アンドルイド
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第1話 アンドルイドとの出会い
此処は高野病院。(こうやびょういん)
中では看護師達が忙しく(せわしく)動き回っていた。
運ばれて来た患者の容体を医師に報告しながらICUへ共に向かって行く。
患者は一人の少年だった。
少年を乗せたストレッチャーが、医師、看護師と一緒に中に入り、扉が閉まった。
少年の口に呼吸器が当てられ、点滴など数本の管に繋げられた。
※
『ーーーぐすん、ぐすん』
聞こえる。
泣き声が、聞こえる。
誰かが泣いてる。
暗闇の中
たった一人で。
『ーーーけて』
君は誰?
どうして泣いてるの?
《ーーーなさい》
また、聞こえた。
今度は違う声。
《目覚めなさい》
何処にいるの?
[私を呼んで下さいな]
また、違う声。
[私を受け入れて下さい]
突然現われた白い光。
無意識にその光に触れた。
《選ばれし者よ、目覚めなさい》
光は一気に大きくなり、暗闇を呑み込んだ。
少年の意識はそこでシャットダウンした。
※
次に目を開けると、視界に入ったのはおじさんの顔だった。
『お目覚めかな?』
おじさんが言った。
思わず飛び起きると、身体中に激痛が走った。
自分の身体を見てみると、全身に包帯が巻かれていた。
『もう少しお休みなさい』
おじさんの言う通りに、少年は今、自分が寝ていた長椅子(ながいす)に横たわった。
大きな十字架(じゅうじか)とステンドグラスが視界に映った。
宗教で知った長髪で髭(ひげ)を生やした聖なる男性ではなく、端整(たんせい)な顔立ちで引き締まった身体の女性が中心に彫(ほ)られていた。
それを見て、少年は悟(さと)った。
自分は知らない所にいる。
『此処(ここ)は何処(どこ)ですか』
少年は訊ねた(たずねた)。
『ブライトタウンですよ』
おじさんが答えた。
裾(すそ)が足首まであるロングコートのような黒い服を着ている。
神父(しんぷ)なのだろう。
少年は耳を疑った。
『……はい?』
そして、聞き返した。
『ブライトタウンです』
再度、神父は答えた。
『ちょっと待って、此処は日本じゃないんですか?ブライトタウンなんて聞いたこと無いんですけど』
引き続き疑問を少年はぶつけた。
『ニホン?ああ、異界にあるとされている、伝説の小さな島国の事ですね』
思いがけない答えを聞いて、少年は固まった。
異界?伝説?
信じられない単語が少年の猜疑心(さいぎしん)を増幅した。
そして確かめたくなった。
『此処の世界地図はありますか?』
神父は返した。
『図書館に行けばありますよ』
『案内して下さ……うっ』
少年は動こうとしたが、怪我(けが)の痛みがそうさせなかった。
『今は安静(あんせい)が優先ですよ』
今は諦めたのか、大人しくなった少年に神父から声がかけられた。
『そうそう、暗くなると夢生魔(むうま)が出没する事がありますので夜は出歩かないように、と、言ってもその怪我では必要ない助言かもしれませんが』
そして夜になった。
神父が夕食を持って来てくれた。
少年はなんとか起き上がり、料理を見ると戸惑いを見せた。
ぐううう。
だが、身体はそうはいかなかった。
『私に構(かま)わず、お食べなさい』
神父のこの一言が少年の背中を押した。
ごくりと唾(つば)を呑み込み、スプーンを掴むと、食事をがっつき始めた。
『ん、んー!』
神父が、喉に詰まった様子を見て、優しく叱り(しかり)、少年の背中を叩いた。
『慌てて食べるからですよ』
がらん、と、乱暴な音をたてて、スプーンが置かれた。
『ご馳走(ちそう)様でした!』
背中を丸めて、手を合わせ、頭を下げて、少年は礼をした。
『それではちょっと片付けて来ますね』
神父はそう言うと、教会の外へと姿を消した。
その間、少年は頭の中を整理し始めた。
見知らぬ教会、異界、伝説、ブライトタウン。
分からない事だらけだ。
少年は頭(かぶり)を振った。
頭(あたま)を掻きむしりたい気持ちにもなったが、痛みがある事を思い出し、それは止(や)めた。
ふと、こんな事を思った。
《これは、夢ではないだろうか……?》
その瞬間。
[その通り、夢ですわ]
声が聞こえた。
《え、誰?っていうか、何処(どこ)?》
[あら、いやですわ、私(わたくし)ったら、不躾(ぶしつけ)に、すみません]
その声は続けた。
[今、テレパシーで貴方(あなた)様の頭の中に話しかけているんですの]
《君は誰?》
[詳しいお話はまた後(あと)で、もうすぐお祈りが始まりますわ、その時にお話ししましょう]
『お祈り……?』
思わず聞きたい事を口に出して言った。
だが、声はそこで途切れてしまった。
『すみません、暫く(しばらく)の間一人にさせてしまって』
そんな声と共に神父が戻って来た。
『今から女神様にお祈りを捧げるのですが、貴方もご一緒に如何(いかが)ですか?』
声が気になった少年に迷いは無かった。
『はい、ぜひ、祈らせて下さい』
それを聞いた神父は優しく微笑んで(ほほえんで)頷き、こう言った。
『それでは始めましょうか』
神父は大きな十字架に向かって手を組み、眼を瞑って(つむって)祈りを始めた。
