が?』

答えが分かっているような質問を忍はした。

[ああ、気をつけろよ、あいつの鞭には毒入りの棘が付いてるからな]

『そうなんですか?』

[そうだ、刺されたら、十二時間以内に治療しないと、助からないとされている]

『そんな危険な武器を、俺は避けていたんですか』

忍は自分で言ってて、青くなった。

[鞭をしまってくんねーかな、マンジュシャゲ]

ジャック・ランタンが話しかけた。

『あら、戦う気がないのかしら?』

マンジュシャゲが言葉を返した。

[ああ、俺様達は戦いに来たんじゃない、薬草を採りに来ただけだ]

『あっそ、でも、残念ねー、私は戦いたいのよ』

マンジュシャゲは意地悪く笑うと、全身を花弁に変え始めた。

足下から徐々に花弁になって行き、言葉を放つと、完全にその姿は無くなった。

『逃さないわよ、この戦いを終わらせたいなら、私を倒してごらんなさーい』

紅い花弁は、蝶になって空中を舞った。

そして、忍達に飛びかかった。

『げ』

蝶達は、その小さな体からは考えられないような力で、忍にタックルを喰らわした。

『がっ、ぐあっ、うぐっ』

息つく間も無く、繰り出される攻撃に、忍は手を出せないでいた。

『くっ……』

《これじゃ反撃出来ない……どうすれば》

〔ホホホ、捕まえてごらんなさーい〕

楽しげなマンジュシャゲの声がした。

[くそっ、やっぱり、話の通じる相手じゃなかったか]

悔しそうに、ジャック・ランタンが忍の中で喋った。

『和解しようと思ったんですか?』

[ああ、聞く耳を持ってくれなかったようだがな]

残念そうな声がジャック・ランタンの口から出た。

『あぐっ、あうっ』

忍は攻撃を受け続けた。

そんな忍の身体に異変が起きた。

[おい、大丈夫か?身体が透けてるぞ]

ジャック・ランタンが、それを知らせた。

『え?……わあ、本当だ』

自分の手を見て、忍は驚いた。

[ヤバいな、このままだとお前、消滅するぞ]

『しょうめ……マジですか!?』

[ああ、だから、早いとこ、なんとかしないと]

『くっ、そんな事言われても』

[だよな、何か、対応出来る武器でもあればなあ]

情けない声をジャック・ランタンは出した。

〔どうやら、終わりが近いようね〕

力強い声でマンジュシャゲは言った。

〔夜になるのを待とうたって無駄よ〕

不敵に笑いながら言ってるのが目に浮かぶようだ。

追い打ちをかけるように、マンジュシャゲは、葉っぱを忍に向けて飛ばした。

葉っぱは、手枷(てかせ)や足枷(あしかせ)となり、忍は木の幹に磔(はりつけ)にされた。

〔とどめね〕

マンジュシャゲは言うと、人型の姿になった。

そして、片手を挙げると、何処からか、竹やその葉っぱで作られた、ボーガンが出て来た。

それを掴むと、忍に向けた。

『終わらせてあげるわ』

竹を葉っぱで出来た弓に引っかけた。

[悪かったな、こんな最期にさせちまって]

ジャック・ランタンが言った。

『いえ、俺の方こそ、頼りないパートナーですみません』

最期の言葉を言い終えた、忍は静かに目を閉じた。

忍の身体目がけて、竹の矢が放たれようとした、その時だった。

パキン

『きゃあああ!』

聞き慣れない音と悲鳴が聞こえて、忍は目を開けた。

見ると、マンジュシャゲのボーガンを持った手が氷っていた。

『え?』

忍はきょとんとしている。

『だっ、誰よ、出て来なさい!』

マンジュシャゲが怒鳴った。

すると、木の影から何者かが、現れた。

それは、少女だった。

歳(とし)は忍と同じくらいだろう。

『よくも邪魔をしてくれたわねー!』

マンジュシャゲが怒りのオーラを放つと、背後から二本の蔓が触角のように飛び出し、少女に襲いかかった。

『危ない!』

忍が声をかけた。

しかし、蔓は少女の数センチ手前で、氷りついて止まり、砕け散った。

『なっ……』

マンジュシャゲがたじろいだ。

忍も驚いて目を見開いた。

少女の方は大して気にも留めず、マンジュシャゲの横を通り過ぎ、磔に歩み寄ると、忍を見上げた。

すると手枷足枷が、氷りついて砕け散った。

[おっと]

落ちた瞬間、ジャック・ランタンが翼を広げて、空に浮かばせた。

『くっ……こうなったら』

そう言うと、マンジュシャゲは再び、花弁の蝶と化し始めた。

ところが。

《あれ……?さっきよりも遅い……?》

『ジャック・ランタン様』

[ああ、分かってる]

