天窓から覗く顔
専業主婦のOさんは、かねてから夫と計画していたとおり、娘のAちゃんが幼稚園に上がったタイミングに合わせて新興住宅地の建売住宅を購入して引っ越してきた。
この新居の三階は少し狭いが三角の天井の屋根裏部屋になっていて、そこには天窓があった。Aちゃんは内見の時からそこを気に入っていて、引っ越し当日からそこで寝るようになっていた。娘の布団の横にOさんも布団を敷いて寝かしつけ、娘が寝たら降りて家事の続きをして、自分が寝る前にもう一度娘の様子を確認して天窓のブラインドを閉めるのが日課だった。
引っ越して二週間ほど経った頃、いつものようにAちゃんを寝かしつけていたが、彼女はころころと寝返りばかりしてなかなか寝ない。昼間に興奮するようなことがあったかしらと考えていると、Aちゃんは抱っこしたクマのぬいぐるみの耳をいじりながら「あのね、ママ」と言いにくそうに口を開いた。
「なあに?」
さては幼稚園でお友達とケンカでもしたのかと思いながらOさんは返事をした。
「あのね、Aちゃんがねんね始めたら、ママがお部屋を出てっちゃうでしょ。ママがいなくなるとね、あそこから女の人が見てるの。Aちゃん怖くていつもお布団かぶってるの」
小さな指の示す先には天窓があった。
「あんなところに人は上がれないわよ」
Oさんは笑った。「ママがいなくなったあと、起きてたことあるの?」娘が言いにくそうにしていたのはそのせいだろう。
「ときどき。ごめんなさい」
Aちゃんはぬいぐるみに口をうずめるようにして言った。
「でも怖いなら先にブラインド閉めておいてあげよっか?」
「うん」
それでOさんはAちゃんを寝かしつける途中にブラインドを閉めるようになった。
それがしばらく続いたある日の午前中、OさんはAちゃんを幼稚園に送って、一人で家の中の片付けをしていた。屋根裏部屋にも掃除道具を持って上がり、換気のために天窓を開けようと、押し開けるためのバーに手を伸ばした時、窓ガラスの端に白い汚れがついていることに気が付いた。手形のようだ。屋根裏部屋の天井は低いとはいえ、Aちゃんが背伸びをしても届かない。前に開けた時にうっかり自分の手形をつけてしまったのかと、Oさんは持ってきたウェットシートで拭いてみたが汚れは取れなかった。その手形は窓の外側からついていた。
それ以来Oさんは天窓のブラインドを閉めっぱなしにして、Aちゃんを屋根裏部屋に寝かせることもやめたという。
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