少年もそれを見て、真似(まね)をした。
少年の周囲が白く光った。
あまりの眩しさ(まぶしさ)に思わず眼を開けると、白い光の中にいた。
《これは、一体(いったい)》
そう思っていると、声が聞こえた。
[ようこそ、いらっしゃいました]
《誰だ?何処にいるんだ?》
[貴方の目の前ですわ]
心の声を聞かれたような答えを聞いた少年は動揺しながらも、自分の目の前を見た。
すると、そこが輝いて、浮かび上がるように人が現われた。
しかし、その人はーーー小さかった。
小さい人はシスターのような格好をしていた。
『貴方の言う通り、此処(ここ)は貴方の夢の中ですの』
シスターは言った。
『信じられないな』
少年は続けた。
『それなら何かの拍子(ひょうし)に起きる筈(はず)、何で(なんで)目覚めないんだ?』
『それは貴方の意識が混沌(こんとん)としているからですわ』
『混沌?意識を失うような出来事が俺の身に起こったのか?』
『覚えてないんですの?意識失うまでのご自分の記憶を』
『ああ、目覚めれば思い出すかもしれないけど』
『そんなに大怪我を負ったですのに?』
少年は、はっとした。
そして、包帯だらけの自分の身体を見た。
『そう言われて見れば、そうだったな』
身体を動かしてない時間が暫く(しばらく)続いたので、少年は痛みをすっかり忘れてしまっていた。
『まあ、包帯を取って、ご自分のお身体を鏡で見てみるといいかもしれないですわ』
それより、と、シスターは続けた。
『夢から現実に戻る方法なら、一つだけありますわ』
それを聞いて、少年は喰い(くい)ついた。
『本当に?どんな方法?』
ただし、と、シスターは注意した。
『戻れたからと言って、意識や怪我の回復までは保証できませんわよ、それでもよ、』
シスターの話を遮って(さえぎって)、少年は言った。
『いい、いい、現実に戻れるなら、この際(さい)、何だっていい』
『本当ですのね?』
シスターが念を押した。
少年は繰り返し、大きく頷いた(うなずいた)。
『それは、』
『それは?』
シスターの言葉の続きを少年が促した(うながした)。
シスターは言った。
『私と契約して、夢生魔と戦い倒す事』
と。
《暗くなると夢生魔が出没する事がありますので、夜は出歩かないように》
夢生魔と言う単語が出たその時、神父が言っていた忠告を少年は思い返した。
そして、とんでもない事を引き受けてしまったと、先程(さきほど)の自分の発言を後悔した。
《やっちまったあああ!!》
『それでは、早速(さっそく)契約(けいやく)しましょう』
平然とシスターが言った。
『あの〜その事なんだけど、前言撤回(ぜんげんてっかい)と言う訳(わけ)には』
恐る恐る、少年は訊ね(たずね)た。
『勿論(もちろん)、できませんわ』
『ですよね〜』
更に追い詰める(おいつめる)ようにシスターは言った。
『現実に戻れるなら何でもいいんじゃなかったんですの?』
『う……』
少年は返す言葉が無かった。
『無駄な抵抗は止めて大人しく覚悟を決めるのですわ』
《ええい、こうなったら、成る(なる)ように成れ!》
そう、腹を括った(くくった)時だった。
[もしもし、大丈夫ですか?]
声が聞こえた。
[お祈りは終わりましたよ]
『いけない、神父さんが呼んでますわ』
シスターが少年に知らせた。
『そろそろ戻った方がいいですわ、続きは貴方が眠った時にしましょう』
シスターはそう言うと、空間を光らせた。
少年は先程と逆に眼を閉じた。
うっすら眼を開けてみると、シスターが空間ごと、少年から遠ざかって行った。
別れ際(わかれぎわ)、少年は大きな声でシスターに訊ねた。
『君の名前は?』
『ウィル・オ・ウィスプですわ、貴方は?』
シスターも負けないような大きな声で返した。
『天光輝(あまみつひかる)だ』
伝え終わると、一気に身体の力が抜け、視界が暗転した。
『もしもし、もしもし』
神父が声をかけながら、揺さぶって(ゆさぶって)くれたおかげで輝は気が付いた。
『……あ』
輝の様子が心配だったらしく、安心したかのように、神父はほっと息をついた。
『よかった、気が付いて、大丈夫ですか?』
神父が気遣う(きづかう)と、気になった輝は訊ねた。
『ええ、神父さんは大丈夫でしたか?』
神父はきょとんとして、聞き返した。
『?何がですか?』
『あ、いえ、なんともないならいいんです』
神父の答えを聞いて、輝は自分の聞いた内容を打ち消した。
どうやら、あの光の空間と小人は、自分だけに起こる現象で、自分だけに見えるものらしい。
《続きは貴方が眠った時にしましょう》
ウィル・オ・ウィスプの言った言葉が、頭の中に響いた。
『ところでお客人』
神父が呼んだ。
『はい』
『これから先、泊まるあてはありますかな?』
『いいえ』
首を横に振りながら、輝は答えた。
『でしたら、此処でお過ごし下さい』
『いいんですか?』
遠慮がちに輝が訊ねた。
『どうぞ、どうぞ、好きなだけお泊まり下さい』
これを聞いた輝は神父の言葉に感謝した。
『ありがとうございます』
そして、今、ふと、思った質問をした。
『あ、そうだ、神父さん』
『はい』
『ウィル・オ・ウィスプって知ってます?』