マンジュシャゲの様子が気になった忍達は、地面に降り立った。

『うぐっ、くっ』

マンジュシャゲは苦しみ出した。

『きゃあああ!!』

そして、悲鳴を上げて、変化(へんげ)するのを中断した。

『さ、寒いわ、何をしたの?』

途端に元気が無くなった声で、マンジュシャゲは、少女に訊ねた。

『……?……ああ、忘れてた』

言うと、少女は忍に近付き、ワンピースのポケットから、あるものを取り出した。

それは、氷に覆われた球根だった。

『これ、あげる』

そう言って、忍の前に差し出した。

『え?あ、ああ』

忍が受け取ると、球根はとてつもなく、ひんやりしていた。

『冷たっ』

球根は大きく伸縮し、ドクンドクン言っている。

『ま、待ちなさい!それは、私のよ、返しなさい!』

葉っぱのブーメランが、三つほど飛んで来た。

だが、それも少女の前に、跡形(あとかた)も無く、崩れ去った。

『奇麗(きれい)な星空』

上を見上げて、少女が言った。

それを聞いて、忍も真似(まね)をした。

上空では満天の星が、輝いていた。

《いつの間にか、夜になっていたんだな》

星空を眺めながら、忍はそんな事を考えた。

そして、はたと思い当たった。

《……ん?待てよ、星空?夜?闇?》

忍は、ハッとした。

そして、相棒に声をかけた。

『ジャック・ランタン様』

[ああ、分かってる!行くぜ、下僕]

足下に魔法円が広がった。

マンジュシャゲを見ると、いつの間にか、手足を氷漬けにされて、動けなくなっていた。

忍は呪文と、魔法名を唱えた。

『暗黒の力よ、その怪しき力を我に授けたまえ、汝が差し伸べし手を妨げんとする者へ制裁をーーーダーク!』

何処からともなく、触手が現れて、マンジュシャゲの身体を覆った。

『ぐっ、今度会ったら、承知しないんだから、覚えておきなさいよ』

怨めしそうにそう言うと、マンジュシャゲは、花弁の蝶に化け、何処かに飛んで行ってしまった。

[行っちまったな]

ジャック・ランタンが忍の中で喋った。

『逃げられてしまったようですね』

ジャック・ランタンの言葉に応えるように、忍も言った。

『これきり、戦う事が無ければいいんですけど』

[ああ、報復に現れなければいいが]

『でも、あの子、強かったですね』 

[そうだな、おかげで命拾いした]

『ええ、九死に一生を得ました』

[礼を言わなきゃなんねーな]

『あ、そう言えば』

ジャック・ランタンに言われて、忍は気づいた。

感謝の言葉を伝えようと、忍は少女のいた方を振り向いた。

『あれ?』

少女はいなかった。

忽然(こつぜん)と、消えていた。

『まさか、消滅……!?』

少女の姿が透けて見えていたのを思い出して、忍は言った。

[いや、それはねーな]

忍が想像した、最悪の事態を、ジャック・ランタンはあっさり否定した。

『え?どうしてです?』

理由が分からず、忍はジャック・ランタンに聞いた。

[考えてもみろ、確かにマンジュシャゲは、あの子を攻撃したが、全部あの子が氷技(こおりわざ)で打ち消してたじゃねーか]

『あ……』

ジャック・ランタンの言葉を聞いて、忍の中に希望が湧いた。

『じゃあ……』

忍が期待した答えを、ジャック・ランタンは口にした。

[そこは安心していい]

『よかったー』

忍はホッとして、胸を撫で降ろした。

[けど、まだ生きてるといいな、あの子]

『ええ、そうですね』

突然現われ、自分達をピンチから救ってくれた、不思議な少女。

彼女は一体、何処の誰なだろう。

分かっている事といえば、氷を操る技を使う事くらいだ。

でも、それでいい。

今は、まだ。

少しずつでも、彼女の事を知って行ければ。

『また、会えますかね?』

また、忍が答えの分かってる質問をした。

勿論(もちろん)、ジャック・ランタンは答えた。

[可能性は高い]

肯定的に、そして前向きに。

[さて、薬草が揃った事だし、婆さんの家に戻るか]

ジャック・ランタンの言葉を聞いて、忍は本来の目的を忘れていた事に気付いた。

『そうだった』

[おいおい]