『おや、ご存知ありませんか?』
意外そうに神父が聞き返した。
『俺、心霊とかオカルトとか、そういうの疎くて、それで、何なんですか?お化け?妖怪?』
神父は丁寧にウィル・オ・ウィスプについて説明をした。
『この町の成り行きを見守って下さる光の精霊様の事ですよ、拠り所を失った魂達を女神様が変化(へんげ)させた姿とも言われています、私(わたし)どものような聖職者はウィル・オ・ウィスプ様と、崇め(あがめ)奉らせて(たてまつらせて)頂いています』
『じゃあ、そんな怖い存在ではない?』
『ええ、勿論(もちろん)』
『それなら夢生魔は?』
この一言を聞いた神父は一度、口を噤んだ。
そして、言いづらそうに夢生魔について話し出した。
『魔王に操られた亡者の成れの果て(なれのはて)、それが夢生魔です』
『魔王?』
『ええ、可哀想(かわいそう)に、天に魂が召(め)されて無くなった身体を、魔王は魔術で作った偽り(いつわり)の魂を与え支配し、道具として扱っているんです』
『という事は、魔王を倒さない限り(かぎり)』
輝の促し(うながし)に、神父は頷いて(うなずいて)、言葉の続きを言った。
『この世界に平和が訪れる事はありません、夢生魔からの襲撃に怯える毎日がこれからも続くでしょう』
ですから、と、神父は続けた。
『我々は待っているのです、魔王を倒し、この世界を救ってくれる誰かが現われるのを』
《じゃあ、俺はその女神に呼ばれたって事か》
『選ばれし者は、女神様や精霊様のお声を聞き、不思議な力を使って魔王と戦えると聞きます』
輝は納得した。
《確かに頭の中で会話したもんな》
『その女神様の力で魔王を倒す事は出来(でき)なかったんですか?』
また、輝が神父に訊ねた。
『もう、五百年になりますか、女神様は長いことご自分のお力で、魔王の力が我々(われわれ)に及ぶ(およぶ)のを食い止めるのに精一杯(せいいっぱい)だったのです』
神父は弱々しく話した。
『でも、それももう限界、他の皆さんは気付きませんが、私達聖職者と魔術師達には分かります、年月が経つに連れ、女神様のお力は弱まり、魔王の力が強くなって行きました』
それからこの一言で、今の質問の答えを締め括った(しめくくった)。
『そして、侵略が始まったのです』
輝は平穏な生活が、魔王と夢生魔によって蝕まれ(むしばまれ)て行く様子を想像した。
言葉が見つからず、口を噤んだ。
話し終えると、神父は自分の言動を戒め(いましめ)た。
『少し、お話が過ぎました、ですが、私達(わたしたち)は信じています、この世界の住人(じゅうにん)達にきっと救いを与えてくれる、選ばれし者達の存在を』
『神父さん……』
《選ばれし者よ、目覚めなさい》
あの時聞いた声が、輝に思い出された。
『私としたことが、つい、話し込んでしまいました、今夜はもう、寝ることにしましょう、それでは、おやすみなさい』
神父はそう言って頭を下げると、教会から出て行った。
灯り(あかり)の灯って(ともって)いたランプを残して。
※
『……る』
『…かる』
『輝』
誰かに呼ばれて、重い瞼(まぶた)を開けると、知らない女の人が、側(そば)で座っていた。
その隣り(となり)にウィル・オ・ウィスプもいた。
相変わらず、宙に浮いている。
『うわぁ!』
輝は驚いた。
その拍子に後ろに飛び退き(とびのき)、尻餅(しりもち)をついた。
『痛っ、痛ってー(いってー)』
『大丈夫ですか?』
女の人が声をかけた。
『は、はい、びっくりしただけなので……っていうか、貴方は?誰ですか?』
目が覚めてから、一気に頭を回転させて、状況を把握した輝は、頭に浮かんだ質問をした。
『女神様ですわ、輝』
ウィル・オ・ウィスプが言った。
『へ〜、女神さ……女神様!?』
輝が驚きの声を上げた。
女神と呼ばれた女の人は、まるで古代ローマ時代に出て来そうな服装をしていて、頭に葉っぱで作られた王冠を着けていた。
『貴方が……』
興味ありげに自分を見ている輝を見て、ちょっと困ったように笑って言った。
『初めまして、デメーテルです』
『あ、天光輝です、宜しくお願いします』
輝は気をつけの姿勢でお辞儀をした。
『話はこの鏡で全て聞かせて貰いました、引き受けてくれて、ありがとう』
『いやいや、そんな、とんでもない』
輝は遠慮がちに手を降って言った。
『ただ、自分の目的を果たそうとしているだけですから』
『安心感のある人を宿主(しゅくしゅ)に出来て、私も心強いですし、私からも礼を言いますわ、ありがとうですの、輝』
ウィル・オ・ウィスプも輝に感謝を伝えた。
『ウィル・オ・ウィスプ……』
『ウィルでいいですわ、改めて宜しく(よろしく)ですの』
『宿主って?』
難しそうな単語が出て来たと思った、輝は訊ねた。
『守るために魔力を与える私達に対して支えや力になってくれる役割りの事ですわ』
『へ〜、そうなんだ』
輝が新しい知識について、理解を示した時だった。
『!輝!!』
ウィル・オ・ウィスプが声を荒らげた。
『え?』
輝はきょとんとして、ウィル・オ・ウィスプを見ている。
『その姿!』
『姿?え?何、どういう事ですか?』
ウィル・オ・ウィスプの言ってる事が分からず、輝はデメーテルに聞いた。
『ほら』
と、デメーテルは鏡に輝の姿を映した。
『な、な、何じゃこりゃあああ!!』
自分の今の姿を見て、輝は驚きの声を上げた。
身体が透けているのだ。
『何でこんな事に』
輝の言葉に答えるようにデメーテルは言った。
『何者かが貴方の魂に攻撃をしているようですね』
『でも、女神様のお力のお陰で(おかげで)、教会には夢生魔は、誰も入れないようになっている筈(はず)なのにどうして、』
ウィル・オ・ウィスプは考えた。
教会の中にいる輝の魂に、外から近づくには、デメーテルがはった結界を破らなければならない。
並大抵の魔力では、侵入は不可能だ。
原因は奴等(やつら)の魔力の強さの秘密にある。
しかし、それが一体何なのか。
『結界を破るほど魔力を上げる方法……』
呟くうちに、ウィル・オ・ウィスプははっとした。『もしかして……女神様』
一つだけ、心当たりがあった。
ウィル・オ・ウィスプはデメーテルに声をかけた。
デメーテルもウィル・オ・ウィスプが言わんとしていることが分かったらしく、頷いて言った。
『鏡で外の様子を見てみましょう』
デメーテルは触れるように、鏡に両手をかざし、話しかけるように、呪文を唱えた。
『鏡に宿りし御魂(みたま)よ、その眠りから目覚めたまえ、そなたが持たんとする力を呼び起こし、我(われ)が望むものを映(うつ)し出したまえ』
それから鏡を見ると、鏡は壊れたテレビ画面のように、砂嵐状態になったかと思いきや、次の瞬間に、真っ黒な映像を映し出した。
姿が崩れて、服や身体がボロボロになった人間の群れが、教会の外にうじゃうじゃいた。
『これが夢生魔……まるでゾンビだ』
一緒に見ていた輝が言った。
『ゾンビだけではありませんよ』
デメーテルが教えた。
『神父が言っていたでしょう、魔王に操られた亡者の成れの果てだと』
言われて輝は神父の言葉を思い出した。
《可哀想に、天に魂が召されて無くなった身体を魔王は魔術で偽りの魂を与え支配し、道具として扱っているのです》
『ということは、これの他にも?』
デメーテルは頷いた。
『ええ、魔術の影響で身体が変形した、人外もいます』
さて、とデメーテルは続けた。
『そんな奴等を食い止めるためにも、原因を探りましょう』
『あ、はい!』
『上空を映して頂戴(ちょうだい)』
鏡はまた、デメーテルの望みを聞き入れた。
すると、画面が切り替わり、赤い丸が現われた。
『やっぱり』
ウィル・オ・ウィスプがデメーテルに言った。
『思った通りでしたわ、女神様』
ウィル・オ・ウィスプの言葉にデメーテルは応え(こたえ)た。
『ええ、間違い無いわ、これではっきりしたわね、この赤い月のおかげで夢生魔達は力が上がっていたのね』
『どうするんですか?』
輝が訊ねた。
デメーテルではなく、ウィル・オ・ウィスプが答えた。
『方法はたった一つ、私達でこの赤い月よりも強い、聖なる光を当てるんですの』
『なるほど、光で光を隠す訳か』
『さあ、分かったなら、話は早いですの、早速始めますの』
ウィル・オ・ウィスプがそう言った途端(とたん)、輝の足下に魔法円が現われた。
『え、ちょっと待って』
『何(なん)ですの』
ウィル・オ・ウィスプが苛立って聞いた。
『いや、だってさ、戦うって言っても俺、喧嘩(けんか)も格闘技もやったこと無いよ?』
機嫌(きげん)を損ね(そこね)たウィル・オ・ウィスプに弱腰(よわごし)になりながら輝は言った。
『んなの、そのうち慣れますわ、そんな事より、事態は一刻を争いますの、お願いですから私の言う事に従って下さいな』
『わ、分かった』
お願いという名の脅迫(?)に負けて、輝はウィル・オ・ウィスプの言う事に了承した。
鏡に映った外の世界では、ゾンビ達が輝に何度めかの襲撃をしようと、かかって来た。
『大変、急いで』
デメーテルが言った。
『早く、次の言葉を唱えますの、アンドルイド装着(チャージ)!』
『へ?あんどるいど?何それ?』
聞いた輝をウィル・オ・ウィスプがじろりと睨んだ。
『いや、だって、初めて聞いた言葉だったからつい』
怒るのも時間の無駄だと思ったのか、冷静にウィル・オ・ウィスプは言った。
『後で説明しますわ、今は早く言葉を唱えて下さいな』
『わ、分かった、アンドルイド装着!』
すると、輝の身体が白い光に包まれた。
『すっげー、身体が光った』
輝の感動は、一瞬にして終わった。
ウィル・オ・ウィスプが次の指示を出したのだ。
『次は融合(フュージョン)と唱えますの』
『融合!』
すると、輝の中にウィル・オ・ウィスプが入った。
足下から順番に光が消えていくと、僧侶(そうりょ)服姿の輝が現われた。
輝の身体の光に、ゾンビ達は驚いたのか、後ろに飛び退いた。
輝は目を開け、起き上がろうとした。
だが、怪我の痛みがある事を忘れていて、再び身体を寝かせた。
[よかった、間に合いましたわ]
頭の中でウィル・オ・ウィスプの声がした。
『こんなボロボロの状態で、どう戦えって言うんだよ?』
[ふふ、そこはお任せ下さいな]
不敵に笑いながら、自信ありげにウィル・オ・ウィスプは言った。
[聖なる南十字星よ、我に祝福を授けたまえ、サザンクロスと唱えて下さいな]