ジャック・ランタンに呆れられながら、二人はシルビアの元へ向かった。

魔女の家に帰って、薬草を渡すと、シルビアは約束通り薬を作り、湿布を宛てがってくれた。

行く宛てが無い事を相談すると、夕食の洗い物を手伝う事を条件に宿泊を許してくれた。

その晩、忍は不思議な声を、眠りの中で聞いた。

自分の名前を呼ばれて目を覚ますと、魔法を使う時と同じような、暗闇の中にいた。

『カーカカカカ、起きたか?』

聞き覚えのある声に起き上がると、ジャック・ランタンと、見慣れない女性が目の前にいた。

『紹介するぜ、こちらはデメーテル様、この世界をお治めする女神様であらせられる』

ジャック・ランタンの几帳面な紹介のしかたに、デメーテルと呼ばれたその女性は、少し困ったように笑って言った。

『そんな丁寧に紹介しなくてもいいですよ、初めまして、デメーテルです』

そして、深々とお辞儀をした。

『あ、えっと舞夜忍です、こちらこそ初めまして』

忍も頭を下げた。

『貴方の事はジャックから聞いてるから、知ってます』

忍はジャック・ランタンを一瞥(いちべつ)すると、デメーテルに問いかけた。

『この世界で一体、何が起こってるんですか?』

デメーテルは言った。

『そうですね、まずはその説明からしましょうか』

デメーテルは、此処は夢の世界である事、魔王がこの世界を侵略し、征服しようとしている事、それを食い止め、平和をもたらすにはデメーテルの力だけでは足りず、九つのアンドルイドの力がいる事、魔王の手下を夢生魔と呼び、魔王と戦うにはその前に奴等(やつら)と戦って倒さなければならない事、

その戦士の一人に忍が選ばれた事などを話した。

『アンドルイドって何ですか?』

忍はふと、思った事を聞いた。

『ドルイド僧をご存知ですか?』

デメーテルが聞き返した。

忍は首を横に振った。

『他国の古代神話に伝わっている、有力な力を持った僧侶の事です、ドルイド僧の中でも、精霊達から選ばれた特異な存在、それがアンドルイドです』

『なるほど』

忍は納得した。

『俺もその一人で、アンドルイドの力に目覚めた者は、他に八人いる、その人達を探し出して、夢生魔や魔王と戦い、倒す必要がある、と』

デメーテルは言葉で頷いた。

『ええ、そうです、先程(さきほど)は

よく頑張りましたね、戦ってくれて、ありがとうございます』

感謝の言葉も述べると、忍は遠慮した。

『いえ、そんな、とんでもないです、氷使いさんが現れなかったら、危なかった、お礼なら彼女に仰って(おっしゃって)下さい』

ジャック・ランタンが口を挟んだ。

『そう言えば、あの子は誰です?』

《そうだよな、それも聞くべきだった》

忍は思った。

『初めて戦うにしては、強すぎです』

ちょっと考えてデメーテルは答えた。

『氷使い、ウンディーネ……ああ、きっとあの子の事ですね』

心当たりがあるらしい。

『ご存知なんですね!?』

忍の声が弾んだ。

ジャック・ランタンと二人で、食いついた。

しかし、デメーテルは言った。

『ええ、でも、会った事があるのは覚えているのですが、随分昔の事なので、名前とかまでは……』

二人の期待は、外れた。

『そうですか……』

残念そうに忍が言った。

『ごめんなさい……』

デメーテルは謝った。

『いえ、気にしないで下さい』

忍が気遣った。

『でも、どうしてあんなに強いんです?』

引き続き、ジャック・ランタンが聞いた。

『そうですねぇ……初めて会ったのは、あの子が五歳くらいの時でしたでしょうか』

「五歳から(ぁ)!?」

二人は驚きの声を上げた。

『え、ええ』

詰め寄る二人に、少し怯みながらも、デメーテルは答えた。

『あ、すみません、つい』

我に帰って、忍は謝った。

『いいえ』

デメーテルが優しく許すと、ジャック・ランタンが言葉で促した。

『それで、どうやって出会ったんです?』

答えの続きをデメーテルは話した。

『ええ、知恵の泉の周りをウンディーネと一緒に散歩してたら、噴水を眺めてたんです』

デメーテルは話を続けた。

『〝こんな所でどうしたの〟って聞いたら、〝迷ったの〟って、そしたらウンディーネが一目気に入って、〝私(わたし)と契約しない!?私が貴方を守ってあげるわ〟って、彼女を宿主にしました』