『聖なる南十字星よ、我に祝福を授けたまえ、サザンクロス』
輝が唱えると、身体が金色に輝いて、しゅうううと煙が立ち、傷が治って行った。
『す、すげー!』
輝が瞳を輝かせた。
[さあ、戦いますわよ]
『ああ』
輝は起きて、ゆっくり立ち上がると、ゾンビ達を見た。
すると、信じられないものが視界に入った。
それは、神父だった。
『何で』
一つの想像が輝の頭をよぎった。
『まさか』
と、言った。
それは最悪のケースだった。
[大丈夫ですわ、よく見て下さいな]
ウィル・オ・ウィスプに言われて、輝はい入る(くいいる)ように、じっと神父を見た。
すると、神父の目は虚ろ(うつろ)で、その両手には、教会の戸締まり(とじまり)に使う閂(かんぬき)を持っていた。
[なるほど、この神父さんを操った(あやつった)から、教会の中にも入ることが出来(でき)たんですのね]
ウィル・オ・ウィスプが納得した。
神父が閂を輝に向かって振り降ろした。
『うわっと』
[おっと危ない]
二体はそれを躱した(かわした)。
『どう見たってゾンビと同じにしか見えないんだけど』
[よく見て下さいな]
ウィル・オ・ウィスプの言葉に従ってもう一度、神父を見た。
そして気付いた(きづいた)。
『あれ?身体には傷一つない……?』
[その通り、神父さんはゾンビ達に襲われはしたものの、亡くなってはいませんわ、何者かによって気を失っている間(あいだ)操られているだけですの]
神父やゾンビ達の攻撃を躱しながら、二体は会話をした。
『操ってるって、一体誰が……』
[分かりませんわ、とにかく今は赤い月の力の暴徒化を食い止めないと]
『わ、分かった』
神父の身の上が無事だと知って、輝は一安心した。
しかし、それも束の間(つかのま)。
こちらが一方的にやられっ放し(ぱなし)である事態の心配は無くなっていなかった。
どうにか反撃出来るチャンスはないかと、攻撃を避けながら、辺り(あたり)の様子を窺った。
『ーーーん?』
ふと、とある事に輝は気付いた。
何者かの仕業(しわざ)で周りはゾンビで一杯だが、大きな十字架の前だけ何もなかった。
《もしかして……!》
[輝?]
様子の変化に気付いたウィル・オ・ウィスプが声をかけた。
『うおおおおお!!』
唸り(うなり)声を上げながら、輝は駆け出して、ゾンビに向かって行った。
体当たりを喰らわすと、ゾンビはよろけながらも、身体でバランスをとって持ち直し、反撃だと言わんばかりに、輝を殴り(なぐり)飛ばした。
《此処でやられた振りをして……!》
輝が吹っ飛んだ先は、大きな十字架の前だった。
足を投げ出して座り込んだ輝はゾンビ達を見た。
ゾンビ達は十字架に近づくどころか、目に見えない相手と戦っていた。
『思った通りだ、流石(さすが)のゾンビも十字架が苦手みたいだな』
[でも、十字架だったら、私達だって持ってますわよ?]
『それだけ宿っている力に差があるって事じゃないかな』
輝が説明していると、声が聞こえた。
〘助けて……助けて、くれ〙
輝はこの声に聞き覚えがあった。
神父の声だった。
『そうだった、神父さんを助けないと』
[ゾンビ達が近づけない、今がチャンスですわ]
『ああ、それで、どうすればいいんだ?』
[胸元に付いてる十字架の首飾りを掲げて]
輝はウィル・オ・ウィスプの言う通りにした。
すると、周りが白い光に包まれ、床に魔法円が広がった。
強烈な閃光(せんこう)がゾンビ達に注がれた(そそがれた)。
『聖なる光よ、我が行く手を阻まんとする、立ちはだかる者を滅す力を我に貸したまえ、そなたの力添えあって遮らんとする者をいざ、滅ぼさん』
輝がまた、ウィル・オ・ウィスプから教わりながら呪文を唱えて言った。
[さあ、魔法名を]
『ロザリオ!』
『ギャアアア』
ゾンビ達が悲痛(ひつう)な声を上げた。
ジュウウウ。
床の焼ける音がして、ゾンビ達の姿が次々と崩れ去って行く。
床に溶けるように消えて無くなり、骨だけが残った。
神父も糸が切れた、操り人形のように膝(ひざ)から崩れ落ちて倒れた。
『神父さん!』
輝がそう呼んで駆け寄ると、先程のように声が聞こえた。
〘ありがとう、助けてくれて〙
すると、神父の目尻(めじり)から一筋の涙が流れた。
[大丈夫、そのまま寝かせておきましょう、そのうち目を覚ましますわ]
ウィル・オ・ウィスプが輝を気遣って(きづかって)言った。
[神父さんの事は置いといて、ところで貴方、本当に危なかったんですのよ]
さっきまでの心配は何処に行ったのか、落ち着いた口調だった。
『そうなの?』
呑気な応答が輝から聞こえた。
[ええ、あと一撃喰らっていたら、今頃(いまごろ)貴方、消滅(しょうめつ)してましたわね]
ウィル・オ・ウィスプが、まるで他人事のように恐ろしい事を平然として、輝に言った。
言われて輝は、自分自身の危機について知り、言いしれない恐怖を覚えた。
『しょうめ……!?俺、そんなにやばかったのか!?』
[ですから、言いましたわよね?一刻を争うと]
『そうだったんだ』
ウィル・オ・ウィスプのこれまでの言動が符に落ちた輝は、彼女に感謝した。
『ありがとう、おかげで九死に一生を得たよ』
[どういたしまし……!?]
『!?うわぁ!』
いきなり何かに引っ張られるように、輝の身体が動いた。
『ててて……』
輝は聞いた。
『どうした?』
ウィル・オ・ウィスプは答えた。
[壁を見て下さいな]
言われた通り、首を動かして横を見ると、壁が溶けていた。
『……っ』
声を出そうとしても、言葉にならなかった。
先程(さきほど)倒した(たおした)筈(はず)のゾンビ達が、じりじりとにじり寄って来た。
『くっそー、どうすればいいんだ』
輝が頭を悩ませた、その時。
声がした。
〈ふふふ、苦戦しているようだね、助かりたいかい?〉
『な、何だ?誰だ?』
[このゾンビ達を操っている大元(おおもと)ですわ]
真剣な声でウィル・オ・ウィスプが行った。
[影は闇に潜む(ひそむ)者(もの)、影を見て下さいな]
ウィル・オ・ウィスプの言う通りにすると、影から通り抜けるように、何かが出て来た。
〈助かる方法はただ一つ、この私を倒す事だ〉
そう言いながら。
出て来たのは、ボロボロになった身体を工具で繋ぎ留められていた、ガタイのいい男だった。
[お前は、フランケンシュタイン伯爵(はくしゃく)!]
ウィル・オ・ウィスプがそう、男の名を明かした。
『以後、お見知り置きを』
丁寧に挨拶を述べた後(あと)、フランケンシュタインは輝を見て言った。
『なるほど、少なくとも彼女が君を宿主にしただけの資格はあるようだ』
それを聞いたウィル・オ・ウィスプが張り合った。
[彼は世界を平和にする、いいえ、平和に出来る力を持ってる、私(わたくし)は、そう信じてますわ]
《いやいやいや、力を持ってるっつーか、巻き込まれただけっつーか》
『その減らず口もいつまで叩ける(たたける)かな?』
フランケンシュタインは言って、片手を前に突き出した。
その手中には不気味なオーラを纏った(まとった)エネルギーが宿っていた。(やどっていた)
[それはこちらの台詞(せりふ)、その憎まれ口、二度と利けないようにして差し上げますわ]
ウィル・オ・ウィスプはそう言うと、輝の身体を動かして、身構えさせた。
[来ますわよ]
『あ、ああ』
フランケンシュタインがエネルギーの塊を床に向けて放った。
そのエネルギーはフランベした鍋のように、黒い炎となって、地を這うように広がり、輝達に向かって来た。
もう一度ロザリオを唱えて、炎を防ごうと考えた輝は、十字架の首飾りに手を掛けた。
[これは攻撃じゃないから、何もしなくても大丈夫ですわよ]
輝の考えを見透かしたかのように、ウィル・オ・ウィスプがアドバイスした。
『え?そうなの?』
輝が話している間に、炎はその真横を通過し、ゾンビ達に激突した。
『オオオオオ』
ゾンビ達が咆哮した。
黒い炎をその身に纏い、ポーズを取り出した。
『アアアアア』
そして悲鳴に似たような、大きな声を上げた。
[ただ、パワーアップするから、ご注意下さいね]
『何でそうなる前にそれを早く言わないんだよ、
また一戦、交える(まじえる)ってのに、その前に元気になっちゃったじゃないか!』
ウィル・オ・ウィスプは、はっとして言った。
[そうでしたわ、私としたことが、迂闊(うかつ)でしたわ]
輝は頭を抱えて、仰け反(のけぞ)った。
『どうすんだよおおお!!』
[とりあえず、戦いましょうか、そのうち、弱点が分かるかもしれませんし、ね?]
落ち着かせるように、ウィル・オ・ウィスプが言葉を返した。
[大丈夫、奴等(やつら)は攻撃は不規則だけど、その代わり、動きが鈍いですの、そこにチャンスがあるかもしれませんわ]
『さっきパワーアップしてたじゃねーか、より強くなってたら、どうすんだよ!?』
[あ、そうでしたわね]
輝の的確なツッコミにウィル・オ・ウィスプは自分が今置かれている状況を忘れていた事に気付き、それに相応しく(ふさわしく)答えた。
『何の解決策も、糸口すら見つかってないのに、どうしてそんなに自信と余裕があるんだ?』
ウィル・オ・ウィスプがしっかりした声で言った。
[言いましたでしょう、信じているからと、私は貴方の力になるし、貴方は私を助けてくれる、そう信じているからですわ]
『ウィル……』
ウィル・オ・ウィスプの言葉に感激していると、ウ……ガ……と、ゾンビの声が聞こえた。
[!右から来ますわ]
『うわっと』
振り降ろされた刃(やいば)を左に躱した。
『くっそー、何か手はないのか』
輝は考えた。
奴等は光が苦手だ。
という事は暗い場所を好む。
フランケンシュタインもさっき、影から出て来た。
頭の中にウィル・オ・ウィスプが言った言葉が蘇る。
《影は闇に潜むもの、影を見て下さいな》
一つの閃き(ひらめき)が輝に生まれた。
《ひょっとして……》
輝はウィル・オ・ウィスプに声をかけた。
『ウィル、何か攻撃出来そうな物はあったりしないか?』
[あったら、とっくの昔に出してますの]
『そりゃそうだ』
[残念ながら、魔除け(まよけ)用の聖水しか、持ち合わせていませんわ]
『そうか……って、それだ!』
[え?]