聞いてた忍が補足した。

『それが始まりなんですね』

デメーテルは言葉で頷いて、話を進めた。

『ええ、知恵の泉には図書館もありますから、そこからは勉強でも、修行でもウンディーネが家庭教師になって、どんどん彼女を教育して行ったんです』

話を聞き終えると、ジャック・ランタンが言った。

『それで、あんなに強いのか』

二人は納得した。

『友達は?』

ふと、思った事を忍は訊ねた。

『え?』

デメーテルが聞き返した。

『友達にはならなかったんですか?』

忍が聞き直した。

『友達にもなったようですよ、〝家庭教師である前に自分は友達でありたい〟と、よくウンディーネが話してましたから』

それを聞いて、忍はホッとした。

『そうですか、なら、よかった』

次も聞いたのは、ジャック・ランタンだった。

『あの子〝影〟になってましたけど、大丈夫なんですか?』

忍は自分の姿が透けていた時の事を思い出した。

《あの状態の事、〝影〟って言うのか》

心の中で、そっと学んだ。

デメーテルは言った。

『ある程度のダメージをくらいさえしなければ、他の〝影〟と一緒で問題ありませんが、見つけるのは、早い方がいいです』

忍がジャック・ランタンに続いた。

『どうして〝影〟に?』

これにもデメーテルは答えた。

『恐らく(おそらく)現実世界にある肉体が苦しんでる状態にあるからだと思われます』

さきほどの、ジャック・ランタンが質問した時と同じように、深刻そうな顔で、デメーテルは言葉を述べた。

『苦しんでる?』

忍が繰り返した。

『ええ、植物人間状態と言いますか、生死の境を彷徨って(さまよって)いると言いますか』

言い切らない形で、デメーテルは言葉を終わらせた。

『そんな、じゃあ、今、すぐにでも探さないと』

忍が急き立てた。

『落ち着けよ、手がかりも無いのにどうやって探すんだ?』

ジャック・ランタンが宥めながら聞いた。

『あ、そっか』

尤もな質問に、忍は我に帰った。

『手がかりか、うーん』

忍は唸って、考えた。

覚えている特徴を挙げても、首までのショートヘアに白いワンピースを着ていた事くらいだ。

どうすれば彼女を植物状態から救い出せる?

《……ん?待てよ》

忍が気付いた。

《植物状態?……!》

忍は閃いた。

『そうか、それだ』

忍の言葉を聞いて、デメーテルが言った。

『何か良い考えが浮かんだようですね』

弾んだ声で忍は返事をした。

『はい!』

穏やかな声でデメーテルは言葉を紡いだ。

『そうですか、では、続きはまた、今夜にしましょう』

忍はきょとんとした。

『え?』

しかし、デメーテルの、次の言葉で理解した。

『現実世界では、そろそろ朝になる頃(ころ)です、帰られた方が良いでしょう』

言われた忍は時間の流れをしみじみ感じた。

『そうですか、もう、そんな時間になりますか』

デメーテルは詳しく、現実世界へと帰る方法を忍に教えた。

二人は墓地に着いた。

《まずは貴方が倒れていた墓地にお行きなさい》

忍はデメーテルが言った言葉を思い返しながら、墓地の中へと足を踏み入れた。

《次に、貴方が倒れていた墓を見つけなさい》

記憶を頼りに自分が倒れていた墓を探す。

『あったか?』

ジャック・ランタンが話しかけた。

『確か、これだったと思います』

忍の言葉に、ジャック・ランタンは言葉で頷いた。

『そうか、よし、後は眠るだけだ』

《そして、その墓で横になりなさい、そうすれば眠っている間に現実世界へと戻れるでしょう》

デメーテルに教えられた通り、忍は墓の側(そば)で仰向け(あおむけ)になった。

が、しかし。

『そんな急に寝ろって言われてもなぁ』

忍が困っていると、何かが聞こえた。

声だ。

いや、歌だ。

二人は耳を澄ました。

『ゆーりかごーのうーたをカーナリヤーがうーたうよ、ねーんねーこ、ねーんねーこ、ねーんねーこよ……』

心地いい声。

誰が歌っているのだろう。

ひょっとして、あの子だろうか。

そんな事を考えながら、聴いてるうちに、忍は微睡み(まどろみ)始めた。

そして、視界が暗くなった。

『う……ん』

忍が眠たげに寝返りをうった。

しかし、なかなか寝付けず、目を開けた。

起き上がって、辺りを見回すと、見覚えのある風景が、目の前にあった。

廃墟となったビルの裏だった。

《俺……一体……そうだ》

夢の世界で経験した出来事を、忍は思い出した。

ジャック・ランタンやデメーテルに出会った事。

いろんな場所で夢生魔に襲われ、戦った事。

シルビアに怪我を手当てして貰った事。

そして、氷使いで、自分を助けてくれた、不思議で謎な少女と出会った事ーーー。

忍は空を見上げた。

雲が一つも無い、澄み渡るような青空だ。

そして、謎の少女の事を考えた。

《待っててくれ、きっと探し出してみせるから》

心の中で、少女に言うように、そう誓った。

《まずは、学校に行かないとだな》

怪我の治った身体で、忍は立ち上がって、歩き出した。

その夜、ジャック・ランタンやデメーテルと再会し、頭の中にジャック・ランタンが棲む事になるのを、忍はまだ知らない。


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