輝は攻撃を躱しながら、服の中を弄(まさぐ)った。
『あった!』
そしてまた、大きな十字架の所に逃げて来た。
ゾンビ達が周りを取り囲み、行く手を塞いだ(ふさいだ)。
『どうやら悪足掻き(わるあがき)も此処までのようだな』
フランケンシュタインが言った。
『最期に言い遺す事はあるかな?』
態度と声で余裕があるのが分かった。
輝は唱えるように、言葉を紡いだ(つむいだ)。
『聖なる十字架よ、今一度我に力を与えたまえ』
すると、光の空間が現われ、足下に魔法円が展開した。
ゾンビ達がこぞって、眩し(まぶし)そうに顔を手で覆い(おおい)隠した。
フランケンシュタインも顔を顰め(しかめ)、マントで全身を覆った。
輝は再びロザリオを唱えた。
ゾンビ達が亡き骸(なきがら)に戻って崩れて行く。
輝は眼を凝らして、その様をよく見た。
すると、ゾンビ達に混じってフランケンシュタインが姿を消したのが分かった。
光の空間が消えると、ウィル・オ・ウィスプが騒いだ。
[また、いませんわ、どうするんですの?あいつを倒さないと、同じ事の繰り返しになってしまいますわ]
ウィル・オ・ウィスプの言葉に輝は何も言い返さず、黙って後ろを向いた。
そして、手に持っていた、聖水の小瓶(こびん)を
十字架の根本目がけて投げつけた。
小瓶は割れ、聖水が十字架を濡らした(ぬらした)。
『ギャアアア!!』
悲痛な声を上げて、フランケンシュタインがボロボロの姿で現われた。
『ぐ……どうして此処が分かった?』
平然として、輝は答えた。
『別に、あの光の中で陰を探すってなったら、十字架の物影しかないんじゃないかって思っただけ』
聖水で焼け爛れた(ただれた)らしき、肩を押さえて、よほど悔しかったのか、怨めしそうにフランケンシュタインは輝達を睨んだ。
『くっ……覚えてろよ』
それからそう言い残して消えた。
フランケンシュタインがいなくなったのを見届けると、輝はまた、身構えた。
しかし、何も起こらなかった。
[動きませんわね]
『ああ』
輝達は散らばった骨に近づいて、十字架の首飾りで突っついて(つっついて)みた。
これも、何事も無かった。
『大丈夫みたいだな』
[ええ]
『……』
[……]
「よかったー」
二つの声が合わさって、二体はほっとした。
一気に身体中の力が抜けたのか、輝はその場に座り込んだ。
大きな十字架に後頭部と背中を預けて、一息ついて
いると、ふいに声が聞こえた。
《お疲れ様、二人ともよく頑張りましたね》
瞬く(またたく)間(ま)に光の空間が現われ、その中にデメーテルがいた。
[め、女神様!]
ウィル・オ・ウィスプは慌てて輝を立ち上がらせ、お辞儀をさせた。
身を起こすと、デメーテルから感謝の言葉をかけられた。
『おかげでこの町は助かりました、ありがとう』
輝はそれを制するように両手を前に突き出して、言った。
『そんな、元の世界に帰るために、あいつと戦っただけですから』
引き続きデメーテルは話した。
『その事なんですが、私の力で帰す事が出来そうなんです』
『本当ですか?よかった』
『ええ、なんとか準備が整いました』
[あら、でも、戦いはまだ終わってませんわよ]
ウィル・オ・ウィスプが話の中に入って来た。
『へ?まだ戦うの?』
[神父さんの話をお忘れになりましたの?魔王を倒すまで戦いは終わりませんわ]
『うう……そうだった』
気が重くなった輝にデメーテルは続けて言った。
『次に訪れる戦いに備えるためにも、貴方には休んで貰います、一時的な休憩です、私達が去った後(あと)で貴方が戦いで使った、あの大きな十字架に触ってみて下さい、大いなる力が貴方を望む場所へと導いて(みちびいて)くれるでしょう』
輝は頷いた。
『分かりました、やってみます』
『さあ、お行きなさい』
デメーテルはそう言うと、片手を輝に向けてかざした。
すると、ウィル・オ・ウィスプと、輝の元の姿に戻った。
やがて光の空間が無くなると、デメーテルも消えた。
『そう言えば、お前はどうするんだ?』
二人だけになって、ウィル・オ・ウィスプに、輝は訊ねた。
『そうですわねぇ……ちょっと失礼』
ウィル・オ・ウィスプはそう言うと、輝の頭の中に飛び込んだ。
『わ』
輝は思わず、きつく目を閉じた。
恐る恐る目を開けると、なんともなっていなかった。
ただ、ウィル・オ・ウィスプの姿が無かった。
『ウィル……?』
心配になった輝は、彼女を呼んだ。
[はい]
返事が、頭の中でした。
『……マジで?』
輝が確認を求めた。
[マジですわ]
ウィル・オ・ウィスプもそれに答えた。
自分の頭の中に精霊がいるという、なんとも信じ難い現象が起こっている状況を、残念な事に輝は信じざるを得なかった。
[なかなかの棲み心地ですの、決めた!今日から此処棲みますわ]
歓喜の声を上げながら、ウィル・オ・ウィスプは頭の中をはしゃぎ回った。
輝はその様子をなんとなく想像した。
『それじゃ、俺、帰るから』
そう言って輝は大きな十字架に触れた。
白い光が広がって、輝の視界はシャットダウンされた。
※
目を開けると、白い天井がこちらを覗いて(のぞいて)いた。
『天光さん、分かりますか』
呼ばれた声がして、振り向くと、看護師に声をかけられていた。
口の周りに違和感があり、触ってみると、呼吸器のマスクだった。
輝はマスクを外して、起き上がった。
『先生、呼んで来ますね!』
看護師はそう言うと、病室を出て行った。
一人になった輝は、自分が何故こんな所にいるのか、記憶を探った。
探索する中、輝はふと、窓から外を眺めた。
自動車のクラクションに踏み切り、そして電車が線路を通る音が聞こえた。
その音が、輝の中に眠っていた記憶を呼び起こした。
《そうだ、俺、あの日、いつも通り駅で電車を待ってたら、前の人に押されて、線路に落ちて電車に……》
思い出して、輝は青くなった。
《よかった、助かって》
ほっと、胸を撫で降ろした。
《でも、何で俺、助かったんだろう?》
輝は考えた。
《確かにあの時、電車に撥ねられた(はねられた)》
即死でもおかしくなかった事故だった。
《そう言えば、暫く(しばらく)の間、かなり不思議な夢を見ていたような気がするけど何だっただろう?》
思い出そうとした時だった。
『天光さん、先生がいらっしゃいましたよ』
看護師が戻って来て言った。
その後ろから、医師が現われた。
『今晩は(こんばんは)、如何ですかな、気分は』
《今晩は?そんなに眠っていたのか》
大丈夫ですとあしらいながら、輝は窓の外をちらり見た。
確かに医師の言う通り、いつの間にか日が暮れていた。
『今、包帯(ほうたい)、取り替えますね』
看護師の言葉に返事をすると、輝は入院着の上を脱いだ。
『え……』
包帯が解かれて露わになった身体を見て、新しいガーゼと包帯を巻こうとした、看護師から声が上がった。
『そんなバカな……』
医師も目を見開いて、驚きの声を出した。
輝の身体には、あった筈の傷が、一つも無かった。
『どうかしましたか?』
きょとんとして、輝が訊ねた。
『い、いいえ』
看護師が答えた。
『傷が治ってるようなので、やっぱり包帯は止めておきますね』
二人の反応を見て訝し(いぶかし)がりながらも、輝は承知した。
『?そうですか』
夕食と入浴を済ませ、自由時間を“ウォーリーを探せ!”を使って過ごし、ベッドに入って消灯した。
[……る]
[……かる]
[輝]
何者かに呼ばれて、目を開けると、デメーテルがいた。
今度は驚かなかった。
『あ、女神様、今晩は』
挨拶を言って、お辞儀した。
『如何ですか?元の世界での生活をした感想は』
輝は答えた。
『まだ退院してませんから何とも』
期待していた答えと違っていたのか、がっかりしたようなトーンの声がデメーテルの口から出た。
『そうですか』
輝は聞いた。
『それで、ご用件は何でしょうか?』
デメーテルは頷いた。
『ええ、貴方に依頼を頼みたいのです』
更に輝は聞き返した。
『依頼?』
デメーテルは内容を説明した。
『ええ、今回、夢生魔と戦って分かったと思いますが、まだ戦いは終わってません、勿論、一人で戦うには無理があります』
輝は無言で話を聞いた。
そこで、と、デメーテルは続けた。
『貴方のようにこの世界に召喚された、選ばれし者達とアンドルイドを探し出し、皆の力で魔王に討ち勝って欲しいのです』
輝は頷いた。
『分かりました、そういう話なら、引き受けさせて頂きます』
でも、と、輝は聞き返した。
『探し出すのはいいですが、何の手がかりでも無いと、探すのは難しいんじゃないですか?』
それを聞いて、デメーテルが答えた。
『手がかりなら、ありますよ、何処か身体の一部に、アンドルイドの属性のタトゥーのような痣(あざ)がありますから、それを探せばいいのです』
聞いた輝は頷いて言った。
『タトゥーのような痣ですね、分かりました』
デメーテルは補足した。
『アンドルイドの属性はそれぞれ、光、闇、風、土、火、水、木、月、そして星の全部で九つ(ここのつ)、選ばれし者達も貴方を含め、九人います』
それを輝は自分なりに解釈した。
『と言う事は俺の他にあと八人いるって事か』
引き続きデメーテルが話した。
『その八人も各々(おのおの)のアンドルイド達と出会い、契約している筈です』
[早速探しに行きますの]
ウィル・オ・ウィスプが話の中に入って来た。
『あー』
輝がテンション低めの伸びやかな声を出した。
[どうしましたの?]
ウィル・オ・ウィスプが輝の様子を気にして聞いた。
『そうしたいのはやまやまなんだけどな』
[ええ]
『今は入院中だから外に出られないんだ、ごめんな』
[あ……]
とウィル・オ・ウィスプが言葉を零した(こぼした)。
言われて気が付いたらしい。
すると、デメーテルが提案した。
『それなら病院の中を探せばいいのでは?』
二体は頷いた。
「あ、そうか」
『なら、今日はもう、みんな寝てますから、探すのは明日という事にしますね』
輝の言葉にデメーテルは賛成した。
[私も探すのをお手伝い致しますわ]
ウィル・オ・ウィスプも協力を申し出た。
デメーテルは頷いて言った。
『それでは、頼みましたよ』
輝はデメーテルと別れると、期待を胸に抱いて(いだいて)、眠りに就いた。
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